崩れ去る村 3
「……勇者様。我々をお救いください」
誰かがぼそっと呟いた言葉をキッカケに、村の集会場は重苦しい空気に包まれた。
誰しもが同じ思いを抱いてはいたが、その一方で現実もしっかりと見えている。
一度は差し伸べられた勇者の手。
その手を振り払ったのは他でもない、自分自身。
「勇者様は我々を助けようと為さってくれた。
困ったときだけ頼るなんて虫がよすぎるさ。
ついて行った者が利口で、俺達がバカだった、それだけの話だな」
「そうさね。国王は勿論、勇者様にも頼れない。あとは神様に祈るか、自分達でやるか、なんだろうね」
正しい道は確かに用意されていた。選ばなかった自分が悪い。
そんな重たい空気の中、突然入口の扉が開き、場違いに明るい老人の声が聞こえてくる。
「ほほほ、勇者様は2度までなら許してくださるそうじゃよ。
3度目はないかもしれんがのぉ」
一斉に視線を向けた先に見えるのは、村長と重役の2人。
遅れて集会場へと顔を見せた彼等は、朗らかな表情を浮かべていた。
「親父、それはどういう意味だ?」
「なぁに、勇者様は我々を見捨ててなどおらぬと言う事じゃ」
ほれ、と言って、懐から小さな紙を取り出した村長が、見せびらかすように皆の前に掲げて見せる。
「あの御方は出発前にワシのもとに来られての、勇者の国までの道のりを記した地図を手渡してくれたのじゃ。
もし王国に攻められるようなことがあれば頼れ、との御言葉と共にの」
「…………、ぉ、おお!!」
静まり返った集会所が、歓喜の声に包まれた。
逃げ道がある。頼れる場所がある。頼れる人がいる。
1枚の紙切れを前に事の次第を飲み込んだ人々は、喜びに身をふるわせていた。
勇者を称えるもの。感謝の言葉を叫ぶもの。安堵から泣き崩れる者。
結果的に今住んでいる場所を捨てることになるのだが、そんなことに不安を感じれるだけの余裕がある者など皆無だ。
(ふぅ……。どうにか、のせることには成功したようじゃのぉ)
そんな中で村長だけが冷静に脳内を働かせていく。
(一致団結したまま逃げたいとこじゃが、足止め役は残さなければな)
逃げ出すための場所はある。移動手段も徒歩で問題はない。
だが、敵はすぐそこまで迫っているのだ。
相手の移動手段は馬であり、進みにくい林道であるとは言っても、徒歩である自分たちより敵の方が早いのは確実だった。
闇雲に逃げ出したところで、追いつかれて殺されるだけだろう。
(途中にある村で匿って貰うのは危険性が高すぎるな。ワシが頼られる方の村長じゃったら、自分達の安全のために切り捨てるじゃろう……)
地図に描かれた勇者国までの道のりは、まっすぐに伸びた1本道。
舗装されていない土の上を20人を超える団体が移動すれば、それなりの痕跡が残る。
その足跡を辿られれば、早々に捕まるだろう。
しかし、だからと言ってバラバラに逃げようにも地図は一枚しかない。
周囲の森に逃げ出し、息を潜めて遣り過ごす。
そんな計画も村長の脳内に浮かんできたものの、生憎と季節は冬に近い。
雪が降る土地ではないものの、最近では、朝晩がかなりの冷え込みを見せるようになってきていた。
勇者とその仲間達とは異なり、体温調節付きなんていう魔法の服を持たない彼等では、森の中で一晩を過ごすだけでも命がけであり、追っ手のせいで安易に火を焚けないとすれば、それこそ雪山で遭難するようなものだ。
(やはり、足止めするしかないさのぉ……)
それが最善の策ではあったものの、果たして軍を相手に素人がどれほど時間を稼げるのか。
多く残せばそれだけ犠牲者が増える。
逆に少なくし過ぎると全員が犠牲になる。
正解など、すぐに見えるようなものではなかった。
(半数を残し、半数を生かす。……ダメじゃな。
いっそ、5人ほどだけを選出して……)
何はともあれ、自分達老人組みは残ろう。
それだけは早々に決めた村長は、誰を生かすべきか、誰を残すべきか。
悟られないように優しい微笑みを浮かべながらも、人の生き死にを選ぶ仕事に対し、ぐっと力を込めた。
村長としての最後の仕事。
誰にもその重役を渡すつもりはなかった。
ーーそんな矢先、
「……なんだ、親父の所にもかよ。
実はな、俺の所にも勇者様が来られてな。連れて行く者の家に蓄えてあった油を預けると言われて、その隠し場所を聞いたんだ」
次男の声が村長の決断を揺さぶった。




