侵入者3
小さな寂しさと大きな怒りを覚えながら、俺は足早に会議室へと向かった。
ダンジョン内を飛ばしているカラスの目に映るのは、良い雰囲気の邪魔をした侵入者たち。
(サラの忠告を無視して進んだか……。やるしかないな……)
さすがにそこまでは……、とも思ったが、彼らの会話を聞く限り目的は俺たちの情報らしい。
生きて返せば厄介な事になる。
「会議を始める。まずは状況の把握からだ」
ずらりと並んだいつものメンバーを前にそう告げれば、全員が驚いたような表情を見せた。
全員を代表でもするかのように、アリスが口を開く。
「……ねぇ、ダーリン。なんかすっごく気合いが入っているんだけど、どうしたのよ?
ダーリンだけじゃなくてサラ姉もクロちゃんも、様子がおかしいわよ?? なに? あんた達、なにかあったの!?」
「…………」
鋭すぎるアリスの言葉に、思わず思考が停止した。
やばい。なんて説明をしようか。
ヒロインの1人といい感じの雰囲気になったら別のヒロインが突入してきたんだ。俺って勇者だろ?
……無理だな。異世界人に言って通じるネタじゃねぇ……。
ここはしらを切ることにしよう。
「いや。なんでもないよ。うん。そう。なんでもない、なんでもない。……な?」
「うん、何にもなかったよ。ほんとだよ?」
「そうだね。ボクも2人の言葉に同意させてもらうよ」
俺の言葉に続いて2人から援護をもらった。
重苦しい空気が流れ、誰しもが口を紡ぐ。
そんな中で、アリスが、ふぅ……、と息を吐いた。
「なんか、すっごい怪しいんだけど、今回は追及しないであげるわ。
…………そのかわり、今度なにかするときは、アリスも混ぜなさいよね」
「いや、今度って、なにも、あの……。
……あ、はい、了解しました」
何もなかったと言おうとしたのだが、ギラっとした目で睨まれました。
「フン!! アリスだけ仲間はずれなんて、ダーリンの癖に生意気なのよ!!」
どうやら、アリス様はとても不機嫌なようです。
けど、今はそれどころじゃない。
「……おほん。あー、それじゃぁ、現状の把握からな。
敵がこのダンジョンに向けて侵攻してきた。カラスを通じて得た情報によると、どうやら第2王子の命令を受けた魔法兵士らしい。その数は7人」
そんな俺の言葉に場の空気が一変した。
どうやらクロエ以外は知らなかったようだ。
人一倍の焦りを見せたノアが、右手を上げる。
「兄様。魔法兵士ってことは、魔法が使えるんですよね?
そんな人が7人。魔物だけで撃退出来るんですか?」
「いや、まず無理だろうな。時間稼ぎがせいぜいだろう。炎系の魔法使いが2人に、移動系の魔法使いが1人。その他の補助系が4人ってことろだ」
つまりは、かなりヤバい。
創意工夫を凝らさないと、俺たちは全滅だろう。
そんな俺の考えを見通したのか、アリスの目に熱が帯びた。
「……それで? 撃退の作戦は?
ダーリンのことだから、すでに考えてあるんでしょ?」
「あぁ、まぁ、一応な」
敵の陣形や戦闘の光景を確認した限り、前衛が敵を抑えている間に、後衛が強力な魔法を撃ち仕留めるスタイルらしい。
そして敵はこちらの情報入手がメインである事。そのバックについている者は第2王子である事。
この3つを確認した時点で、ある程度の戦略は見えていた。
ただ、出来ることならば、別の方法を模索したいとの思いが強いのだが、ほかの打開策なんて見つからなかった。
「一応ってなによ。歯切れが悪いわね。話しなさいよね」
どうやら、時間切れらしい。
「いや、悪いな。それじゃぁ、説明するよ。
まず、大前提として、今回は手加減なしでやろうと思う」
「手加減なし? ……つまりは、全員殺すってこと?」
そう、敵を殺すこと。
それが俺の判断を鈍らせる1番大きな要因だった。
「前回は敵の大半が農民だったから、殺すと後々面倒な自体になると考えて、全員生け捕りにした。だが、今回の敵は本物の兵士だ。
敵の狙いは、俺達の情報。生きて返す方が厄介な事態になる」
「なるほどね。了解したわ。1人残らず土に埋め込んでやればいいのね?
……って、なんて顔してんのよ」
「……なにがだ? 俺なら、いつも通りの顔だとお――ムグ」
アリスの言葉を否定しようとしたが、突然アリスの手が俺の方へと伸ばされたかと思うと、両手で両方の頬を押さえられた。
ちょ、まって、アリスさん、すごい、痛いっす。
「なにがいつも通りよ。まったくもぉ。
どーせ、ダーリンのことだから、アリスたちに人殺しをさせたくないとか、戦闘させたくないとか、危険かもとか、そんな甘ったるいこと思ってんでしょ?」
「うぐっ」
「はぁ。ほんっと、わかりやすいんだから、まったく……」
心底呆れた表情を向けられてしまった。
「いい? よーく聞きなさいよ? 相手は私達を殺しにきてんの。それを殺し返したって誰も文句は言わないわ」
「…………」
「はぁ、ほんとにもぉ。あのねぇ、今、アリス達の本拠地を襲撃してる動物は人じゃないの。あれは第2王子の手先なんだから、悪魔の手先なの。つまりは魔物ってこと。
毎日のように洞窟の魔物の討伐をしてるじゃない。今回の魔物もざっくり倒してやればいいのよ。わかったわね?」
俺が考えた宣戦布告の内容を引用したアリスの言葉。
こんな気遣いの出来る子に人殺しなんてさせたくはない。それは揺るがない事実だ。
それでも、現状を考えると他に手段なんてない。
それならば、アリスの言うように、無理やりにでも理由をつけてやるしかない。
俺よりもアリスの方がずいぶんと大人だな……。
「…………あぁ、わかった」
「……うん。まぁ、さっきよりはマシな顔になったわね。
ほんと、世話がやけるんだから。もっとちゃんとしなさいよね」
「そうだな。悪かった」
人は皆平等であり、人を殺すことなど許されない。それが俺が育てられた環境下で学んだ生き方だ。
それに相手の兵士も、俺達を殺したいわけじゃない。ただ上司から命令されただけ。
そうだとしても、自分達の身を守るためにはやらなければならない。
これは正当防衛。そのはずなんだ。
「……作戦を説明する。
現状を鑑みるとダンジョンの機能で敵を撃退するのは不可能だ。ゆえに、俺達の手で迎え撃つ。それでいいよな?」
念のために、全員の顔を見渡して見たが、返ってきたのはうなずきだけで、反対の声はあがらない。
「迎撃の場所なんだが、居住区の端に中部屋を作ってそこで応戦することにしたい。
ダンジョン内だと俺達がモンスターに襲われる可能性があるからな、それに、出来る限り奥まで引き付けた方が、敵の疲労度は高いだろうしな。
クロエ。中部屋を作成してくれ」
「はーい」
そうして俺達は、魔物を迎え撃つための準備を始めた。




