近くの街で 5
「その村なんだがな。なんでも最近この世界に来られた勇者様をいたく尊敬してたらしくてよ。勇者様を称えた祭りと称して、村人全員で宴会してたらしいんだわ。
んで、たまたま遠征に来ていた第2王子の先触れが、その光景を見ちゃったって話でよ。
村の家々を調べて見ると、勇者を称えている物が出るわ、出るわ。
即刻、村人全員が処刑だとさ。
中には、勇者様を神として崇める宗教を開いてた者までいたらしぞ」
「……そうか」
「でな。機嫌を悪くした第2王子は、密偵を放って全部の村を調べ上げるって話だよ。次はわが身かねー。怖や、怖や……。
おーし、出来たぞ。熱いうちに食えよ」
「あぁ、ありがとな……」
一瞬にして表情を改めた店主から木の器に入った汁物を受け取り、ふぅ、と息を吐き出した。
俺が知らない間に、俺が原因で、村人全員が殺されたらしい。
「処刑、ねぇ……」
のんびりと買い物を楽しんでいる場合ではないのだろうが、事態が大きすぎて実感がわかなかった。
俺の中をなんとも言えない無力感が、ただひたすらに回り続けている。
「…………。おーい、クロエー。出来上がったってよ」
「ふぁーい。いふぁいふー」
そんな俺の気持ちとは対照的に、クロエは肉の塊を頬張りながら幸せそうに笑っていた。
次のターゲットは、左手に握られたまんじゅうなのだろう。
(村が壊滅したこととクロエには直接関係なんてないしな。関係あるのはおれだけか……)
クロエ達には、この街での休暇を延長してもらうことにして、俺1人でその村の状況を見てくるとするか。
もし墓なんかがあれば、拝んでこようかな。
顔も知らない人だったとはいえ、俺のせいで亡くなったんだからな……。
「なぁ、サラ。マルクっていう村の場所が知りたいんだが、どこにあるか知ってるか?」
「ん? マルク村かい? そこなら、街道からすこしだけわき道に逸れた森の中にある村だったと記憶しているよ。ボク達の秘密基地とは逆方向だね。
そのマルク村がどうかしたのかい?」
「いや……、うん……。……それがな。
勇者を崇めていた罪で、村人全員が処刑されたらしいんだわ」
恐らくはサラも知らなかった情報なのだろう。
俺が言葉を放った瞬間、彼女は目を見開き、視線を彷徨わせた。
「ボク達の味方をしようとしてくれた村が、兄達の手によって滅ぼされた、ってことかな?」
「あぁ、そういうことだ」
「……なるほど。まさか民を虐殺するなんて思わなかったよ」
一筋の雲が流れる青い空を見上げて、サラがふぅ、と小さくため息を漏らした。
生け捕りにした農民兵を帰す際に2人の王族は、彼らが殺される可能性はないと言っていた。
王家の人間は、農民が増えれば税金が増えるのだから殺さないほうが良い、と幼い頃に学ぶそうだ。
故に、増税される可能性はあっても、命や自由までは奪われないと聞いていた。
だが今回、第2王子は、その王族の常識と言える部分を無視したようだ。
「キミを崇めたくなる気持ちはわからないでもないが、敵の目がそちらに向くと大変な事になりそうだ。
みんなを集めて話し合いをするかい?」
前例が出来てしまった現在においては、早急に対策を立てなければいけない。
サラの表情から考えても、事態は深刻なようだ。
しかし、そんな状況だとわかっていながら、俺は自分の我侭を突き通すことにする。
「いや、皆には休暇が終わってから話すよ。こんな情報を知ってしまうと休暇どころじゃ無くなるからな」
本当の事を言えば、サラやクロエにも聞かせたくはなかったのだが、村の場所を聞いた手前、なんでもない、などと言えるはずもなかった。
せめて、ここに居ないメンバーくらいは、のんびりと休暇を楽しんでもらいたい。それが1つ。
そしてもう1つは、責任者としての墓参り。それだけはどうしてもしておきたかった。
「まぁそんな訳で、俺はちょっとその村に行って様子を見てくるよ。
名目だけの立場だけど、これでも勇者国の代表だからさ。
みんなは俺が帰ってくるまで休暇を延長して――」
「お兄ちゃんは、その村に行くの?」
突然言葉を遮られて振り向けば、泣き出しそうな瞳をしたクロエが立っていた。
それまでずっと食べ物だけに向けられていた瞳が俺だけを見ていた。
「私も一緒に行っちゃだめ?」
「……この街の飯、全部制覇するんじゃなかったのか?」
「いいの。それよりも、お兄ちゃんについていく」
何が彼女の心を動かしたのかはわからないが、その瞳からは、強い意志と、どこか寂しい思いが伝わってくる。
「それに、お兄ちゃんの護衛をする人も必要でしょ?
お兄ちゃん1人だけだったら、すぐ盗賊さんに捕まっちゃうんだよ?」
「……わかった。2人で行くか。
サラ、そういうわけだから、俺達が帰ってくるまでこの街で休息しててくれ」
「了解したよ。本当ならボクも一緒に行くと言いたいところなんだが、護衛対象が増えると大変だろうからね。大人しく待っていることにするよ」
妹に盗賊から守ってもらうって、どうなんだよ? とか思ったりはしたが、彼女がうちのメンバーの中で1番強いのだから仕方がない。
(クロエが飯以外に真剣な目を向けるのって、初めて見た気がするな)
そんなことを思いながらどこまでも澄み渡る空を見上げた。




