王都の偵察
敵の本拠地である王都の偵察を決めた俺は、ダンジョンの強化をサラに任せて、ノアとクロエをお供に街道を進んでいた。
「おにーちゃーん。
ご飯がー、……じゃなかった。街が見えたよー。早くこー」
「ふふっ、クロ姉は相変わらず元気ですね。
兄様、もうちょっとですから、頑張ってくださいね」
「……あ、あぁ。……まかせろ」
道中で見てきた村は、どこも戦争の影におびえて震えていた。
すべてを俺が引き起こした、なんて言うつもりはないが、間違いなく中心にいる。
そんな思いを胸に、5メートルはあろうかという王都の壁を見上げた。
以前に見たときよりも高く強固に見えるのは、明確な敵だと認識したからだろうか。
「お疲れ様でした。それじゃ行きましょうか」
気負いなく歩き出したノアの行く手に見えるのは、槍を構えた兵士の姿。
「んー? どうしたのお兄ちゃん? 早くいこー?」
「……あぁ」
思わず息をのんだ俺の手を引いて、クロエが前へと進み出た。
ちっぽけな存在を飲み込むような重い空気をまとう門に足を踏み入れ、兵士たちの中央へと進み出る。
怪しく光る槍を構えた兵士が、前後左右に合計8人。
襲い来る圧力に、思わず喉がなる。
「入場の目的は?」
「商品の仕入れです」
当たり障りのない質問に、ミリアが用意していた答えを返す。
質問者の男が俺の方へと視線を向けた。
(大丈夫だ。髪の色を塗料で誤魔化したし。俺の顔はしられていないはず……)
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
そう心の中で何度も繰り返すものの、鼓動はうるさいほどに高まっていく。
(大丈夫、変装は完璧だ。写真もない世界なんだ。敵が俺の顔を知ってるはずがない)
自分に言い聞かせていれば、質問者の口元がニヤリとつり上がった。
「子供が3人で仕入れだと? そんなわけないだろ!! 勇者の手の者だな!?」
小声ながらも、迫力のある声で男が吠える。
ドキリと心臓が跳ね、嫌な汗が額から流れ出た。
(どうしてバレた!? 逃げるか?
いや無理だな。前後左右、すべてを敵に囲まれている)
誤魔化すしかない。
そう結論付けて、とっさに言葉を絞り出す。
「いや、その――」
「勇者だなんて。そんな儲けにならない場所には行きませんよー」
取り繕うとした俺の言葉を遮って、クロエが兵士に近付いていった。
胸ポケットに手を入れ、中から1枚の銀貨を取り出してみせる。
「勇者、勇者って、兵士様もお疲れ様です。少なくて申し訳ないんですけど、これで何か食べて、あたし達の事を守ってくださいね」
そんな言葉と共に銀貨を兵士に握らせ、幼さをまとった微笑みを見せた。
銀貨をポケットへと仕舞い込んだ男が、再び口元を吊り上げる。
「いやー、しかしだな。とくに、ほれ、そこの灰色の髪の男なんて、特に怪しいじゃないか」
門番がまっすぐに俺のことを指差す。
サラに太鼓判を押された変装だが、生きた心地がしない。
そうして俺が冷や汗を流していると、全員の注目を集めるように、ノアがパンと手を叩いた。
「そういえば、門番さんに世話になったから渡しておいてくれと言われて、預かってるものがあるんでした!!
えーっと、……あ、ありました。
これですね。中身は知らないのですが、受け取ってください」
背負っていた鞄の中から1枚の袋を取り出したノアは、見えるように銅貨を7枚入れて、兵士へと差し出す。
「ほほぉー、そうかそうか。心使い感謝する。
よく見ると俺の勘違いだったみたいだな。疑って悪かった。行っていいぞ」
「はい。ありがとうございます。
兄様、クロ姉、行くよー」
「はーい。ごはん、ごはんー」
「……あ、あぁ」
そして、何事もなかったかのように門を通過し、無事に王都への潜入を果たした。
兵から見えない位置まで移動して、ほっと息を吐き出す。
「…………悪いな。俺としたことが、予想以上に焦った。
ありがとな、ノア」
「いえいえ、大丈夫ですよ。賄賂の要求なんて、一般的じゃないですからね。
念の為って思って、用意しておいてよかったです」
難癖をつけて賄賂の要求。
あの兵士は、俺が勇者だなんて微塵にも思っておらず、ただそれらしい言葉を発して、お金を巻き上げたかっただけだったらしい。
いきなり勇者だと言われて、焦った部分はあるにせよ、可能性の一旦として考慮しておくべきだったと思う。
本当に、ノアには感謝だな。
「おにいちゃん、おにいちゃん。
あそこで、めずらしいお肉売ってるよ!!」
「……あー、はいはい」
ヒヤッとした部分はあったが、なんとか王都に入ることが出来た。
結果オーライ、そういうことにしておこう。




