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「まあ端的に言わせてもらえば、探索するにも一度戻って準備が必要なダンジョンだってことだねえ」
アランから受け取ったゴブレットには聖女を称える言葉が刻まれていた。
まあそれだけならよくある話だよね、伝説の聖女を称え、その恩恵に与ろうとする人々の図は想像できる話だもの。
パッと見た感じで『転生』の文字がなけりゃそれで良かったと思うよ、うん。
私も古代語に詳しくないけど、どうもイザベラは何か知っていそうだし……アンドラスのことも考えると、軽い装備で簡単な調査で終わるとは思えない。
(私だけならそれでもいいかもだけどさ)
正直なところ、魔法の収納があるからね!
やりようはいくらでもある。
だけど、それを彼らの前で見せてあげる必要は感じないし、装備や備蓄を分けてあげるのも変な話だ。
進むとなればお互い手の内を明かすべき……なんて意見を宣う人もいるけれど、私としては信頼関係がないのに教えて寄りかかられるのはごめんである。
レベルが同じくらいの冒険者なら言わずともなんとなくわかるってのがこの業界だし、相手との力量差もわからず突っかかるしかできない相手をサポートするってんなら、それ相応の準備をしてきてもらいたいわけですよ。
何も攻略そのものを諦めるってわけじゃないからさ!
「何を弱気なこと言ってんだよ! 怖じ気づいたのか!?」
「はいはい、元気があって結構」
アランがぎゃあぎゃあ騒ぐけど、だから準備を調えるだけだっつーの!
まったく元気が有り余っているのはいいことだけど、何事も準備が大事だって誰か教えてあげなかったのかなあ。
いくらなんでもゴールドランク近くにいてそれを知らないまま来たとかあり得ないでしょ。
「リッツ、探索魔法の範囲を広げられる?」
「で、できますけど……」
「じゃあ論より証拠だね。私があれこれ言うよりも仲間からの言葉の方がきくでしょ」
リッツが怪訝そうな顔をしながら、魔法を唱えて探索を始める。
かなり集中を要するのか、展開は遅いしバラつきもあるけどまあまあ範囲は広くできたんじゃなかろうか。
私やイザベラがすでに感知している大きな反応を二つ認めて、彼はサアッと顔色を青くしてアランに向かって首をぶんぶんと振った。
「も、も、も、戻ろう! あれはぼくらの手に負えるものじゃないよ!」
「リッツ……?」
「まあ進むにしろなんにしろ、一旦戻る必要はあるよ。ギルドに報告の上、進むことをヨシとすれば依頼は継続。あちらが危険だと判断したら、改めて複数パーティーを集めての編成部隊になるだろうけど……その際、『砂漠の荒鷲』のメンバーには優先的に声がかかるはずだよ」
ギルドだってこの件に関与したパーティーに対してその後知らんぷり……なんて不義理な真似はしないとも。
なんせそういう関係を大事にすることで成り立っているわけだしね。
アランはリッツの必死さと私の言葉で、不満はあっても攻略の道が閉ざされたわけじゃないということは理解できたらしい。
舌打ちをしたかと思うと私を睨み付けて、退くと小さく告げたのだった。
「……姉様に対して、失礼ですわ。何も知らないくせに」
「まあまあイザベラ。誰しも自分が最強だって思う時期があるんだよ……きっと」
私にはなかったし、なんなら今でも自分のことをそこそこだと思っている身としてはなかなか理解しがたい考えではあるんだけどね。
冒険者やってると、ちょっと調子のいい時期に自分は才能があって誰にも負けない存在になれるんじゃないかって思う人が一定数いるんだよね!
その中で壁にぶち当たった後もやっていけるやつが伸びてくんだけど、個人の力だけじゃなくてそれを助けてくれる人や環境があるかってのも関わってくるんだと思う。
アランは、少なくとも環境に恵まれているんだろうし、仲間とも良い関係を築いているようだから……まあ、上手く行けばいいんじゃない?
私は私で町に戻ってからギルドとアンドラスに、改めて私とイザベラの二人で探索行かせてもらえるよう直談判するけどね!!




