勝利の味
王国から逃げ帰ってから4ヶ月。
小さな村が次男に襲われそうになり、地下から手を回して助けるなどといった事が数回あったものの、おおむねは平凡な日々がすぎていった。
そんなある日のこと。
「おほー。中々な仕上がりになったじゃないか」
「ふふん。当たり前じゃない。アリスが総監督をしたんだから、このくらい楽勝よ」
勇者国の総力を結集して建設していた外壁が、一応の完成を迎えていた。
アリスが魔法で土台を作り、そこに幾人もの男達が周囲の森やダンジョンから切り出した木材を積み上げる。
そうして作られた外壁は、5メートル。
近くで見ると中々の威圧感で、頼もしさを感じるだけのものが出来上がった。
「それで? 土入れの方は?」
「順調に決まってるじゃない。もちろんアリスのお陰ってのが1番だけど、人手が増えたからね。
アリスってば、指示の出し方も超一流なんだから!!」
自信に満ちた笑を浮かべて、アリスが胸を張る。
「了解。今後移住してくる人達も門を中心に斡旋するから、よろしくな」
「ぇ? まだ増えるの? そんな大勢アリスじゃ……。じゃない、ちがくて、えーっと。
ふふふ、そのくらい楽勝よ!! 任せときなさいよね」
無理をさせていることはわかっているのだが、彼女も勇者の嫁のひとり。
頑張ってもらうほかない。
壁の周囲には俺のカラスが飛び回り、正面の入口にはサラが作った嘘発見器を導入する予定になっている。
もし外壁が壊されたとしても、ダンジョンが残っている。
「作業は順調で、出来上がりも問題なしだな。それじゃ俺は畑の方を見に行ってくるよ。……アリスも来るか?」
「そ、そうね。1人で行くのも寂しいだろうから、アリスも特別に付いて行ってあげるわ」
そういうことになった。
頼もしい壁のもとを離れ、アリスと一緒にダンジョンの一角に作った畑へと足を運ぶ。
「やぁ、待っていたよ。
アリスの表情を見る限り、門の進捗状況はハルキの御眼鏡に叶ったようだね。ボクとしても安心したよ」
「ふん、なによ。アリスが担当したんだから、優秀なのは当たり前じゃない。
サラ姉に心配されなくても、審査は100点満点だったんだから」
口では心配していたと言いながらも、そんな素振りを見せないサラにアリスが笑う。
言葉だけを聴けば皮肉混じりのやり取りも、2人は楽しそうな雰囲気を滲ませていた。
「それで? サラが俺を待ってたってことは、武器に目処が付いたってことか?」
「そういうことだね。
今朝、耐性のある木が見つかったんだ。2ヶ月もあれば量産も可能だと思うよ」
「おぉーー!! さすが!!
ここが終わったら確認に行くよ」
「ボクの自信作だからね。期待してくれて構わないよ」
この4ヶ月、サラには攻撃面の強化として、新しい武器の開発をお願いしていた。
どうやらその成果が現れたらしい。
あのサラがここまで言うんだ。きっとすばらしい物が出来上がったのだろう。
一応の確認は必要だが、これで防御面に続いて、攻撃面の整備にも目処が付いたようだ。
人の数についても、王国の治安悪化に伴い、周囲の村から移住してくる人が後を絶たず、クロエが寝る間を惜しんで受け入れ用の部屋と簡易の畑を作り続けている状況なので、問題はないだろう。
人数、攻撃、防御。
そして、今日この場所に赴いた理由、サラの向こう側にある光景に視線を移す。
俺が田圃と名付けた専用の部屋の中は、黄金の絨毯が敷き詰められていた。
「勇者様。米の守護者の名に恥じぬお米様を収穫できたと自負しております。
朝露と共に採取し、丹念に脱穀、炊き上げた逸品です。どうか、御賞味ください」
俺の視線に気がついたであろう男が、恭しく地面に膝を着き、両手高々に土鍋を掲げる。
病気に強く、温度変化や季節に左右されず成長する、俺の欲望を具現化したような性能を持つ米は、無事に収穫を迎えることが出来たようだ。
「……あぁ、試させてもらうよ」
右手を土鍋の蓋に伸ばし、ゆっくりと持ち上げる。
ふわりと中から立ち上る湯気に乗り、幸せな風味が俺の鼻をくすぐった。
無言のまま、蓋をサラに預けると、この日のために作った特性のお茶碗を懐から取り出し、炊き上がったごはんを盛り付ける。
「…………」
箸の先に少しだけ乗せて、勢いよくほおばった。
1番初めに来るのは芳醇な香り、そして口当たりの良い甘みや程よい粘り気が踊るかのように咲き乱れる。
馴染み深く、懐かしい味わいだった。
「…………完璧だ」
お茶碗の中が空になり、心地よい余韻に浸った俺が発すことが出来たのはその一言だけ。
思い描いていた決戦の準備が整った。




