2-10
さて、とんでもないことが発覚した。
私とイザベラは、とても微妙な気持ちである。
何故かって?
くるみゆべしが喉に詰まったとかそんなんじゃないからそこは安心してほしい。
いやそうじゃなくて、代表者たちから聞いた話が問題なんだよ。
「まさか、まさかですわねえ……」
「そうだねえ……」
代表者たちによると、最近おかしな動きを見せる人間たちがいるので警戒をしていたそうで、他の地域にいる仲間たちにも協力を求め得た情報によると、一冊の本に辿り着いたのだという。
それがまたなんというか。
イザベラが旅の途中で買い求めた、あの娯楽小説である。
そう、悪役令嬢に負けない女の子が王子と真実の愛で結ばれたっていう、国を出た辺りで手に入れたあの娯楽小説だ。
「……あの作品と同じようなことが各地で起きている、か……」
「確かに、わたくしが買った巻ではまさしくわたくしが『悪役令嬢』であった物語……のように、思いますわ」
小説そのものはすでに三巻まで出ているらしいが、問題なのは今、私たちも持っている二巻部分らしい。
そこには〝特殊な製法で紡ぎ出した蜘蛛の糸を用いたローブ〟とやらが登場するらしい。
該当部分のページには、確かにそれらしきものが書かれている。
正確には、主人公が世界を救うために森の生き物たちがこぞって糸の原液を渡し、アラクネ族が秘伝の方法を用いて作り出すらしいんだけど。
ちなみに、そんな秘伝の方法は知らないってすっぱりきっぱり代表者であるアラクネ族の長老にも否定されました。
王国で起きた婚約破棄の件が酷似していたことが既に世間では話題になっており、その上、今回の事件……ってことで預言書の類いとしてもしかするとそれを正しく行おうとする危険人物がいるのではなかろうかと代表者たちは危惧しているらしかった。
まあ、そりゃそうだよね。
この森に来る条件が〝精霊たちが認める〟ってことだけど、魔力量がある一定以上なら彼らの隠蔽だって意味を成さないわけで……特に、索敵系の魔法に長けていればそれだけでクリア出来ちゃうってのは問題だ。
それでも今まで大きなトラブルにならなかったのは、精霊村の人たちは精霊の加護を得ているからだし、妖精たちの隠蔽はそれらの更に上を行くってだけの話。
森の生き物に関しては全く別物だから、狩られてしまったと思っていいだろう。
それでも類似点が多かったため、やはり代表者たちもまずは作者について調べたとのことだったんだけど……。
「それにしても、作者不明というのは困りましたわね……」
「大陸中で流通している本だってんなら、わかりそうなものなんだけどね。まあ、余程大切にされている作家ってことなのかなあ」
イザベラがマジックバッグから取り出した続刊をパラパラと私も捲って適当に読んでみる。ちなみに一巻もまだ読み終えていないけど、まあ繋がってないならそんな気にしないで読めるかな……。
二巻は最初の女の子が実は古の聖女の生まれ変わりでした、というところから始まる。
(んん?)
王子と婚約したヒロインは、幸せに暮らしていた。
誰よりも強い聖属性の魔力は衰えるどころか勢いを増すばかりで、国は安泰だと誰もが彼女を褒めそやす。
ある日いつものように祈りを捧げていると気を失ってしまい、夢の中で初代聖女から使命を託され、魔王の出現を予知して彼女はそれを防ぐために旅に出る。
愛する王子は各国に協力を求めるため竜の力を宿す北の国へと行き、ヒロインは王子の腹心と共に旅に出る。
途中、世界を作った女神を信仰する人々が彼女を手助けする中で、そこに潜んでいたスパイである魔王の手下である悪魔により怪我を負い森へ逃げ込むことになり、そこで森に住まう者たちに魔王を倒してほしいと懇願され……そして三巻へ続く。
「なんだこれ……」
思わずげんなりと呟いてしまったが私は悪くない!
イザベラもパラパラと読み進めて困ったようにしている。
「しかし、魔王に悪魔ねえ……ふうん」
「姉様?」
私は少しだけ考えて、イザベラに私の秘密を打ち明けることにした。
おあつらえ向きに、代表者たちと今後について話し合っていたフォルカスとディルムッドも戻ってきたことだしね。
「ちょっとさあ、今回の件で知り合いの悪魔に頼ってみようかなって思うんだよね」
私がそう言うと、全員が目を丸くして私を見たのだった。




