表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/117

崩れ去る村 3

「……勇者様。我々をお救いください」


 誰かがぼそっと呟いた言葉をキッカケに、村の集会場は重苦しい空気に包まれた。

 

 誰しもが同じ思いを抱いてはいたが、その一方で現実もしっかりと見えている。


 一度は差し伸べられた勇者の手。


 その手を振り払ったのは他でもない、自分自身。

 

「勇者様は我々を助けようと為さってくれた。

困ったときだけ頼るなんて虫がよすぎるさ。

 ついて行った者が利口で、俺達がバカだった、それだけの話だな」


「そうさね。国王は勿論、勇者様にも頼れない。あとは神様に祈るか、自分達でやるか、なんだろうね」


 正しい道は確かに用意されていた。選ばなかった自分が悪い。


 そんな重たい空気の中、突然入口の扉が開き、場違いに明るい老人の声が聞こえてくる。


「ほほほ、勇者様は2度までなら許してくださるそうじゃよ。

 3度目はないかもしれんがのぉ」


 一斉に視線を向けた先に見えるのは、村長と重役の2人。


 遅れて集会場へと顔を見せた彼等は、朗らかな表情を浮かべていた。

 

「親父、それはどういう意味だ?」


「なぁに、勇者様は我々を見捨ててなどおらぬと言う事じゃ」


 ほれ、と言って、懐から小さな紙を取り出した村長が、見せびらかすように皆の前に掲げて見せる。


「あの御方は出発前にワシのもとに来られての、勇者の国までの道のりを記した地図を手渡してくれたのじゃ。

 もし王国に攻められるようなことがあれば頼れ、との御言葉と共にの」


「…………、ぉ、おお!!」


 静まり返った集会所が、歓喜の声に包まれた。


 逃げ道がある。頼れる場所がある。頼れる人がいる。


 1枚の紙切れを前に事の次第を飲み込んだ人々は、喜びに身をふるわせていた。

 

 勇者を称えるもの。感謝の言葉を叫ぶもの。安堵から泣き崩れる者。


 結果的に今住んでいる場所を捨てることになるのだが、そんなことに不安を感じれるだけの余裕がある者など皆無だ。


(ふぅ……。どうにか、のせることには成功したようじゃのぉ)


 そんな中で村長だけが冷静に脳内を働かせていく。


(一致団結したまま逃げたいとこじゃが、足止め役は残さなければな)


 逃げ出すための場所はある。移動手段も徒歩で問題はない。


 だが、敵はすぐそこまで迫っているのだ。


 相手の移動手段は馬であり、進みにくい林道であるとは言っても、徒歩である自分たちより敵の方が早いのは確実だった。


 闇雲に逃げ出したところで、追いつかれて殺されるだけだろう。


(途中にある村で匿って貰うのは危険性が高すぎるな。ワシが頼られる方の村長じゃったら、自分達の安全のために切り捨てるじゃろう……)


 地図に描かれた勇者国までの道のりは、まっすぐに伸びた1本道。


 舗装されていない土の上を20人を超える団体が移動すれば、それなりの痕跡が残る。


 その足跡を辿られれば、早々に捕まるだろう。


 しかし、だからと言ってバラバラに逃げようにも地図は一枚しかない。


 周囲の森に逃げ出し、息を潜めて遣り過ごす。

 そんな計画も村長の脳内に浮かんできたものの、生憎と季節は冬に近い。

 雪が降る土地ではないものの、最近では、朝晩がかなりの冷え込みを見せるようになってきていた。


 勇者とその仲間達とは異なり、体温調節付きなんていう魔法の服を持たない彼等では、森の中で一晩を過ごすだけでも命がけであり、追っ手のせいで安易に火を焚けないとすれば、それこそ雪山で遭難するようなものだ。


(やはり、足止めするしかないさのぉ……)


 それが最善の策ではあったものの、果たして軍を相手に素人がどれほど時間を稼げるのか。


 多く残せばそれだけ犠牲者が増える。

 逆に少なくし過ぎると全員が犠牲になる。


 正解など、すぐに見えるようなものではなかった。


(半数を残し、半数を生かす。……ダメじゃな。

 いっそ、5人ほどだけを選出して……)


 何はともあれ、自分達老人組みは残ろう。


 それだけは早々に決めた村長は、誰を生かすべきか、誰を残すべきか。


 悟られないように優しい微笑みを浮かべながらも、人の生き死にを選ぶ仕事に対し、ぐっと力を込めた。


 村長としての最後の仕事。


 誰にもその重役を渡すつもりはなかった。


ーーそんな矢先、


「……なんだ、親父の所にもかよ。

 実はな、俺の所にも勇者様が来られてな。連れて行く者の家に蓄えてあった油を預けると言われて、その隠し場所を聞いたんだ」


 次男の声が村長の決断を揺さぶった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ