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「改めまして自己紹介をさせていただきますわ、わたくしはアルマの妹でイザベラと申します。王女殿下の仰る『悪役令嬢』ですわね」
冷たい表情で笑みを浮かべているイザベラが、いつもより目を吊り上げてマリエッタさんを見ていた。
ここに扇子があったらきっと口元を隠していたことだろうけど、なんだろう、ドレスも着ていないのに風格がにじみ出ているっていうか……やっぱり生まれや育ちがいいからかなあ、かっこいいぞイザベラ!
「そ、そうよ……どうして貴女がここに? いえ、確かに物語では追放されてから先のことは書いていなかった……だけど、北の国に来ていた描写だってなかった……! ましてや、お兄様やディルムッド様とご一緒だなんて……!」
対するマリエッタさんは、ぎりりと音が聞こえそうなほど扇子を握りしめている。
それにしても情緒不安定な子だなあ、ディルムッドじゃないけどこんな状態じゃいくら王女様だからって婚約者に愛想尽かされたりしないのかしら。
フェザレニア王家と縁が持てることは確かに誉れかもしれないけど、……家庭に収まったら女主人としてこう、しっかりするタイプとか?
まあ、その可能性もあるから私たちが心配することでもないね!
そんな彼女のテンションの変わりようにもイザベラは落ち着いているようだ。
私は何かあったらイザベラを守れるようにだけ気をつけておけば良さそうである。
あとは……最悪、娘を守ろうとする父さんの行動を止める、とか?
(自信はないけどね!)
だって、黒竜帝のトモダチで実体持ちの悪魔なんて、相当だもの。
私が止めれば、愛娘ってことで止めてくれるという淡い期待ってやつだ。
「まずは落ち着いてお席に座られてはいかがです? まだ話は済んでおりませんもの」
「なっ、なんですって……? そうよ、前提が違うってどういう」
「王女殿下は国外の情報についてはいかほど耳になさっておいでですの?」
静かなイザベラの問いに、マリエッタさんは困惑しているようだった。
それでも少しだけ躊躇うようにして、答える。
「……イザベラ=ルティエ・バルトラーナ公爵令嬢が追放されたということは、耳にしているわ」
「なるほど、ではその後のことは?」
「……いいえ、興味がなかったから」
ふうん、チラッと見た感じだと女王様とアリエッタさんは今の状況も含めて、ある程度は理解しているみたいだけど、残りの三人はそうでもないようだ。
ロレンツィオくんは知ってはいるけど全容は知らなかったとかそんな感じで、アレッサンドロくんとマリエッタさんは論外って雰囲気だ。
さすがはこれからを担う立場ってだけあるのかな。
だけど、そうでない人とで随分はっきりしてしまったことで女王様は落胆している様子が窺えるんだけど……まあ、そこはそちらの事情なので後はよろしくって感じだ。
「まず前提として、エミリアさんは確かに聖女として教会に所属しておりますが、旅には出ておりませんわ。出ることはできないでしょう」
「えっ?」
「また、かの国の王子殿下も新たなる婚約者を得て近いうちに結婚となることと思います。招待状がこちらにも届くかもしれませんね」
「えっ、ええ……!? だ、だって聖女エミリアは大いなる力に目覚め、王子と共に……」
「どうしてそのようになったかの事情はわたくしの口からは説明できませんが、おそらく女王陛下はご存じかと思います」
イザベラにそう言われたマリエッタさんは、呆然としている。
まるで壊れた人形のように不自然な動きで女王様の方に視線を向けている姿は、いっそホラーじみていた。
「お、お母様……」
「マリエッタ、わたくしはお前に甘すぎたのかもしれませんね。いずれは降嫁する身だからこそ、政治的な立場を無闇に持たせるわけにもいかないと思ったけれど……ここまで無関心で、自分の仕出かしたことがどのような影響をもたらすのか考えもしないだなんて!」
女王様の落胆ぶりはちょっとだけ納得もいかなかったかなあ。
とはいえ、私が口を出していいことではないんだと思って黙っておいた。
(自分がちゃんと教育しなかったことを棚に上げて、無関心だったのが悪いっていうのはどうなのかなあと思うけどさ)
仮にも王女様なんだから、最低限教育されているからきっとそれなりにできるだろうと勝手に期待していたんだろうなあ。
なまじ、フォルカスがああも頭が良くて理想的な長男だったもんだから……。
王子として、息子として、女王様に対し臣下としても家族としても支えてくれる息子がいたもんだから他の子供たちもそうだと思い込んでしまっていたんだろうか?
いやでも、フォルカスが国を出てからは女王様と残った彼らで今までやってきたんだし、そうなるとやっぱり自業自得かもしれない。
(そんな風に考える私は、結構冷たいんだろうか)
前世の記憶に、温かい家族のものがある。
孤児院にいた時、親がいなくたって同じような身よりの子供たちとお互いを支え合ってきた。
そして、今だって家族……と呼ぶのは微妙かもしれないけど、私にとっては大切な家族がいる。
女王様の立場も、母親として思うところや政治的な部分なんかも頭では理解できてもやっぱり私にはよくわからない。
「まあとにかく、王女様が書いたその小説が巷で予言書扱いされていることで、妖精たちが被害に遭う事態が起きているの。その予言書を求めて動く連中が何者か分からない限り……被害者は増えるでしょうね」
正確には何らかの目的を持って動いている連中が、予言書……っていうか、小説の続きを求めて……って言うとシュールだな?
そんなことを考えたら、なんとなく笑ってしまいそうになったので私はキュッと自分の表情筋を引き締めたのだった。




