学院の休日
体調がおかしくて休んでいました。
小剣講義で習ったことがちゃんと肉体に、動きに反映されている——それがわかっただけでもヒカルとしては大きな収穫だった。
ヒカルはますます講義に打ち込むようになり、ミレイはますますめんどくさそうな顔をした。
小剣講義にも多少の変化があった。
ローイエやジャラザックの学生、それにリーグまでもが顔を出すようになったのだ。
同じジャラザック出身であるミレイは、大剣講義の学生たちに対しては強い態度で出ていたが、リーグやローイエはルマニアの出身だ。おっかなびっくりという態度である。
「暑いなぁ……」
今日は休校日だ。
冬が長いスカラーザードでは学院の夏の休校日は月に2日しかない。一方で冬は1月単位で休みとなる。
ヒカルはラヴィアとともに街へと繰り出していた。
当座の家具はそろえていたが、足りないものも多い。
「ヒカル……ずいぶん日に焼けたのね」
「そうかな?」
毎日午前に小剣講義、午後には自主トレーニングをして基礎体力を底上げしている。
気温はさほど上がらないとはいえ陽射しは結構きつい。ヒカルの肌はだいぶ健康的な色になっていた。
ラヴィアはつば広の帽子をかぶっている。若草色のワンピースから伸びる手足はほとんど焼けていない。
「ラヴィアはずっと図書館通いだもんな」
「陽射しを取り込む機構がよくできているの。直射日光でなくて間接的に明るくなるようになってて、書見台はとても明るいけれど涼しくて……」
室内とはいっても明かりは日光に頼る部分が大きい。
しかし空調や反射がうまくいっているようで、ラヴィアの肌は白いままだった。
「だいぶ気に入ったみたいでよかった」
「ええ。小剣講義も見に行きたいの。でも読みたい本が多くて」
「あー、うん、こっちは……まあ汗臭いところだし、来なくていいんじゃないか?」
「今日はどこに行くの?」
「ラヴィアは特に買いたいものはないんだっけ」
「ええ——仕立てたお洋服を受け取るくらいかしら」
「じゃあ、まずはそこからだな」
採寸してオーダーメイドした洋服屋へと向かう。
服はできあがっており、試着したラヴィアを見てヒカルは思わず声を漏らす。
「どう……かしら?」
彼女の瞳と同じ、美しい青色のスカート。
動きやすいように腰はベルトで締めてあり、長袖の両腕は極力装飾を抑えている。
見た目は質素。ただ、使っている布地は針子いわく「貴族の方が選ぶようなものですよ」ということで、めちゃくちゃ上等なものだ。
見る人間が見れば質の良さがわかるだろう。
「よく似合ってる。——ほんとうはドレスの1着も仕立てたかったんだけど」
「ドレスなんて要らないわ。使い道がないもの」
似合っているという言葉に、はにかみながらラヴィアは答えたが、店員は、
「これほどお美しいお嬢様に、ドレスを贈りたいとおっしゃるお気持ちはよくわかります」
と真面目な顔で言う。
買ってもいいかな? なんていう気持ちが首をもたげたけれども、スカラーザードを離れるときにどうするんだと考える冷静な自分がいた。
「でも、今の時期に着るには暑いわね」
「冬のためのものだから」
残念そうにしながらもラヴィアは元のワンピース姿に戻った。
ヒカルはここでラヴィアの服を追加で数着依頼しておいた。長い冬の間に着るものだ。
服は後で家に届けてもらうことにし、ヒカルたちは外へと出た。
「ヒカルは欲しいものがあるの?」
「うん、ふたりで買い物という割りにムードもなにもないんだけど……武器や防具を調達したい」
ヒカルの使っている装備はポーンドでそろえたものだった。今は金銭的にも余裕があるからいいものがあれば欲しいと思っていた。
「おおっ……思っていた以上に大きいな」
武器と防具を扱っている店はスカラーザードに1店舗しかない。工房はいくつかあったが、販売店は1箇所に集約されているのだとか。
製造と販売の分離はここ数年で始まったことのようだ。
ともすると連合国の国民は自分たちの出身国のものしか買わない傾向にあったので、販売店を集約し、工房名を伏せることで国の偏りがなくなるようにした。
筆頭大臣ゾフィーラが、官僚時代から考えていて、大臣になってから推し進めた政策らしい。
長剣や大剣が壁にずらりと並んでいる。銘は隠されており、素材と金額の書かれた木札だけがあった。
別の棚には弓があり、矢がある。
投げナイフなんてものもある。
小剣は——少ないながらも、あった。
「扱いとしてはサブウェポンだな」
長剣や大剣とセットで使うためのものが多く、軽量化に重点が置かれていた。
そうなるとヒカルとしては強度に不安がある。
「長く使えるものがいいんだけどな……」
ふと見ると、奥の一角に「中古品」のコーナーがあった。
刃こぼれした大剣や、柄の部分の革が剥がれ落ちているメイスなど、なかなか使い込まれた品ばかりだった。そのぶん販売価格は二束三文だが。
「ん?」
ふと気になった——と言うより視線が吸い寄せられた。
「ヒカル、なにそれ? だいぶ変わった意匠だけれど」
「————」
手に取ったその小剣は、
「……脇差しだ」
刃渡りは50センチほどで、刀身は反っている。
鍔や柄の形状は日本刀を思い起こさせるが、微妙に違う——モチーフが違うのだ。菊や家紋のような柄ではなく、この世界にある獅子の柄だ。
鞘から抜き放った刀身はわずかに曇っていた。長いこと放置されている。
(……うっすら魔力を帯びている)
「魔力探知」に反応がある。リヴォルヴァーなどの魔導具も魔力反応があった。この脇差しも魔導具なのだろうか?
「ヒカルじゃないか」
声をかけてきたのは大剣講義の学生たちだった。
ローイエに気がついたラヴィアがサッとヒカルの陰に隠れる。
「あ……そ、その節はすまなかった」
ローイエもラヴィアに気がついてまず謝罪の言葉が出てくる。
「なんだなんだ。ローイエ、なにやらかしたんだ?」
「あ、う……」
「こっちの事情だよ。ローイエのことは済んだことだから。——ラヴィア、このむさ苦しいヤツらは大剣講義の学生」
「これはこれはお嬢さん。お嬢さんはヒカルの——言うまでもないか」
ジャラザックの学生がなにかを言う前に、ラヴィアはヒカルの腕に自分の腕を絡めた。
「ヒカルも隅に置けねぇなあ! あんな色っぽい教官の講義受けてるくせに」
「色っぽい……って」
ヒカルはその点については全力で否定したいところだったが、絡められた腕がぎゅううと締めつけられた気がして息を呑んだ。
「……ラヴィアさん?」
「そう言えば小剣講義についてあまり聞いていなかったけれど……もしかして、教官は若い女性の方なのかしら?」
凍えるような冷たい声だった。
「そうだけど、あの女に色気なんてものは——」
「わたしも講義に出ます。明日から出ます」
「ラヴィアさん……?」
「出ます」
余計なこと言いやがって、という視線を学生たちに向けると、
「ミレイ教官は色っぽいよなあ?」
「おお。あの太ももがたまんねえよ」
「ジャラザックの女でもあそこまでの女はなかなかいねえ」
好き勝手言っている。
気づいて。空気が凍りついていることに気づいて。
言いたいけれど言い出せる雰囲気ではなかった。
「ヒカル。その武器を買うのか?」
ローイエが全然違う話題を振ってきた。
「あ、ああ……ちょっと気になって」
「変わったこしらえだが、扱えるのか?」
「片刃であることと、他の小剣と違って『突く』よりも『斬る』ことに重点を置いているものだから、気をつける必要はあると思う。僕の知識どおりなら……強度は申し分ないはずだ」
「ほう。この店の小剣はかなり細いからな」
「ローイエは詳しいな」
ヒカルが素直に感心すると、
「こいつよぉ、ヒカルの小剣にやられてからかなり調べたんだぜ。この店にも通って武器を調べ上げてた。でも『どの小剣もヒカルが持ってるヤツとは違う』とかぼやいてて……」
「そ、その話はするんじゃねえよ!」
赤くなってローイエが否定する。
「なんだ。僕のファンなのか?」
「んなっ!? ワケ、ねーだろ! な、な、なに勘違いしてやがんだ!」
ローイエがぷりぷりしている。
(男のツンデレか……ないな)
うんうんとヒカルがうなずいていると、
「あのなあ、こいつはツブラで出土したもんのコピーだ。間違いない」
ローイエが言った。
「コピー? ツブラではこういう武器を作っているのか?」
「そういうことじゃない。遺跡からの『出土』だ。スカラーザードにだってツブラの工房はあるけど、そこに並んでる新品武器にこんな形状のものはないだろう? 俺は以前、ツブラから出土した遺物目録を見たことがある。そこにこの形状の武器があった」
「……この脇差しが遺物の本物という可能性は?」
「さすがにないだろう。国が厳重に管理しているはずだ」
「ふうむ」
ヒカルはもう一度脇差しを抜いた。
波紋がきちんと出ている。単なるコピー品でこれほどのものが造れるだろうか?
(日本刀の鍛冶の技術は特殊で高度なもののはずだよな。転生者が造ったのはほぼ間違いないとして、その技術が廃れたのはどうしてだろう? ……わからないな)
ヒカルは現時点で考えることを止めた。
物事には原因と結果があるはずだが、どんなに推測してもわからないこともあるし、事実を知ってみると全然たいしたことのない、ひょんなことが原因だったりもする。
「とりあえず買おう」
ヒカルはとりあえず購入することにして、代金の10,000ギランを支払った。
「ラヴィアはなにか買う?」
「……わたしも小剣を買うわ」
「それは止めておいたほうが」
「買うわ」
「……はい」
ラヴィアにも扱えそうな軽いものを選ぶ。新品のものは脇差しよりも高く、いちばん安いもので30,000ギラン。ラヴィアに扱えそうな軽いものは45,000ギランだったのでそちらを買った。
店を出ると太陽が高いところに昇っており、ジャラザックの学生が話しかけてきた。
「腹減ったな。ヒカル、どこで飯食う?」
「……なにいっしょに食べに行く感じになってるんだよ」
「そりゃあ飯くらいいっしょに食うだろ? 毎日いっしょにあの酒場で食ってるじゃねえか」
「あれはお前たちが勝手についてきてるだけ——」
「そう言うなよぉ」
がっ、と肩を組んでくる。
暑苦しいので押しのけようとすると、反対からもジャラザックの学生が組んできた。
「行こうぜ! みんなで食ったほうがうめえよ!」
「そうだそうだ!」
「……お前ら、一応聞くけど、僕とラヴィアの買い物を邪魔したいだけだろ?」
「「「当然!!」」」
野太い声をハモらせて返ってきた。
「そんなわけで、ラヴィアちゃん、安心していいぜ。ヒカルは俺たちが見張ってるから浮気なんかできねえ」
「!? わ、わたしは、そんな……」
「さっきから言ってるとおり、ミレイ教官に色気なんて欠片もない。最初から浮気なんて起きるわけがない」
「わかったわかった。じゃあ、いつもの『酒万歳』に行くか?」
じゃあ、じゃねえよ、とヒカルが言おうとすると、
「……ヒカル、毎日お昼は別々だったけど、そんなお店に行ってるの?」
「どうするんだよ! ラヴィアがまた怒ってるじゃないか!」
「事実は事実だからしょーがねえだろ……」
「言いながら逃げるんじゃない!」
すすすすすとヒカルから、というよりラヴィアから、歩調を合わせて遠ざかっていく学生たち。
メンバー間の連携もなかなかのようだ。
それから、ヒカルは「止めておいたほうが」と言ったもののラヴィアが「どうしても」と言うので「酒万歳」(年中無休)でランチとなった。
そこで初めてミレイ(泥酔)とラヴィアは初遭遇。泥酔していたミレイにヒカルがキレると「休日くらいいいでしょー!」とミレイは逆ギレ。「な? 色気もなにもないんだよ……」とヒカルがため息交じりに言ったが、「……ヒカルがここまで気安く接せられる女性がいたことに驚いたわ。油断できない……」となぜか逆に目をつけられることに。
ランチが終わるとヒカルはラヴィアを連れて「集団遮断」で追っ手をまく。「クソッ、どこに行った!?」「国の連中に声かけて捜索すっぞ!」「絶対逃がさねえ、アイツだけ青春させるんじゃねえ!」「ルマニアも手伝おう!」「いいぞ、ローイエ!」と逆恨みの声が聞こえてきた。
「なんなんだ、アイツらは……結構仲がいいじゃないか、ルマニアとジャラザックも」
ヒカルとラヴィアは女性客が8割というカフェで一息ついた。絶対にジャラザックの学生やローイエが入り込めない店でもある。
「ふふっ」
不意に笑ったラヴィアに、ヒカルは怪訝な目を向ける。
「ヒカル、いつの間にか溶け込んでいるのね、学院に」
「……アイツらがこっちの領域に土足で上がり込んでくるだけだよ」
苦々しい顔をして見せたけれども——言いながらもその実、ヒカルとてそこまで悪い気はしていなかった。
「あれ? ヒカルさんではありませんか」
と、そこへまたも知っている声が聞こえてきた。
「リーグ……!?」
それはルマニアの緑鬼氏族、リーグだ。
問題は——彼が引き連れていた人。いや、人々。
「えー? リーグ様のお知り合いー?」
「まあ、ルマニア以外にもお顔が広くていらっしゃるのね、リーグ様」
「リーグ様、こんなお店をご存じなんですねぇ」
「リーグ様、あちらの席が空いていますよ」
「私、リーグ様の隣!」
「あっ、ずるーい!」
全員女性。6人ほど。
「えーと……じゃ、また、学院で」
ちょっと困ったように言ってからリーグは女性陣に引っ張られていった。
「すごい。ルマニアの筆頭氏族となると、女性からも引っ張りだこなのね」
単純に感心したようにラヴィアは言っていたけれども、ヒカルは釈然としない思いでいっぱいだった。
ローイエ、ここに男の敵がいるぞ、と叫んで呼びたいくらいだった。





