3-15
カイゼル君が話したことによれば、それは静かに始まっていたようだった。
国王と王妃が体調を崩し、そのまま意識を失うという異常事態に上層部が揺れた。
それに伴い、各地で聖女たちが似たような症状で倒れていたことが発覚。
関連性は見出せないものの、症状が似ていることから伝染病の可能性が考えられて医師たちが集められ、すぐに治療にあたったがまるで効果はなく……。
「そんな中、一人の聖女が『初代聖女の呪いだ』と言ったのだそうです」
「……初代聖女の、呪い……」
イザベラが震える唇でそう呟いた。
母国が災難に見舞われている、それも聖女であった彼女からしてみれば心を痛めるモノなのかもしれない。
でも、私からしてみれば別のことが気になる。
王国には初代聖女が眠っている、という話は知られていないのにその聖女はどうして知ったのか。
そしてその聖女は誰なのか、だ。
カイゼル君に話の続きを視線で促せば、彼は頷いて言葉を続けた。
「その聖女が誰なのかは定かではありませんが、その言葉は民衆の口に上るようになり、そしていつの間にか別の言葉が加えられるようになったのです」
「別の言葉?」
私の問いかけに、今度はマルセル君が頷いた。
そして大袈裟な身振りを加えて、声音を変えてものまねを始めた。
「『民を思いやる聖女であったイザベラ=ルティエを失わせた王家に、正しき聖女を排除し聖女を名乗る者たちに、初代聖女様はお怒りなのだ。王家は責任を取らなければならないし、聖女たちも正しい振る舞いをしなければ許されることはないんだ』……ってな」
「へえ……」
「それはおかしいですわ!」
思わずといった様子のイザベラが大きく反論の声を上げ、ハッとした様子で口を手で隠した。
そして身を縮ませるようにして私たちに「ごめんなさい」と謝罪をして、顔を上げる。
「わたくしもあの土地にいたことがございますが、聖女様という存在に決まった振る舞いはないそうです。正しい振る舞いだなんて、そんな……」
「さあなあ、俺たちもそれは知らないよ。なんせ噂を耳にしただけだし……」
「そ、そうですわね……申し訳ございません」
「しかし変な話ね……」
「そうですね、ボクもそう思います」
「意識を失うという奇病にかかっているのは、国王夫妻と聖女だけなの?」
「今のところはそうらしいですね。でも、いつそれが自分の身に降りかかるかとみんな戦々恐々としているそうで……それが原因で、商人たちは撤退を決めているようです」
「ふうん」
確かに厄介な奇病がそこにあるのに留まる理由はない。
その土地に代々生きている人々は新天地を求めて……なんてのはなかなかどうして、できることじゃないけど、商人たちは別だ。
裸一貫、新しい土地で店を開くってのは大変だろうけどね。
ただそういう状況で競合相手がいなくなるってのは逆に言えば市場を独占するチャンスでもあるわけで……それを捨ててまで逃げ出したい、何か情報を彼らは得ているはずだ。
私は真っ直ぐにカイゼル君を見る。
彼はにこりと微笑んだだけで、これ以上を語るつもりはないらしい。
(なるほどね?)
この程度の買い物じゃあここまでか。
欲張ってもしょうがない、私も笑みを返す。
そしてグラスを手に取って、一息に飲み干した。
「本当に世の中物騒ね、カイゼル君たちも気をつけて?」
「……ええ、本当に」
私の言葉にカイゼル君が真意を探るように目線を向けてきたけど、気にせず私はグラスに果実酒を注いだ。
ついでに目の前の彼の、いつの間にか空っぽになっていたグラスにも。
「これから良いお付き合いさせてもらうんだから、無事でいてもらわなきゃ」
さあ、乾杯しましょ。
私の言葉にイザベラが慌ててグラスをとり、マルセル君が目を輝かせてボトルを掲げる。
ちょっと待て、直飲みする気かお前。




