王都の偵察 6
敵の本拠地に潜入してから1日足らず。
「遅かったじゃない。アリスを心配させるなんて、ダーリンのくせっーーんきゅっ!? ち、ちがうわ。誰も心配なんてしてないんだから!! 調子にのらないでよね!!」
第2王子の包囲網を振り切った俺は、コロコロと表情を変えるアリスに迎え入れられていた。
顔を真っ赤に染めて視線をそらす彼女を微笑ましく思いながら、ミリアに視線を向ける。
そして、背負うように連れて来たノアをミリアに託した。
「さっそくで悪いんだが、ノアを頼めるか?」
普段なら大人顔負けの澄まし顔をしているノアも、目を赤く染め、涙を必死に拭っている。
「お姉ちゃん……、おじさんが……」
「……うん、大丈夫よ。
お話はホットミルクを飲みながらね」
ミリアに頭をなでられて、ノアが目を伏せた。
殺意を持つ大人達に追われ、一般市民に指を指され、時には悲鳴をあげられた。
一番の重みは、信頼していた伯父さんに裏切られたとの思いだろう。
そんなノアと視線を合わせて、ミリアが普段通りの笑みを見せる。
「紅茶入りのクッキーと普通のクッキーどっちがいい?」
「……紅茶入り」
「お姉ちゃん、久しぶりに頑張るわねー」
手をつないで2人が部屋を出て行った。
彼女のことは、ミリアに任せて大丈夫だろう。
そんな思いを胸に、俺はサラ達の方へと向き直った。
「ちょっと拙いことになった」
わざとらしく肩をすくめて、そんな言葉を伝えてみる。
予定よりも幾分か早い帰宅に、ノアの様子。
ある程度は察していたのか、サラたちも瞬時に表情を引き締める。
旅の1番の目的であった特産の食料は、無事に入手出来たこと。
大量の兵士に囲まれ死に掛けたこと。
第2王子を暗殺しようと銃を撃ったが、見えない壁に阻まれたこと。
そして、王都にダンジョンへの入口を開き、それが敵側に知られたことを伝えた。
緊急で作ってもらった入り口を通り、出来上がっていく通路を走り抜ける。
そのせいで、敵本拠地までの直通ラインが出来てしまった。しかもその場所を敵に知られている。
「……ねぇ、それってヤバイんじゃないの?
ダンジョンの入口って、見つからないようなところに作ってくるって言ってなかった?」
「あぁ、そこそこ拙い。なんとか打開しようとしたんだが、どうしようもなかった」
第2王子が現れるまでは、立て篭もりと遠距離攻撃でなんとか均衡を保っていたのだが、銃による攻撃を封じられたことにより、状況は悪化。
敵は転移魔法が使えないため俺たちと同じ速度では来られないが、地道に歩けばいずれはたどり着く。
申し訳ない、と頭をさげれば、サラが肩に手を置いてくれた。
「兄達に存在が知られてしまった事は残念だが、キミ達の命には代えられないからね。仕方ないよ。
それで? 兄達の動きはどうなっているかわかるかい?」
「あぁ、カラスを通じて見る限り、突然現れた穴を怪しんで、誰も入ってこない……、いや、どうやら様子見は終わりらしい。丁度、第2王子に背中を押された兵が入ってくるみたいだ」
俺達が逃げるために作った王都にあるダンジョンの入口。
そこに1人の青年が足を踏み入れようとしていた。
未知に対する恐怖からか、及び腰になりながらも、時折聞こえてくる第2王子の声に押されて、前に進む。
「なにか出ました!!」
「おっ、なになに?? 強敵??」
「……えっと」
暗がりの中をランタンで照らせば、うごめく小さな影が見える。
支給された剣を片手で握りしめて、ゆっくりと灯りを近付けた。
ぼんやりと浮かびあがる影。
「…………とかげ??」
だが、普通のとかげと言うには大きすぎる窓
全長は1メートルほどて、その口もとには鋭い牙が生えていた。
どう考えてもトカゲなんて優しいものじゃない。
(召喚獣? いや、魔物か?
……どちらにせよ、味方じゃないな)
応援を呼ぶか、相手の出方を伺うか、逃げるか。
未知との遭遇に兵士が判断を迷えば、トカゲが口を大きく開いた。
「っ!!」
口の中がまばゆい光に染まり、巨大な炎が噴射される。
瞬時に反応した兵士は、左手に装着していた丸い盾を体の前に掲げたものの、トカゲが吐き出す炎を防ぐには小さすぎた。
「ぐっ!!」
顔と手、それから胸は何とか守ったものの、腰から下は、火炎放射器並みの炎が直撃し、鉄の鎧を溶かしていく。
炎は予想以上に熱く、掲げた盾は溶け、全身がぼろぼろ。
特に足の方は重症で、立っていることすらままならない。
「や、やめろ!! 来るな!!!」
そして、身動きが取れなくなった兵士のもとに、巨大なトカゲが忍び寄る。
床に治れ込みながらも、剣や盾で応戦を試みたものの、時を待たずして兵士の叫び声が響き渡った。




