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その後、私たちは手分けして……というほどのこともなく、一人の男を捕まえることに成功した。
複数いたような気がするけれど、どうも上手いこととかげの尻尾切りを掴まされたらしい。
(なるほど、上手いもんね)
残念ながらまたもや犠牲になった吸血蜘蛛がいた。
ただ、残された男が糸袋を持っていたのでまず間違いなく彼らはそれを目的としていると言うことがわかったのだ。
「……ダメだな、まるで人形のようだ」
「魔法かなにかか?」
おかしなことにその男は私たちが現れても驚くことも逃げることもなく、淡々と蜘蛛を切り裂いて糸袋を取り出す作業を続けていたのだ。
それを気味悪く思いながら捕まえてもやはり抵抗することがない男は、縛られてもただぼうっとしているだけだ。
催眠か何かかと疑ってみて私やフォルカスが調べてみたり、ディルムッドが軽く頬を叩いてみたり、イザベラが状態異常軽減の魔法を使ってみたりと色々手を尽くしてみたものの変化がない。
ちなみに状態異常軽減の魔法は毒や混乱、気絶などの症状を一時的に軽くしてくれるものなので、二日酔いにも有効だよ!
完全に回復するわけじゃないし、コレって結構扱いが難しい魔法に入るんだけど……さすがイザベラ!
はー、うちの妹ってば本当に優秀だなあ!
自分も試すと言い出した時には何をするのかと思ったけど、まさか状態異常軽減の魔法が使えるなんて!
いっぱい頭を撫でておいた!!
「……ここまで色々試してもだめってのは、どういうことだ?」
そんな私をよそにディルムッドが難しい顔をして考え込んでいる。
ほんのちょっとだけそういうキャラじゃないでしょって思ったけど、黙っておいた。
確かに、これはどういうことなんだろう。
「ふむ、どうやら精神を抜き取られているね」
「……抜き取られている?」
「そうだねえ、確かにこれは悪魔族が介在しているようだ。それについては私が調べてみようか」
オリアクスが男をしげしげと眺めて、顎を撫でる。
私たちは彼の言葉になんとも言えない気持ちになったけれど、お願いすることにした。
「となると、あとはコイツか」
男の身元を教えてくれそうなものは何もない。
ただ、糸袋を回収するための道具類が残るだけだ。
「……採集作業に適した服とは言えないよね」
「そうだな、身なりは……ただの農夫のようだ。それにあちこちに傷もある」
「身を守って作った傷には見えない」
「この人自身が、普段から戦い慣れているって可能性は? 蜘蛛を退治するとかは農村でも時折見られるでしょう」
蜘蛛が襲われたのか、蜘蛛が襲ったのか。
それについてはわからないけれど戦闘があって男が勝利し、解体をしていたのは事実だろう。
「そうだな、その可能性は否定出来ないが……低いだろう。蜘蛛の方も見たが、一撃で仕留めている。単独で狩ったんじゃないにしろ、この男がメインで対峙していたことは間違いないはずだ」
「それに、農村で退治する蜘蛛はこのタイプではないため、解体などは基本行わない。可能性の一つとして、冒険者資格を持ち、経験があるか」
私の言葉にディルムッドとフォルカスが即座に答えた。
「ふうん……うん?」
これはますます男が何者であるのかを突き止めることが難しい。
正気を取り戻してくれたら一番なのだけれど……そう思ったところで私は男が使っていた作業用のナイフに目を留めた。
「……これ、妖精の気配がするね」
「ふうむ、思った以上に大事かもしれんな」
「じゃあこいつに関しては妖精たちの村で聞いてみるか」
「それがいいだろうな」
ハンカチを使ってナイフを拾い上げてみる。
別に毒を塗られているとか、呪いの気配はないので大丈夫だとは思うけど……ぱっと見、なんの変哲もないナイフのようだ。
「……妖精の気配はどこからだろう」
私が不思議に思って首を傾げていると、イザベラが横から同じようにナイフを眺めて難しい顔をする。
そして、躊躇いつつ口を開いた。
「おそらくですけれど、無念とか、そういった類いの……残留思念ではないでしょうか」




