市民の日常
ひとりの兵士がトカゲと戦闘を繰り広げてから数日。
王都にある居酒屋で、2人の男が魔物のから揚げをつまみにりんごジュースを傾けていた。
「おい、地下の勇者王国の話。聞いたか?」
「は? 勇者王国? それってあれだろ? いつだったか、この国に宣戦布告したって言う集団だろ? 地下ってなんの話しだ?」
いい歳した男2人がりんごジュースなんてのもおかしな話しではあるが、王位を巡る争いが始まってからは、市民に提供されるアルコール類が制限され、今では居酒屋でも酒が出てこなくなっていた。
そのため、せめて雰囲気だけでも味わいたいと、通い慣れた居酒屋でジュースを飲んでいるというわけだ。
「いや、それがな。つい最近、敵のトップが王都に単身で乗り込んできたらしいぞ。
第2王子の軍が躍起になって捕まえようとしたらしいんだが、返り討ちだとよ」
「単身でって、そりゃなんとも面倒な話しだな。それで捕まえれねぇんじゃ、いつまでたっても景気良くならねーじゃねぇか。
俺達はいつになったら酒を飲めるのかねー」
「だよなー。ほんと、頼りにならねー、連中だよ」
数ヶ月ほど前であれば、一般市民が王族の悪口など言おうものなら、一瞬にして処刑されていたのだが、最近では見回りの兵もいないため、ここぞとばかりに言い募る。
窃盗や強盗、さらには殺人までもが放置に近い状態になっており、街の治安は悪化の一途を辿っていた。
無論その原因は、王族の兄弟喧嘩である。
「最近の兵士はパッとしねーよな。ここしばらくは負け続けじゃないか?
おう、おやじ。お摘み追加だ。いつものやつを適当に持ってきてくれ」
酒と違って、アルコールの入っていないただのジュースでは、飲む量などそれほど多くはない。
水分よりもつまみばかりが消費されていた。
そのつまみ達も、平和な頃と比べれば、3倍ほどの値段になっているのだが、金があっても飲めない酒類よりはマシだった。
「それでな。どーやら、勇者国の連中、地下に国を作ってるらしいんだわ。それも、王都の下に、って話だぞ」
「は? 王都って、この下にか?」
「あぁ、どうやら単身で乗り込んで来たのは、その入口を王家の連中に見せることで、敵対心を煽ろうってのが狙いらしいんだわ。
大通りの防具屋の隣に、でっかい倉庫あるだろ? なんでも、あそこの一角に勇者国への入口が見つかったらしくてな。夜通し、王宮の兵士が見張ってるって話だぞ」
「そりゃすごいねー。建国宣言も宣戦布告もするし、勇者国ってのはめちゃくちゃだな。
けど、あれだ。地下に国を作るなんざ、さすが勇者様ってことか? 俺たちじゃ思いもしねーよ」
「だなー。もしかすると、そう思わせるのが狙いかもしれねーぞ?
俺達は本当に勇者なんだー、ってな」
実際は、地下に道が繋がってるだけなのだが、何十キロもの距離をトンネルで繋がっているなどとは夢にも思わない市民達は、軍から流れてくる情報の断片をつなぎあわせ、空白を想像で補っていた。
その結果、勇者国は王都の真下に国を作り、王家と喧嘩している。
そんな話が事実であるかのように噂されているのだった。
「ほんと、軍の連中は、なにやってのんかねぇ。酒もらってんだから、精一杯仕事やりやがれってんだ。
……あーぁ、俺も、軍入るかな。そしたら、ただで酒飲めるんだろ?」
半ば冗談、半ば本気でそんなことを口にする。
酒が飲めなくなって半年。
そんな冗談が飛び出すほどに、市民は娯楽のない生活を強いられていた。
「ふはは、そりゃ名案だな。それで俺達が勇者国を全滅させれば、昔のように酒が飲めるし一石二鳥だな」
「だろー? おっと、そういえば、噂の蔵ってこの先だっけか?
ちょっと行ってみようぜ」
「おー? そうするか?」
その日の帰り道。
少しばかり遠回りをして噂の倉庫前を通った男達は、噂の半分が真実であることを知ることになる。
「おい、邪魔だ。道をあけろ!!」
「ひっ!!」
「…………」
建物の中から運び出されるのは、全身が焼けただれたものたち。
鋭利な刃物で足を切断されたものや、腹からとめどなく血を流すものなど。
そこはまさに戦場と言うべき場所だった。
「…………」
そんな地獄のような場所を男たちは、無言のまま立ち去っていった。




