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大悪魔を呼び出し、支払う代償の大きさに伴った力を借りて〝始まりの聖女〟に戦いを挑んだのだとイングリッドは言った。
そして、その大悪魔こそがエアンドゥラス……おそらく私たちが知る『アンドラス』だろうということで彼がこの地にいるということもなんとなく理解できた。
「……でもさあ、イングリッドさんは当代で最強の聖女だったんでしょ? 二番目のコが体を明け渡して元通り近くなった〝始まりの聖女〟とはそんなに差があったの?」
基本的に私たちが知っている情報としては、数少ない。
その中でわかっているのは〝始まりの聖女〟がこの世界にとって異世界から召喚された女性であったこと、そして召喚した目的は人々の不和から生まれた瘴気を浄化することくらいだ。
そういう意味では瘴気を浄化するのに特化した人っていうイメージだし、イングリッドさんたちの話を聞く限り瘴気をどうこうする役割を担っていたのは確かだからそこまで差が出るものなのか?
私の問いかけに、イングリッドは力なく首を左右に振った。
「確かに魔力などはさほど差を感じはいたしませんでしたが、やはり培った経験や彼女しか知らない方法があるのでしょう。浄化に関しては同程度のことができると自負していましたが、彼女は浄化をすればするほど強くなるのです」
「なにそれ……」
なら最初から転生した後にでも瘴気を浄化して回れば、現聖女の体を乗っ取る必要はなかったのでは。
そう思う私の疑問に気がついていたらしいイザベラが、口を開いた。
「……聖女は、浄化する度にその澱をその身に溜め込むのだと伝承にございます。誠か嘘かは判別できませんでしたが、確かに聖女として活動をした後は普段よりも疲れやすかったこともあったのですが……その疲労度も人によって異なりました」
「彼女の言うとおりです。それらは瘴気の毒と呼ばれ、普通の人間ですと摂取すると死んでしまうのですが……聖女は一定量をその身に取り込んでも己の聖魔法で浄化できるので、休息すれば良くなります」
「わたくしたちは、教会で祈るようにと……」
「こんなことを言ってはいけないかと思いますが、祈っても特に消えません」
「そんな……!」
イザベラがショックを受けているようなので、私は軽く肩を抱いて慰めておいた。
まあ神様だってなんでもかんでも頼られたら困っちゃうからね、仕方ないって。
しかし、疑問は尽きない。
聖女は聖属性の魔力を用いて浄化を行う。
イザベラは聖属性の魔力を用いて結界を起動させていたわけだけど……あれもイングリッドによれば、数世代前の聖女が考え出した知恵の結晶で、結界だけじゃなく浄化も行える優れものだそうだ。
まあ、弱い瘴気しか対応できないみたいだけど……。
(うん? それだとあの国は瘴気を閉じ込めていたってことになるのか?)
だって、あの国の外に出た私たちは別に変ったことは感じていない。
モンスターが特別強くなったとか、そういうこともない。
食事に関してはまあ、その土地その土地でカラーがあってとても楽しいよね!
って違う、そうじゃない。
(聖女については知らないことが多すぎるな)
黒竜帝や父さんから聞いた話で、大分今伝わっている聖女像とイザベラたち国で結界を守る役割を担っていた聖女たちとは違うんだってことは理解していたけど……。
(前にも増して、人身御供って感じが増してない?)
聖女は人の生み出した負の感情、それを純化したようなものである瘴気を浄化する。
浄化するには聖属性魔法が必要で、そのために聖女は召喚された。唯一だった。
でも浄化しきれないから聖女は子を成しその力を受け継がせた。
この段階でもうヤバイ。
でもそれに加えて『聖女は浄化を行うと澱が溜まり、休息を必要とする』わけでしょ?
それだけで聖女の負担ってのがもう見てわかっちゃうじゃない?
「〝始まりの聖女〟はどうやらその澱を……我々を害す毒を、己の力に転化させる術を身につけていたようです。当代の聖女の身を求めたのも、その澱を多く溜め込める体であることが望ましいがゆえ……聖魔力の強い人間が聖女となるように、聖魔力の強い人間こそが澱を溜め込める体でもあるからでした」
毒をもって毒を制す。
その術が異界の知識なのか、それとも彼女の特性だったのか、それを知る方法はないけど……なるほど、厄介な相手だったのだろう。
たくさんの澱を溜めるために浄化する、浄化すれば人々は歓喜し心酔する。
だけど、その行き着く先は……世界を浄化する神となることだってんだから、人は恐ろしいのだ。
イヤこの場合はもう〝始まりの聖女〟さまとやらを人と呼んでいいのか、疑問だけどね!




