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「……なんだと?」
「いい加減にしてくださいましと申し上げました」
王子に対して頭を下げるわけでもなく、媚びを売るでもなく、ただただ冷たい目線を投げかけるイザベラちゃんはまさしく貴族の姫君だった。
凜と矜持を胸に立つその姿は、町娘のような服装だ。それでも目の前の、華美な服装を身に纏った正真正銘の王子に勝るとも劣らない気品があった。
「わたくしのことを如何様に仰っても構いませんが、他の聖女たちを、聖女たちを支える方々を侮辱するような言葉は許されるものではございません」
「くっ、貴様……」
「殿下がおっしゃるように、身分を笠に聖女のお役目を軽んじる者がいることは否めません。ですが、真面目に取り組んでこられた方々も同時に貶すような物言いは到底許せるものにございません」
「そっ、それは貴様について……」
「わたくしは、王子の婚約者として多くの者の目に晒されて参りました。それは貴族だけでなく、教会だけでなく、民の目もあるということをお忘れなきよう」
凜として言い放つ彼女は、王子の言葉に怯むことはない。
そりゃそうだ、ヴァネッサ様が恩を感じている、それは彼女の行いを見てきた人がいるのだ。
そしてなによりイザベラちゃん本人が、誇りをもって貴族の姫君として、王子の婚約者として、聖女として……全ての立場において恥ずかしくない振る舞いをしたという事実があるのだ。
怯む理由が一つもない。
(むしろ、何の証拠もなくよくそんなこと言えたな)
私としては呆れるばかりだ。
でも、ちょびっとだけ驚いたことがある。
エドウィンくんが、王子の尻馬に乗ってイザベラちゃんに対し何か言うかと思ったけど彼は神妙な顔をしているではないか。
それどころか王子を止めようと、何度も声をかけているではないか!
聞いてもらえてないから、実質意味ないけど。
「ヴァネッサ様、エドウィンくんに何したんです?」
「あらいやだ、ヴァン兄様と一緒に彼をおもてなししただけですのよ。カルライラ流にね」
うふふと笑うヴァネッサ様、美しゅうございます!!
いやあ、それってつまりカルライラ・ブートキャンプですね?
そういやこの二週間とちょっとでエドウィンくん、しゅっとしたんじゃないかな。
ダイエット効果が目に見えて表れるのって二週間くらいだもんね……?
「根が素直な子なのでしょうね、色々教え甲斐がありました」
「……そっすか……」
色々ツッコミどころ満載だけど、聞かないぞ。聞かないぞ!!
そんな私をよそに、イザベラちゃんは王子に対して追撃の手を緩めない。
「そもそも、わたくしを追放なさったのは殿下ではありませんか。だというのに何故そのわたくしに、共に王城へ行き陛下に対し弁明せよと仰るのか理解できません。神に誓い正しき行いをなさったのでしょう」
「……そうだ。だが、性急に事を進めすぎた為に父上が」
「証拠がおありなのでしょう、それを提出なされればよろしいではありませんか。わたくしを王城に連れて行き、何を弁明せよと? ベルリナ子爵令嬢を虐げたと? それとも聖女として役目を放棄していたと? 王子妃の勉強を地位を理由に遊んでいたとでも? 馬鹿らしい!」
ふっと酷薄な笑みを浮かべて王子に啖呵を切るイザベラちゃん、かっこいいぞ!!
いいぞもっとやれ!
あれだな、悪役令嬢っぽい感じではあるけど、かなり真っ当なことしか言ってないから大丈夫だ。
むしろ私が全面的に応援しちゃうからね!!
とはいえ、反論されるとは思っていなかったらしい王子は驚いた顔をしている。
いやいやどうしてそんな表情をしているのか私にはさっぱり理解できないな。
あれだな、振っても元カノは自分のことを好きだろうって思ってる勘違い男か何かかな? それとも王子が命令したら、ハイって言うことを聞くのが当たり前だと思っているのかな?
(ばっかじゃないの)
イザベラちゃんじゃないけど、そう思う。声に出さなかった私、偉いと思うんだ!
しばらく呆然としていた王子が怒りに顔を歪め、腰に佩いた剣に手を伸ばすのが見える。
へーえ? そう出るんだ。
それなら私だって黙って見守るだけでいいなんてことはないよね。
「おやめ下さい、アレクシオス殿下!!」
でもそれを止めたのは、イザベラちゃんでもヴァネッサ様でもなかった。
なんと、エドウィンくんが王子の剣を掴む手ごと押さえ込んだのだ!
あの王子のことを『王太子殿下』と呼んでライリー様に叱られていたエドウィンくんが、『王太子殿下の側付きになるんだ』って夢見がちだったエドウィンくんが!
王子の行動に反対するようなことを言うんじゃなく、行動してみせただと……!!
(カルライラ・ブートキャンプ、恐るべし……!!)
そんな私の感動なんて当然気がつくことのないエドウィンくんは、必死の形相で王子にしがみついている。
王子は王子でエドウィンくんの行動に腹を立てているらしく、空いているもう片方の手で彼を引き剥がそうとしていた。
「殿下! 殿下! どうかこのような往来で剣を抜こうなど愚かな真似はおやめ下さい!」
「ええい、離せエドウィン! お前は私の味方だろう、何故邪魔をするんだ……!」
「味方だからこそです! ここで剣を抜くということは、そこにいる『青真珠』に剣を向けられるということですよ!」
その言葉にぎょっとした王子が周囲を見ているけれど、青真珠ってのがジュエル級冒険者のことだと知っていても私だってことはわかっていないんだろうなー。
まあ、そうだろうとは思ってたけども。
ヴァネッサ様とお話している段階で気づいたかなとも思ったけど、あの王子サマはイザベラちゃんしか眼中になかったからね。
でも私の口から出たのは、違った。
「あ、エドウィンくんちゃんと私のこと見えてたんだ」
……言ってから、そうじゃないだろ私って思ったよ。自分でもね!




