学生連合会議・ヒカルの提案
ケイティの促しによって全員の視線がヒカルへと向く。
「……なぜ僕なんです、先生?」
「ひとりだけ部外者のような顔をしていたからね。君だってすでに学生連合のメンバーだ」
「僕はポーンソニアの出身ですよ? 連合国の問題は連合国の人間が解決するべきでしょう」
「外部の視点が参考になることもあるさ。特に君は面白い視点を持っている。今の話を聞いてなにかアイディアが思い浮かんだのではないかね?」
「私もヒカルのことは注目している。思いついたことがあれば言って欲しいぞ」
シルベスターまでケイティに同調する。
ここまでされるとなにか言わなければならない雰囲気だった。
「……わかりましたよ。というかもう、ほとんど答えは出ているでしょう? キリハルとルダンシャという仲が悪い隣人。この嫌悪感をなくすには『行動』や『手段』という実際的なアクションが重要になる。ならばやるべきことは見えている」
「なんですか、それは。ヒカルさん教えてください」
リーグが食いついてくる。
ふう、とヒカルはため息をついて、
「かなりの覚悟が必要なんだけど、それは大丈夫なのか?」
「私はもう覚悟はできています」
「リーグはそうなんだろうけど……まあ、いいか。いちばん手っ取り早いのは、『愛』だよ」
「…………『愛』?」
リーグが聞き返し、イヴァンに至っては、
「ヒカルが『愛』とか言うとむずがゆくなるな」
などと言う始末である。
「だから僕が言うのはイヤだったんだ」
「い、いや、バカにしてるんじゃない。さあ、続きを言ってくれ、続きを」
「そのままだよ。『愛』を明示するんだ」
するとリーグがハッとする。
「……キリハルとルダンシャ、有力者同士の結婚か」
その視線はクロードとリュカに向けられる。
「そのとおり。この2国は仲が悪いとは言え、完全に国交がないわけじゃない。接点を持っている民間人も多いはずだ。その中には恋仲になっていたり、将来を約束しているカップルだっている」
「国の事情や周囲の反対で、彼らは結婚することができないでしょうね」
「だからこそ、有名人や有力者が結婚を大々的に発表する」
「それで両国の緊張を緩和するというわけですね! そうか——これはなかなか」
「それだけじゃない」
ヒカルが言うと「え?」という顔をするリーグ。
「有力者が結婚を発表したところで『イレギュラーな例外』としてとらえられるのがオチだ。むしろ、昔から相手を嫌っている連中は進んでそういうふうに吹聴するだろう。だからこそ、『この結婚は普遍的なもので広く国民にも影響がある』ことを明示する必要がある」
「で、ですが、どうやって……」
「合同結婚式にする」
「ごうどう、けっこんしき?」
「有力者同士の婚約発表後に、国民へ告知し、希望者を募る。その後、希望者を集め——連合国首都か、あるいは両国の国境で同時に結婚式を挙げるんだ。盛大な式を毎年一度の恒例にすればいい。上手くいけば『合同結婚式で式を挙げる』ことが『憧れ』になる」
ぽかん、とするリーグ。
この世界には合同結婚式なんていうものはなかったのだろう。もちろん日本でだって合同結婚式なんて稀だったが。
「くっくくく……あはははは! 面白い、面白いぞヒカル! 新郎新婦を集めての合同結婚式など聞いたこともないが、私は断固そのアイディアを支持する!」
シルベスターが言うと、
「アイディアとしてはあまりに奇抜ですが……確かにその方法は面白いと思います」
リーグもうなずく。
「——それには大きな欠点があるわ」
と、そこで口を開いたのはエカテリーナだった。
「誰が結婚するのよ? キリハルとルダンシャ——ポーンソニア出身のあなたにはわからないでしょうけれど、この2国の険悪さは並大抵じゃないわ。それこそ支配階級の人間であればあるほど毛嫌いしている。そんな人たちで愛し合っているふたりを見つけるなんてできっこない」
これに同調したのがケイティとイヴァンだった。うんうんとうなずいている。
「僕は言いましたよ——覚悟が必要だ、って」
ヒカルはその言葉を、クロードとリュカに投げかける。
ふたりはとうに承知していたのだろう、その「有力者」が他ならぬ自分たちであることを。
「ヒカルのアイディアは面白いと思う。でも、でもだぞ、もし、結婚自体が認められなかったら——」
「私は賛成です。ヒカルさんの提案した合同結婚式? に私は参加したいと思います」
「リュカ!」
先に言ってしまったリュカに、クロードがあわてる。
「ちょっと待って。そのふたりってもしかして……」
「エカテリーナさんの想像通りです。クロードさんとリュカさんは結婚を考えています」
「そのとおりです。今のままならクロードと結ばれることは不可能だったと思います。であればどんな小さな可能性にも挑戦してみるべきです」
リュカは、見かけによらず心が強いようだ。
その言葉を聞いてクロードも腹が据わったらしい。
「……そう、そうだな……俺とリュカの結婚なんて想像もできなかった。でももし、それが叶うなら——なんでもやってみるべきだ。リュカ、君との結婚が叶うのなら、なんだって」
「クロード……」
「リュカ……」
ふたりが見つめ合ってピンク色の空気を醸し出そうとしたところでヒカルが咳払いする。
「ごほん。それで、リーグ。このアイディアは実現可能か?」
「そうですね。学生連合の結成と合同結婚式のアイディア2点を、同時に進めればいいのではないでしょうか」
「次に7カ国の代表者が集まるのは建国記念式典か。そのタイミングじゃないか?」
シルベスターが助け船を出す。
「とすると、秋の満月——あと50日くらいですか」
「日にちがあるようで、ないな。他にどんな準備が必要だろうか?」
「各国への根回しが当然必要です。それを考えれば日数は足りない……もしかしたら来年まで待ったほうがいいかもしれません」
「それはまずい」
「なぜでしょう、シルベスターさん」
「この冬の政治でなにがあるかわからない。特にルマニアがなにか仕掛けてきそうだぞ」
「……それは、そうですね」
リーグは心当たりがあるのか、渋い顔でうなずく。
「エカテリーナさん」
ヒカルが声をかけると、まさか自分が呼ばれるとは思わなかったのかエカテリーナがびくりとする。
「あなたはどう思われますか? 各国への根回し、あと50日で足りますか?」
「……すべての国の賛成は要らない」
「と言うと?」
「建国憲章に基づく『連合政府の権限修正』には7カ国の同意が必要だけれど、一般的な運営条項は過半数の賛成で問題ないはずよ」
「その『賛成』というのは、具体的には、7カ国の『連合国王位継承権保持者』による『賛成』ということですか?」
「そうね。ただ現王はキリハル出身の女王陛下だから、キリハルの場合は女王陛下の『賛成』ということになる」
「建国記念式典で代表者会議が行われ、重要事項が議題に上がり、多数決を採るという認識で間違っていませんか?」
「間違っていないわ。でも——5日間ある式典のうち会議の日程は最終日。それまでにいろんなイベントやパーティーがある。すでに根回しが済んで、会議では賛否を決めるだけで終わる。冬の政治シーズンの前の前哨戦だから、あまり大きな案件が出てこないのも特徴よ」
「その前の4日間で根回しをする必要があるということですか?」
「いえ……根回しはもう始めなければならないと思う。これまでの通例では、議題の発案国が派手に各国に働きかけると目立ったし、春から秋にかけては国内の治世に各国が集中していたから建国記念式典での調整はほとんど行われなかった。でも、私たちは学生よ。それぞれが帰国して国内で活動しても他国から注目されることはない。この50日を使って、賛成4票を取り付ければいいというわけ」
そこまでエカテリーナが言い切ると、ぱちぱちぱちとシルベスターが拍手した。
「すばらしい! まさに実務においてはきわめて有能だな。政治のやり方についてもよく知っているし、目標を達成するための手段も適確に選んでいる」
そのとおりだとヒカルは思ったが、
(いやいや、お前が言うのかよ)
シルベスターはもうちょっと反省すべきだろうとも思う。学院長の甥を救うためとは言え、国の次期トップである自分がレッサーワイバーンと戦うなんて真似をしたのだから。それこそ「目標を達成するための手段」をはき違えている。
面と向かって褒められて、ぷいとエカテリーナは横を向く。
「この程度……実家じゃ当たり前だから」
照れているらしい。褒められ慣れていないようだ。
「結婚を……実現、できるということか?」
クロードとリュカの瞳に希望の光が宿ったところで、イヴァンがかぶせる。
「でもよお、4国の賛成を取り付けるって結構大変じゃねえのか?」
「ええ。私も、実現させるための最短距離を話しただけ。ユーラバは無理よ。今の提案においてユーラバの短期的な損得が見えないから。そうなるとユーラバは『見えないリスク』を回避するために『反対』に動く。同様に当事者であるキリハルとルダンシャも賛成しないんじゃないかしら? これで反対3票」
エカテリーナの指摘にクロードとリュカの瞳が曇る。
「ツブラは賛成に回る。私が父を説得するから任せて欲しい」
大見得を切ったシルベスター。
「コトビも問題ないと思うぞ。ツブラとヒカル次第だけどね」
ケイティが含みのあることを言う。
「僕とツブラ次第?」
「どういうことですか、ケイティ講師」
シルベスターもまたたずねると、
「うん。魔導具研究に協力してくれればいい。今のコトビトップは熱烈な魔導具研究家でもあるからね。ツブラの遺物にものすごく興味を示している。学生連合を通じて研究協力するとなれば大喜びだろう。私が説得しよう」
「ふむ……できる範囲でツブラは協力すると約束しましょう」
「ありがとう、シルベスター。期待しているよ」
「すみません。僕の話が抜けているようですが?」
「ん? ヒカルはもちろん私たちの研究に協力してくれるんだろう?」
「…………」
クロードとリュカがすがるように見つめてくる。
「……はあ、わかりました。協力することはやぶさかではありません」
「ぃよしっ!」
ケイティが真顔でガッツポーズをする。完全に研究のことしか考えてない。
残念美人である。
「それと——エカテリーナさんはキリハルとルダンシャは『反対』に回ると言いましたが、僕はキリハルの賛成票も取れると思います」
「どういうこと?」
エカテリーナがわけがわからないという顔で聞いてくる。
「女王陛下を説得します。陛下も7カ国の壁に穴を空けたいと思っていらっしゃるようですし、説得はしやすいでしょう」
「……私の耳が確かならば、あなたは女王陛下と直接会って話をすると言っているのかしら?」
「そうなります」
「どうやって——」
「方法については聞かないほうがいいと思いますね」
「……ほんとにもう、あなたは何者なの?」
「同じ学生ですよ。これで賛成は3票。あと1票です」
「申し訳ありません」
リーグが苦しそうに、吐き出すように言う。
「父の説得は……難しいと思います。むしろ説得しようとすればこちらの動きを感づかれ、潰しに来ると思います」
「この学生連合の発案者はあなたではないの? 一生かけて保護すると言ったじゃない」
エカテリーナの言葉に、リーグはうなだれる。
「返す言葉もありません。父が一線から退くまでは陰から支えていくことになると思います」
「ふうん」
それ以上はエカテリーナは追及しなかった。それは彼女の出身であるユーラバも賛成に回れないからかもしれない。
「ジャラザックはどうだ?」
ヒカルがイヴァンに水を向けると、
「おお、可能性はあるぞ。ボスは強いヤツが好きだからな。戦って勝てばいい。ヒカルなら勝てるんじゃないか?」
「ヒカルが……?」
不審げな顔でクロードがヒカルを見る。
「ヒカルは強いぞ。俺や大剣講義を受けている学生連中が束になってかかっても、一度も勝てた試しがない」
「なんだって?」
ますます「疑わしい」という目でこちらを見てくるクロード。
「待ってくれ。イヴァン、それって僕でいいのか?」
「ん?」
「今回のことはどちらかというと学生連合の発足、合同結婚式の2点。僕は、この両方に直接的な関与をしていない」
シルベスターが「メンツを集めて合同結婚式の発案者でもあるお前が関与していないだと?」と言ってきたが、それはそれこれはこれだ。
「むしろ、両方に直接的に関与しているのはクロードだ」
「あー……。確かにボスは、クロードと戦わせろと言いそうだ」
「え」
クロードが青ざめる。
「武勇を誇るジャラザックの頂点と、俺が戦う……?」
「ミハイル教官に勝てれば行けるぞ! 教官は『いいライバルだ』ってボスはよく言ってたから」
「ミハイル教官になんて勝てるわけがないじゃないか!? 学院でも最強と言われてるんだぞ!?」
「ヒカルは勝ったぞ」
「うぇえ!?」
驚愕の視線でヒカルを見てくるクロード。
リーグが締めくくるように言った。
「ヒカルさん。あと50日——移動を考えればあと40日で、クロードさんを鍛えてもらえませんか?」
それって「断る」という選択肢があるのか? とヒカルは聞きたいところだった。
オブザーバーのつもりがどっぷり関わることになってしまったヒカル。
ため息ついてる割りに進んで首を突っ込んでいるように見えますね。
次回はエカテリーナについてと、クロードの特訓回です。





