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「イングリッドさまがお倒れになられ、渦巻いていた瘴気の塊と〝始まりの聖女〟の姿はその土地から消え失せ、そこにはただ広い大地が姿を現しました」
元々その土地は瘴気によって地表を覆われ、全貌が明らかになっていなかったそうだ。
といってもまあ元々瘴気が満ちた土地にわざわざ足を踏み入れる馬鹿もいないって話だったから情報が不足していたってのが正しいらしいんだけどね。
「聖女を失った我々はどちらの集団も指標を失い、烏合の衆と成り果てた」
「烏合の衆て」
言い方ァ!
まあとにかく、まずイングリッドを失った反対派は元々数も少なかったこともあって、彼女という旗頭を失ったことと〝始まりの聖女〟が姿を消したことにより解散という流れになったようだ。
まあ、生活あるもんね。
ある意味合理的っていうか、前向きでいいと思う。
それとは逆に〝始まりの聖女〟とそれに従った勢力は人数がとにかく多く、彼女がいたからこそ強気に出られていた部分が大きかったことにより、無事だった他国へと逃れることができなかった。
つまるところイキり散らして嫌われてたってことね!
で、しょうがないから彼らはその土地に根ざし一つの国を興す。
「それが……わたくしの、生まれ故郷……」
盗人が国を興したなんて夢物語もあるけど、聖女が封じられた場所に立った国とはね!
聖女を崇めよと謳う国が、聖女の犠牲によって成り立っただなんてなんとも皮肉な話だ。
まあそれはともかくとして、イングリッドと〝始まりの聖女〟問題だけでなく、瘴気やその他諸々の理由で滅びたり、他国で難民を受け入れたりと変化していった。
そこまでは、よくある話。
「瘴気の塊が〝始まりの聖女〟と共に封じられたからか、その土地も、周辺諸国も瘴気に悩まされることが減った。それを良い変化だと人々は喜び、あの戦いも必要なものだったのだと語る者まで現れるようになった」
だけど、変化は徐々に訪れる。
仮面男に言わせれば、きっと前兆はあったのだ。
野生動物が徐々に強くなり、狩人たちの手に余るようになり。
豊かだった土地が、少しずつ枯れていくその変化は、彼らがこれまで見知った瘴気による影響とはまた違うものだったという。
そして、ある時を境にまたそれが鎮まった。
王国が教会と共に『聖女たち』を称え、活動をさせ始めたからだ。
「彼らは聖属性を持つ少女が複数いることに気がついた。それも、十代にしか発現しない。そしてまず自国を守るために、かつての結界装置を用い結界を張ったのだ」
かつてのイングリッドのように突出した才を持つほどではなく、あるいは〝始まりの聖女〟の代わりになれるような聖属性を備えた少女は生まれない。
だけれど大勢いれば、その類い希なる存在一人に匹敵する。
そして民を守るために、彼女たちを庇護するのだ……というのが教会と王家の発表したことだったそうだ。
周辺諸国はかつての〝始まりの聖女〟戦争について直接関わったものも多かったため、かなり警戒したそうだけど……結果として、王国以外の国の瘴気も減ったのだから、文句のつけようもなかったのだろう。
「人々は平穏を得ました」
仮面男の話に、私とイザベラはただなんとも言えない気持ちを持つだけだ。
あの国にだけ聖女が多かった理由、始まりの聖女、イングリッド、この土地。
情報量が多すぎない?
可哀想なくらい唇を噛みしめて、青い顔をしたイザベラをぎゅっと抱きしめる。
そんな私たちを見ながら、仮面男は禍々しく口を歪めて、嗤った。
「仮初めの、平穏を手にして、人々は忘れたのだ!」




