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「己の子孫は須くその身を喜んで差し出すべし、そのように〝始まりの聖女〟は仰いました。当時のわたしたちにとって瘴気は恐るべきものであり、それに対抗する力がある聖女は……〝始まりの聖女〟が我らの救いになってくださると、そう習っておりましたから」
イングリッドは言葉を濁したけれど、従うべきなのだという意見が多かったようだ。
でもそれって、差し出される側からしたらたまったもんじゃないよね。
「……ズバリ聞くけど、そっちのおつきがうちの妹のことを〝聖女の器〟って呼んだんだけど、つまりそーいうこと?」
「ね、姉様!」
「誤解を招くような物言いをしたようですね、大変申し訳ありません。ですが率直に申し上げればその通り。ただし、わたしが乗っ取ろうというわけではございませんよ」
「そ。ならいいわ」
まあそうじゃないかなあと思ったんですよ、その通りでしたね!
イングリッドはにっこり笑いながら跪いたまま顔を上げない仮面男を睨み付けていて、アイツ突っ走るタイプなんだろうなあと私は思ったが助け船は出さない。絶対にだ。
イザベラは困ったような表情を浮かべて私にくっつくようにしてきたので可愛かったから頭を撫でておいた。
「さて、話を戻しましょう。当時の国の重鎮、及び聖職者たちで話し合いを重ねた結果、我々は〝始まりの聖女〟さまに当時の聖女……つまりわたしの体を受け渡した後、私がどうなるのか、そして何を成し遂げようとなさっておいでなのかをまず聞きたいと申し出ました」
懐疑的ではあったものの、その知識と記憶、それから合い言葉のようなもの……それらが全て符合した以上、現れた少女が〝始まりの聖女〟であることにまず間違いないだろうと思われた。
だけど、だからどうしたって話でもあるのだ。
当時、〝始まりの聖女〟さまに助けられたという話が伝承として残される程度まで時間が経過していた国の人間からしてみれば、彼女が何をしたくて現れたのか、それを確認するべきだと判断したのは私も正しいと思う。
その結果、聞かされた言葉はとても衝撃的だった。
「彼女は言いました。多くの聖女を残し、己の代わりを務めるだけの技術を伝えたにもかかわらず瘴気は減っていない。人々は与えられる幸せを享受するだけで瘴気を減らすために己を高めようとせず、この世界は失敗作であると」
「……しっぱい、さく……」
「わお、こりゃ壮大な話になってきたね……」
「そして彼女はこうも続けました。自分は聖女の力をもって瘴気の源を取り込み、浄化すると共に己の力と変えて世界を作り直すのだと。付き従うならば創世後も自分が作った世界の住人にすると」
瘴気はこれまで〝始まりの聖女〟でなくば祓えなかったし、彼女の血を受け継いだ女性たちが祓えるようになったとはいえ人々が増えれば増えるほど瘴気も増す世界では浄化が追いつかないのも事実。
荒唐無稽な話のようにも思えても、それが〝始まりの聖女〟からの言葉だと思えば人々の心を惑わすには十分だったのかもしれない。
「国は割れました。すぐに真っ二つであるとか、そういうことではなかったのですが……まあ手短にお話ししますと、わたしはそれに真っ向から反対したのです。聖女が神になるだなんて、それは神からこの力を与えられたものによる下剋上に他ならない考え方ではないかと……」
その辺について私としてはノーコメントだ。
宗教とか神様ってのは、誰かが意見を言ったところで全員が正しいと思ってるんだからその人がそう思っているならそれでいいと私は考えている。
それこそ、こちらに迷惑がかからない限り。
「反対派と賛成派で、国は大きく揺れることになりました。当時は瘴気によって砂漠化も深刻な問題でしたし、人々は救いを求めていたのだと思います。戦況が変ったのは、わたしに次ぐ力ある聖女が〝始まりの聖女〟の器として志願してからでした」
そして力をほぼ取り戻した〝始まりの聖女〟を相手に段々と反対派は力を失い、瘴気の源に続く途中にある国へも勧告が始まった。
応じる国、反対する国、大陸が荒れたのだという。
「歴史書には書かれてなかったねえ」
「……〝始まりの聖女〟が神に成り代わろうとした、その事実はただ隠され、人々の拠り所としての聖女像だけが残されたのかもしれません」
「結局は人が怖いってことかな?」
私たちの言葉に、イングリッドは重々しく頷いた。
神に成り代わる、そしてこの世界を失敗作と呼んだ人間についていくことが恐ろしい……だけれど、瘴気を祓う力を与えてもらった〝始まりの聖女〟には付き従うのが神の意に従うことにつながるのではないか、とにかくそういった感情に人々は踊らされたんだろう。
実際にはどっちになろうが、結果を見るまでわかんないんじゃないかな、壮大な話しすぎて私にはまったく何も未来のビジョンが見えないよ!
「……そして、このままではいけないと思ったわたしは、一つの決断を下したのです」
イングリッドが手袋を外し、私たちにその甲を見せる。
そこには、彼女の白い肌には似合わないどす黒い色で、紋様が刻まれていた。
「悪魔、エアンドゥラスの力を借りて、私は〝始まりの聖女〟を封じることにしたのです」




