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その後、私たちはまた別の客室に案内されて、寛いでいたらとうとうお呼び出しがかかった。
王様と面会なんてどのくらい時間がかかるかなと心配だったけど、私たちの様子からあまりゆっくりはしていられないと判断したであろう男爵が掛け合ったのか、それから一時間も経たないうちに私たちは奥まった部屋に呼ばれた。
大広間か何かかなと思ったんだけど、どうも違うらしく王城の中でも奥まった方へと進んでいくので「おや?」とちょっぴり首を傾げる。
そんな私にこそっとイザベラちゃんが「おそらくわたくしたちが向かう先は、陛下の私的な会議をなさるためのお部屋なはずです」と教えてくれた。
よっぽど周りには聞かれたくないらしい。
まあそりゃそうか。
次代を担う王子がおかしな行動をしてとんでもない行動をした挙げ句に、一人の貴族令嬢が冤罪で酷い目に遭っただなんて、公の場で審議したら国中が荒れるよね。
私としては公の場で全員罵声でも浴びちまえと思ったりなんかしましたが。
大人ですんでそこはね、お口チャックで行きたいと思います。
そうこうしている間に、一つの部屋の前で侍女さんが立ち止まってここだと教えてくれた。
ドアを押し開ける侍女さんの後ろで、私はそっと隣に立つイザベラちゃんを見て、声をかける。
「イザベラちゃん」
「は、はい」
「ん」
段々顔色を悪くして、緊張で強ばった表情のまま胸の前で手を握りしめるイザベラちゃんに手を差し出す。
私の顔とその手とを見比べて、イザベラちゃんはちょっと照れたように手を重ねてきた。
「あーあー、握りしめすぎてすっかり白くなっちゃって。大丈夫だよ、私がいるでしょ?」
「はい、アルマ姉様……」
「イザベラちゃんをエスコートするのは私。どんな時だって守ってあげるから。約束」
「ふふ、はい。約束ですね」
さすがに王様の私的な会議室とはいえ、中の広さは相当なものだった。
優に二十脚以上ある椅子と、巨大な一枚板のテーブル。
その上座に、厳しい顔をした国王。その後ろには男爵が控えているから間違いない。
私から見て国王の右側に座る、今にも倒れそうな顔をしている女性がおそらく王妃様。
それから、左に偉そうにしているオッサンとその奥さんらしい人物。多分アレがイザベラちゃんのご両親ってやつなのだろう。
え? あれが!?
って感じで思わず二度見したけどそこはノータッチでよろしくお願いします。
そしてそのオッサン夫婦の隣に、俯いた青年が一人。私たちの入室に気がついて、ゆるゆると顔を上げたけど、彼がイザベラちゃんのお兄さんだろう。
彼だけはよく似てた。顔立ちは。
「……よく来てくれた。余がこの国の王、ヘンリクである。サンミチェッド侯爵とその妻は遅れて参るゆえ、まずは寛がれよ」
王様という役職にある人物にしては随分腰が低いお出迎えだなと思ったけど、それも仕方ないのだろう。
今回のことはあまりにもイザベラちゃんが理不尽に虐げられたとしかいいようのない問題なのだ。それを明かすにあたり、堂々と出迎えられないわ回復方法について頭が痛いわ、自分の息子とその他の処遇も悩みどころな上に、ジュエル級冒険者である私の存在でしょ?
私だっていきなりけんか腰になんかならないのにねえ、可哀想な王様!
だから私も笑顔で挨拶を受け取って、近くの椅子に手をかけた。
「それじゃあ私たちは下座で。ね、イザベラちゃん」
「イザベラッ、お前は私たちの娘なのだからこちらへ……!」
「はい、どうぞ~」
外野の声がうるさいけれど、あえて無視しつつ紳士の真似事をして椅子を引いてあげればイザベラちゃんは花が綻ぶように笑った。
「ありがとうございます、アルマ姉様」
彼女も色々と思うところがあるのだろうし、複雑な心境だろうけど『私たちの娘』なんて今更言われても心に響かないんだろう。
なんせ、この一ヶ月くらいの間で人を寄越すなり手紙を送るなり、彼女の安否を確認することが一度もなかったのはどう考えたってギルティすぎる案件。
ただ、気になるのは……彼女のお兄さん、マルチェロだっけ?
彼は一言も喋らず、ただこちらを見ているだけだ。見た目は綺麗だけど、あの視線はいただけない。
なんというか、こう、粘っこい。
イザベラちゃんだけを見つめているその視線は、正直不気味だ。
(……王子が抜け出して辺境に来たのは、あのボウヤが手引きしたってことらしいけど)
だとしたら、あの彼は公爵家の中でどんな立ち位置なのか。
両親よりも部下達を掌握しているのだとしたら、公爵家のメンツ丸潰れになる可能性があるよねえ。
(私だってさすがにイザベラちゃんの生家が落ちぶれていく様を見たいわけじゃないんだけどなあ)
いい思い出がないにしたって、おばあさまとの大切な思い出もあるだろうし。
幼い頃は、まだいい思い出があったみたいだからさ。思い出は大事だよ、とってもね。
「……来たようだな」
顔色を青くしたサンミチェッド侯爵家の人たちが挨拶を述べて入ってきて、我が子を探して視線を巡らせて――ライリー様の横に座る、引き締まったエドウィンくんを見て絶句したのを、決して笑ってはいけない。
わたしは、がんばったのだ!




