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銀貨は食べれますか?

 道で飛び跳ねていた少女は、自分のことをクロエだと名乗った。


 ポケットの中から魔玉を取り出したクロエが、楽しげに微笑む。


「この石を買い取ってほしいの」


 近くで拾ったという魔玉を姉が受け取り、真剣な表情で見詰めた。


「うーんとね、クロエちゃんの持ってたこの魔玉なら、銀1枚と銅20枚で買い取ってあげれるよー?

 銀って使い難いと思うから、銅120枚にしてあげ――」


「アー、アー、アー、アー」


 交渉は姉の役目なのたが、予想外の事態にノアが慌てて声をあげる。


 そんなノアの態度に、姉がすこしだけ頬を膨らませた。


「ちょっと、ノアちゃん? お姉ちゃん今交渉中だから、大声上げないでー」


「あははー。クロエさん、ちょっとお姉ちゃんの体調悪いみたいで、馬車の中にある薬を飲んできますね。ちょっとだけ待っててください」


 クロエの返答も聞かずに、姉を荷台に引っ張り込んだ。


「ちょっとー。どうしたのー? お姉ちゃん、体調悪くなんてないよー?

 それにお薬なんて高価な物、私達じゃ取り扱いできないんだよー?」


「どうしたのー? は、こっちの台詞。

 いい? あたし達はお金がないの。それに安く仕入れるのは商人の基本。

 あの子、どう見たってこの辺の子でしょ? あの様子だったら、銅30枚でも大丈夫でしょ」


「んー????」


 不思議に首を傾げた姉が、ノアの髪に手を伸ばした。


 にっこりと微笑むと、たしなめるように言葉を紡ぐ。


「だーめ。お父さんがいつも言ってたでしょー? 商人は常に誠実であれって。

 仕入れも売却も適正価格でするのよー」


「……でもさ――」


「でもじゃないのー。あの魔玉を銅30枚で買取ますなんて、お父さんの看板に向かって言えるー?」


 年季の入った看板が、寂しげに横たわっていた。


「…………」


「ほーら、お客様が待ってるんだし、戻るわよ」


「……はぁーい」


 秘密の姉妹会議が無事にまとまり、クロエに銅120枚での買い取りを伝える。


 すると、クロエの口から、予想外の答えが出てきた。


「んーとね。その魔玉はお姉ちゃん達にあげる。

 そのかわりに、私のお兄ちゃんとお仕事の話をして欲しいな。

 うんと、そうだった。誘うときはこれを見せなさいってサラお姉ちゃんに言われてたんだ」


 そういって、クロエが1枚のハンカチをポケットから取り出した。


 銅貨120枚、日本円にして30万円をあげると聞いて、姉がクロエの髪をなでる。


「クロエちゃん。銅120枚あったらパンがいっぱい買え――」


「……ぇちゃん。……おねえちゃん」


「んー? 今度はどうしたの?」


「……おうけの、もんしょう」


 オバケでも見たかのような表情で、ノアが青ざめる。


「おうけ? ……王家ー? ……!!」


 姉の方も、その紋章には見覚えがあった。


 お城に掛けられていた旗の紋章にそっくりだ。


 父曰く、この紋章を見たら、すぐに道をあけるべし。さもなければ殺される。

 絶対に逆らってはいけない。


 伸ばした手を地面に付けて、頭を地につけた。


「誠に申し訳ありませんでしたー。

 どうか、妹の命だけは、お助けください」 


「お姉ちゃん!?」


 両手を前に出して、手の平を天に向ける。


 願うのは、唯一の肉親である妹の助命。


 そんな姉の言葉に、クロエが眉をひそめた。


「だめだよ。お兄ちゃんは、自分の命と引き換えにー、っての嫌いって言ってから、私も嫌いになったの。

 それと、私は王族じゃなくて、お兄ちゃんの妹だから、畏まらなくていいんだよ?」


「えーっと、それはどういう意味でしょうか?」


「んー? とりあえず、私のことが信用出来ると思ったら付いてきて欲しいな。

 もし来なくても罰則なんてしないから、2人で話し合って決めてね」


 状況はいまいち把握出来ないが、考える時間をくれることだけはわかった。


「ありがとうございますー。お言葉に甘えて、5分ほどだけ時間を頂けますかー?」


「うん、いいよ。私は森の中で待ってるね」


 そういって、クロエはその場を離れていった。


「……お姉ちゃん」


 クロエが去った事で緊張が緩み、ノアが腰か地面に落ちる。


 そんなノアの髪を姉が優しくなでた。


「大丈夫よー。すこし、深呼吸しよっかー。

 …………うん、ちょっとは顔色も良くなったみたいねー。

 あんまり時間がないから、お姉ちゃんの意見を言わせて貰うね。

 お姉ちゃんとしては、あのクロエちゃんって子は信用できると思うの。だから、お姉ちゃんは彼女についていくわね。

 ノアちゃんは、この先の町で待って――」


「ダメだよ、お姉ちゃん。

 あの子のお兄ちゃんは自己犠牲が嫌いって言ってたじゃん。あたしも付いていく」


「……でも――」


「それに、お姉ちゃんの人を見る目は確かだから大丈夫だよ。

 ほら、行くよ。お客様が待ってる」


 姉の手を引いて、クロエがいるであろう森へと足を進めた。


 手は震え、表情も強張っていると思う。


 そんなノアの手を姉がぎゅっと握り返した。

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