近くの街で 4
「……ふぅ、終わったよ。
これでハルキの希望通り、この箱はキミ以外あけられなくなった。これで満足かい?」
「あ、はい。お手数をおかけしました。誠にありがとうございます」
「いや、構わないよ。キミが珍しく言った我侭だからね。
まぁ、その内容が家畜の餌の購入と箱に鍵をつけて欲しいだとは思わなかったけどね」
「あはははー」
念願のお米様を入手した俺は、早急に宿へと戻り、サラに頼んで、お米様の箱に魔法のカギをつけてもらった。
本当なら今すぐにでも炊いて食べたいのだが、ミリアがいないので、精米機もお釜も作れない。
仕方がないので、サラにカギを買ってきてもらい、厳重に封をして宿においておくことにした。
サラやクロエは、たかが餌にカギなんて、とぼやいていたが、守りをおろそかにして万が一盗まれでもしたら、悔やんでも悔やみきれない。
「おにーちゃーん。餌はもういいから、ご飯行こうよー」
「…………あぁ、わかった」
偉大なるお米様を餌呼ばわりする彼女達に多少イラっとするものの、場所が違えば文化も違う、仕方のないことだ。
むしろ、俺がみんなにお米様のすばらしさを布教すればいいと自分に言い聞かせる。
(お米様を最高の神さまとして崇める宗教をつくろう。勇者国の国民全員にその素晴らしさを伝えてみせる!!)
本気でそんなことを心の中に描いていた。
そんなとき、ふとある思いが浮かんでくる。
(ここなら、他のものもあるんじゃね!?)
「サラ!! 味噌や醤油が売ってる場所を知らないか!?」
「ん? 味噌と醤油かい? たしか、どこかの国の小さな農村がその2つを生産していると記憶しているが、国内に出回るものではないからね。入手するのは難しいと思うよ」
おぉ!! 味噌と醤油もこの世界に存在するらしい。
たとえ入手困難だろうと、あるならば何とかなる!!
「梅干は?」
「うめ、ぼし? 悪いがそれは聞いたことがないね」
……あー、梅干はないのかー。
白いご飯にお味噌汁、出し巻き卵、梅干という最高の朝飯が作れると思ったんだが、そうかー、梅干はないかー。
「だったら、その農村に――」
「お兄ちゃんっ!!」
「あぁ、悪い悪い」
苛立つ声に顔を向ければ、クロエが頬を膨らませてお怒りを表現していた。
醤油と味噌汁が存在するとわかっただけでも大収穫だろう。
「よし、飯にするか。クロエは何が食べたいんだ?」
「んー? えっとね。全部!!」
そういうクロエの瞳は、今日一番の輝きを見せていた。
「行くよ、お兄ちゃん!!」
そんな言葉と共に、クロエが宿を飛び出していく。
そして1番近くに店を開いていた串焼き屋の前で足を止めた。
「おじちゃん、オススメを3本頂戴」
「あいよ、毎度有り」
なんとも手馴れた注文だ。
「んー、おいしーー。
ハイ、お兄ちゃんとサラお姉ちゃんの分」
一瞬で1本目を食べ終えたクロエが、俺たちの前に串を差し出してくれる。
どうやら1人1本ずつらしい。
受け取った串焼きを頬張れば、口いっぱいに柑橘系の香りが広がった。
身の方も淡白で、さっぱりとした味わいだ。
「うまいな。いい香りがする」
「でしょー。ライムスネークは美味しいからね、塩だけで十分なんだよ」
酢橘の果汁でもかけられているのかと思いきや、肉その物が柑橘系の香りがするらしい。
まぁ、日本でもみかんの香りがする魚なんて売ってから、ありえなくもないか。
(ってか、ちょっとまて、ライム、スネーク?)
深く考えるのはやめておこう。
美味しかったし、美味しそうに食べるクロエも可愛かった、それがすべてだな。うん。
「ほーら、次いくよー。
早くしないと全部回れないんだよ」
「……クロエ、全部って、マジなのか?」
「ん? うん」
あたりまえじゃない、と言った雰囲気でクロエがその大きな胸を張る。
「……お手柔らかにお願いします」
一応頼んではみたが、クロエにもそれなりのお金を渡してあるし、恐らく本気なんだと思う。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「あーん。んぅーーーーー、おいしーー。
美味しいよお兄ちゃん。サラお姉ちゃんも本当にいらないの?」
「あ、あぁ。俺達はもう十分だ」
「うん、そうだね。ボクたちの事は気にせず、思う存分、楽しんだらいいよ」
「んー、わかった。それじゃ次行くよー」
食い倒れツアー開始から1時間ほど。
串焼きや焼き魚、ソーセージやパンなど、クロエは片っ端から突撃し、オススメの一品を購入し、平らげていた。
中には麺類や定食など、1つ食べるだけでお腹一杯になりそうなものをススメられる事があったが、クロエは平然とした顔で注文し、ものの数分で完食している。
「……なぁ、サラ。クロエの奴、食べたものは何処に収納してるんだと思う? 魔法か?」
「いや、そのような魔法は聞いたことがないね。それにクロエの魔法はダンジョン関連なはずだよ。
ボクとしては、あの大きな胸が収納場所として怪しいと思うんだが、どうだろうか?」
そんなことを言うサラの目は、冗談半分、本気半分と言ったところ。
「いや、俺は全身が胃袋だと見たね」
そして俺も半分本気の答えを返しておいた。
すでにお腹いっぱいの俺達に対して、クロエは今現在も幸せそうな顔で、干しぶどう入りのパンを口いっぱいに詰め込んでいる。
「おにーちゃーん、ここお願いねー」
「あー、はいはい」
出来上がりに時間がかかる店は、待つ係り、クロエを見守る係り、次の店でオススメを食べる係りと分担することが暗黙の了解となっていた。
そして1人残された俺に、店主が声を掛けてきた。
「お兄ちゃんは大変だねー」
「ははは、まぁ、可愛い妹のためなら、頑張れますよ」
どうやらここは麺類のお店らしく、気前の良さそうなおっちゃんが大きな鍋で麺を湯がいている。
「ところで、おじさんは醤油や味噌を売ってる場所ってしってますか?」
料理が出来上がるまで、ただ黙って待っているわけではない。
食い倒れツアー組みの目的は情報収集だ。
待ち時間を利用して、色々な情報を集める必要がある。
「味噌と醤油? お客さんは珍しい物を知ってるねー。料理人ですかい?」
「いえいえ、たまたま小耳に挟みましてね。どのようなものかと……」
知ってるんですか? と訪ねると、店主が嬉しそうに頷いた。
「味噌と醤油なら、ここから2週間ほどの場所にある、シューメルという小さな村で作ってますよ。
ただ、どうやら香りがキツイらしく、先々代の王が流通を禁止しましてね。その存在をしっているのは、現地住民と私らのような物好きだけでしょうな」
国中も物を食べるのが子供の頃からの夢でね、と笑いながら店主が鍋の中をかき混ぜる。
(きったーーー!! 有力情報!!! シューメルな!! 味噌と醤油はシュメールな!! ひゃっはーーー!!)
そう心に刻んでいれば、なぜか店主が顔を寄せてきた。
「けどね、いまは行かない方がいいですよ。マルク村の御取り潰しが近い、って話。聞きました?」
「……御取り潰しですか?」
「えぇ、なんでも王子様と敵対したって話ですよ。……っと、お待たせしました」
そういって出された石の器の中では、ぐつぐつと煮えたぎる真っ赤なスープの中に、黄色い麺が浸っていた。




