近くの街で 3
「ってことで、俺たちは米に行きます!! 米に行ってきます!!」
はやる気持ちを抑えて販売組にビシッと敬礼をする。
あきれるような表情を見せるアリスのとなりで、ノアが楽しそうに敬礼を返してくれた。
「了解しましたっ!! わたしたちは、門で荷物を引き取ってきますね。
お店は宿の近くになると思うので、あとで見にきてください」
「宿の周辺ね。了解。買い物が1段落したら探して見るよ。
アリスのこと、よろしく頼むな」
「ちょっと!! ダーリン、頼むってなによ!?
アリスが中心になって、すぐに完売なんだから、そこのところ間違えないでよね!!」
「ふふふ。それでは行ってきますね。アリスさん、行きましょう」
「…………うっ、……うん……」
差し出されたノアの手をアリスが握って去っていく。
アリスがはぐれないための処置なのだろう。
誰がどう見ても、お姉ちゃんのお手伝いをする妹って感じだった。
「うっし、俺達も行くぞ。
サラ様、よろしくお願い申し上げます」
「あ、あぁ、米なら任せておくといい。これだけの街なら、何軒かあるだろうからね。
しかし、キミは米の事になると目の色が変わるね。新しい発見だよ」
いやだってお米様ですよ? 久しぶりのご飯様ですよ?
これが嬉しがらずに済ませることが出来る日本人がいますか?
「クロエ様、アリス様、行きましょう」
「了解したよ」
「うん、行こう、お兄ちゃん」
そうして歩き始めて10分ほど。
相変わらず食べ物に吸い寄せられるクロエを必死に引っ張って進めば、サラが小さな店の前で足を止めた。
「ボクの記憶が正しければ、ここに売っているはずだよ」
そう言って胸を張る彼女の視線の先にあるのは、毛の長い筆や厚手の紙、誰かが描いた風景画。
どうみても文房具屋だった。
「…………サラ。今の俺に冗談を言うのは危険だぞ」
そんな店を紹介してもらっても困る。おれが欲しいのは習字セットではなく、お米様なのだ。
「いや、そのような目でボクを見ないでくれるかい?
何を怒っているのかわからないが、キミが希望する米はここに売っていると記憶しているよ」
「……は?」
サラは何を言っているのだろう? 米が文房屋に?
……もしかするとここの店主がものすごく変わった人とか、そういうことか?
けど、サラは王都から出たことがなかった生粋のお姫様のはずだし、ここの店を前もって知ってたって雰囲気でもなかったよな?
……まぁ、店の中に入ってみればわかるか。
そんな思いで店内に足を伸ばせば、恰幅の良い女性が出迎えてくれた。
「おや、おや、見ない顔だねぇ。どこのお家の女中様だい?」
外から見た印象とは大きく異なり、中は高級感が漂っていた。
足下には真っ赤な絨毯。墨らしきものをシャンデリアが照らしている。
(なんか、いろいろと間違ってねぇか??)
そうして店内の様子に戸惑っていれば、俺を庇うかのようにサラが一歩だけ前にでた。
「いや、お忍びでこの街に来たのだが、ボクの主が米を欲しがってね。
予約を入れてないのだが、譲ってはくれないかい?」
「あらまぁ、御本人様自らおいでくださったのですか?」
少々お待ちくださいね、と言って、女性が店の奥へと消えていった。
「……サラ、女中とか主とかどういうやり取りだったんだ? まったく意味がわからなかったんだが……」
「ん? あぁ、見てわかる通り、ここは文具店だからね。
ボクたちを商品を取りにきた使用人だと思ったんだろう」
サラ曰く、インクや紙は高価品で庶民には縁のないものらしい。
紙は動物の毛皮を使った物が主流で、最高級品は、魔玉が原料になるそうだ。
用途は魔法陣を描くこと。
「サラが魔法の研究関連で文具に詳しいのはわかるんだが、どうしてそこに米が関係してくる?」
「ん? 米といえば文具だと記憶していたのだが、もしかするとキミが思っている米とボクが違うのかもしれないね」
「なっ!! マジかよ。ここまで期待させといて米違いでしたとか、それはないだろ」
「いや、ここまで話が食い違うことを考えれば可能性はあると思うんだ。おっと、どうやら店主が戻ってきたようだね」
はいはい、お待たせしました、と俺達の前に戻ってきた店主の手には、ティッシュ箱くらいの木箱が握られていた。
「ごゆるりとご覧ください」
そんな言葉とともに、ゆっくりと蓋が開いてくれる。
ときめきと不安を抱えながら、恐る恐るその中を覗き込めば、箱の中に俺が思い浮かぶ、日本で見慣れたものが入ったいた。
間違いない。
日本人の幸せの象徴、玄米様がそこに鎮座していた。




