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その後、黒竜帝が招いてくれた隠れ家に、私たちは驚かざるを得なかった。
だってそうでしょう?
隠れた洞窟があるのはわかる、山だしね。
でもその中には空間を歪めて作ったっていう綺麗な草原と小さな家があるなんて誰が思うよ?
どんだけ規格外なんだよって話じゃない……。
「……ここに足を踏み入れるのは、私でも初めてだ」
「そうなんだ、ちょっと意外」
話を聞く限り、フェザレニアの王族には先祖返りをする人が何人かいたはずだ。
ということは、その人たちと黒竜帝は魂が近しい存在だというのだからきっと彼らにとって相談しやすい相手でもあったはず。
親切だ、何度か挨拶は行っているってフォルカスも言っていたから多分王族はなにかの折につけて黒竜帝に挨拶しているんじゃないかと思ってたんだけど……。
そんな私たちの様子に、黒竜帝がそっと笑った。
「何、普段はあまり子孫たちとも交流はせんのでな……今の世界に関与する趣味も、年寄りの長話に付き合わせることもなかろうて」
招かれた家は素朴な造りで、きちんと誰かが暮らしている……そんな感じがした。
黒竜帝が人数分お茶を淹れてくれたんだと思うと緊張するけどね!
ふと庭を見て、……庭? うん、まあ庭でいいや。
その家の庭の片隅に、小さなお墓があった。
「あれは妻の墓だ。王城にあるのは偽りのものでな、初代女王の志はそこに置いたが……妻はわしの傍にいてもらったのだよ」
眠りについた乙女の墓を黒竜帝は守り続ける……か。
案外、あの絵本は事実に忠実だったのかもしれないなあ。
(いやでも建国からずーっとずっとこうして一途に想い続けるって相当だな!?)
当人からしたら何にも変わらないのかもしれないけど、初代女王様ってもうすでに輪廻転生とかしてるんじゃなかろうか?
転生者って概念があるんだからさあ。
それを黒竜帝が気づかないとは思わないけど、言葉にするのは無粋ってもんか。
「さて、フォルカス坊が見つけた番がまさかオリアクスの娘とは驚きじゃが……まずは祝おう。若き二人に、幸あらんことを、後悔せぬよう二人で手を取り合い生きていくがいい」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
なんだ、結婚式みたいなことを言われると困るな?
とりあえずお礼はきちんと述べておく。こういうことは大事である。
「ご存じのようですが、オリアクスの娘でアルマと言います。……ところで、オリアクスから娘だって言われて受け入れたのはいいんですが、悪魔って子を成せない種族なので特殊な技術を用いたってことで証明ができないんですけど黒竜帝様はわかるんですか?」
「ふむ、そうさなあ。……オリアクス、お前、何も話しておらなんだか」
「聞かせるほどでもあるまいよ、私にとってアルマが娘なのは事実なのだし……」
ちょっと、二人の間でわかり合ってないで教えてもらえると嬉しいんだけど!?
まあもう、黒竜帝がオリアクスの娘って認識しているっていう証明もこの目で確かめたわけだし、悩むほどのこともないんだろうけどさあ!
……この件はまたオリアクスと今度話すことにするとして、折角お時間いただいたんだから教えていただけることは教わろうじゃないか。
「じゃあそれはそれで、また今度。黒竜帝様には、教えていただきたいことがあるんです」
「ほう、なにかな?」
「あ、質問があるのは私じゃなくて妹なんですけど」
「ア、アルマ姉様の妹、イザベラと申します! 黒竜帝様にはお初にお目にかかりますが、不躾ながら教えていただきたいことがございます」
イザベラが緊張した面持ちでそう訴えかけると、黒竜帝は何回か目を瞬かせ、そして少しだけ不思議そうな顔をして首を傾げた。
え、それってどういう反応?
「あの、黒竜帝様……?」
「オリアクス、おぬしの娘は一人じゃろう? この娘も、娘なのか?」
「うむ、色々あってアルマが妹として迎えたのでな。よって私の娘であるよ!」
「ほうほう、それはそれは。いや、すまなんだ。聖女であるお前さんが、悪魔の娘を名乗るから不思議だと思うてなあ」
しれっとすごいこと言われたな!?
いや待って、聖女ってわかるとかすごいな。
(聖属性の魔力を感じ取ったからだとは思うけど)
それにしたってすごいよね!
思わず感心する私の隣で、イザベラが決意の表情を浮かべて言葉を紡いだ。
「その聖女について、お教えいただきたいのです。何故、聖女は存在するのか――どうして、あの国にだけ聖女が大勢生まれるのか、その真実を……!!」




