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精霊村には多くの世間で言うところの〝不思議な〟人が暮らしている。
妖精だったり、妖精と人の混血だったり、精霊の取り替え子と呼ばれる特殊な人だったり……そりゃもう何でもござれってところだろうか。
竜と人が交わって……というのは、フォルカスの例もあるし、知られている話なのでそこそこあることなのだけれど、同時に獣人と呼ばれる亜人族も多々いる。
しかしイザベラがいた国……まあ、私にとっても母国にあたるあの国は『人間至上主義』というかなんというか、亜人族に対してあまりいい対応はしていなかった。
確か、国交もないとかそんなレベルじゃなかったっけ?
そしてこの村の長老は、この辺りでも珍しい獣人なのだ。それも、猫の。
ふわふわとした紫色の毛、帽子から出ているピンとした耳、揺れるおひげにスカートから伸びる尻尾。
けものが自立して服を着ていると元いた国じゃあ笑いものにしていたけど、なかなかどうして私からすると大変可愛らしいと思うのだ。
ちなみに熊の獣人とか、私からすると巨大でかっこいい。
ただ獅子の獣人はたてがみがなかなか……くすぐったいんだよね、あれ……。
「長老、こっちは私の妹でイザベラです。イザベラ、この村の長老さんで獣人族のマァオさんだよ、とても物知りなんだ」
「イ、イザベラと申します。初めてお目にかかります!」
私の声にハッとした様子でイザベラが慌てて御者台から降りてちょこんとお辞儀をする。
その様子に長老――マァオさんも微笑ましそうに笑った。
笑うとマァオさんの喉からゴロゴロ音が聞こえて、イザベラが目をぱちくりさせているのがまた可愛い。
「これはご丁寧にどうも、ご紹介にあずかりましたマァオと申します。あら、まあ、可愛らしい妹さんねえ。前にアルマ殿がこちらを訪れた時にはいらっしゃらなかったと思うのだけれど」
「色々縁ありまして、姉妹になったんですよ」
「それは良い縁に恵まれたのねえ。とにかく、精霊たちが貴女たちを歓迎しているのだから、この村でも勿論歓迎しますよ」
イザベラはマァオさんの揺れる尻尾に釘付けだ。
まあ失礼にならない程度に盗み見てるって感じではあるけど、いけない、笑っちゃいそう……なんだこの可愛い子。私の妹だ。
「今日の宿はどうするおつもりかしら?」
「できれば、また部屋をお借りできたらなと」
「ええ、ええ、勿論構わないわ。嬉しいわねえ、久方ぶりの客人だもの。外のお話を聞かせてくださるかしら」
「はい」
精霊村は基本的に開かれた村ではないので、宿屋がない。
各自住民の誰かの家に、泊めてもらうのが普通だ。
私の場合は何でか知らないけどマァオさんに気に入ってもらえているらしく、こうして出迎えてもらえたり部屋を貸してもらえるんだけど……イザベラも気に入られたようで何より。
っていうかまあ、こんな可愛い子気に入らないなんてあるはずないんですけどね!
「あっ、そうだマァオさん、フォルカスとディルムッドどうしてます? 先に来ているはずなんですけど」
「あのお二人なら雲羊の谷へ一足先に行きましたよ。なんでもヴァンデールさんのお使いが忙しいみたいで」
「ああー……」
成る程、それなら納得だ。
思わず唸ってしまった私の様子に、イザベラがきょとんとしているのでそっと耳打ちしてあげた。
「いやね、ヴァンデールさんってのは雲羊を飼ってる人なんだ。羊たちの毛が一番良い状態になるのがこの時期なんだけど、ちょうどこの森周辺に現れる、吸血蜘蛛の繁殖時期でもあるんで……羊の毛を報酬に、駆除依頼がくるわけ」
「く、蜘蛛ですか……!?」
「そう。そんでもってあいつらが忙しいって言ってんだから、その……もうちょっと、そうだね、精霊村もうちょい見学してから向かおうか! ねっ、そうしよう!!」
思わず力を込めて私がそう言うと、イザベラは目をぱちくりさせてからふわっと笑った。
あっ、可愛い。
「もしかして、姉様ったら蜘蛛が苦手なんですの? ……いえ、わたくしも決して得意ではありませんしむしろ苦手ですので、お気持ちはよぉくわかりますわ」
「あらあら、仲が良いのねえ。二人は一緒のお部屋でいいかしら?」
「はい、お願いいたします、マァオ様」
目を細めて笑いながら私たちのやりとりを見ていたマァオさんが楽しそうに声を上げて笑う。
「このところ村を訪れる人も少なかったですからねえ、特別なおもてなしはできないけれど、のんびり過ごしてちょうだいね」
精霊村の中でも少しだけ大きくて、それこそ絵本の中に出てきそうな形をしている家にイザベラがまた目をキラキラさせて、そんな彼女の様子にマァオさんが嬉しそうに笑って、……ああ、うん。
ちょっとくらいなら、遅れても許してくれるよねえ。
だってしょうがないじゃん、蜘蛛は苦手なんだよ。




