ミハイルの厄介ごと
ミハイルが現れると店の客たちが反応した。
「おい、あれって『怪力剣のミハイル』じゃ」
「マジだ。オーク5体を単独撃破したっつう」
「ジャラザックの猛将だろ」
「エリート教官様じゃねえか。なんでこんな場末の酒場に来てんだ」
どうやら有名人のようだ。
「場末じゃねえよ」とマスターが独りごちる。
ミハイルはそんなものにも気づかないふうで、ずかずかやってくるとヒカルの横のスツールに座った。
「ミレイ教官が真人間になったと聞いたときには耳を疑ったが——」
言いながら、ミハイルはミレイが手にタンブラーを持っているのに気がつく。
「——昼から酒浸りじゃねえか!? 変わってねえ!」
「浸ってないわよ! ご褒美の1杯よ!」
客席から「3杯目だろ」とツッコミが入った。
「……ヒカル。悪いことは言わん。今からでも遅くない。大剣講義にだな……」
「オッサン。うっさい。僕は大剣なんかに行かないと言っただろ」
ヒカルがぞんざいな口を利くと、「ひっ」と息を呑む客たち。
いや、ヒカルの横でもミハイルの同僚のはずの小剣教官まで「ひっ」と息を呑んだ。
「ちょちょっとヒカルくん。ミハイル教官にケンカ売るとか止めなよ。いいことなんてねーよ。怖いんだよ、こいつ。生意気な学生を血祭りに上げて木から吊したとか、講義中に実技で大剣振り回して小屋を破壊したとか、校外実習でオーク5体殺したとか、武勇伝がいっぱいあんだよ」
「オッサン……ろくでもないな」
「オッサン言うな。お前が通う学院の教官だぞ、これでも」
ちょっと傷ついたような顔をするミハイルである。
「わかりました。ではミハイル教官。何度も申し上げましたとおり、僕に大剣は合いません。お引き取りください」
「丁寧な言葉使いになるとなんだかむずがゆいな!」
「どうしろっていうんだよ……」
「小剣より大剣のほうが強えんだ。才能ある学生は大剣を学ぶべきだ。人材を遊ばせておく余裕なんてこの国にはねえんだよ」
「そうだよ、ヒカルくん。そうしなよ」
なぜかミレイまで大剣を勧めてくるが、彼女の場合はサボり癖が出ているだけだろう。
「それとこれとは別。僕はこの国の人材じゃないし、好きに生きる」
「そこをなんとかよお」
ミハイルが拝むようにすると、
「おい、あの鬼が小僧に頭下げてるぞ」
「バーテンダー、どんだけ権力者なんだよ……」
「ミハイルも酒につられてんのかな?」
やたら外野がひそひそする。
「つうか、俺がお前の特待生を推薦したわけだろ? そのお前が大剣講義を受けてねえってのはちょっと見栄えが悪いっつうかよお……」
「えっ、ミハイル教官がヒカルをこの学院に連れ込んだの?」
「ミレイ教官? 変な言い方は止めてくださいね?」
「ひぃっ! ヒカルくんの目が笑ってない笑顔!」
「おい……ヒカル、まさかとは思ったが、お前がミレイ教官を恐怖で操ってるのか……?」
「恐怖とは人聞きが悪い。僕は先生の健康をコントロールしているだけです。ねえ?」
「ひぃっ」
「ほら」
「『ひぃっ』てのは肯定じゃねえと思うが」
うんうんとうなずく外野たち。
「まあ、大剣講義を受けないのはしょうがねえ、百歩譲る。だけどなあ、ヒカル……ウチの学生がよお、ちっと厄介なことを言い出してな……」
「ウチ……ってオッサンに師事している学生?」
「うむ」
苦虫をかみつぶしたような顔をするミハイルに、ヒカルが重ねて質問しようとしたときだった。
「教官! ここにおられたのですか!」
酒場の扉がバンッと開き、ガタイのいい青年たちが現れた。
全部男なのでむさ苦しい。
これがミハイルの言う「ウチの学生」なのだろうが——ヒカルは、彼らの全員が全員ジャラザックの者ではないことに気がついた。
単純に毛むくじゃらではないし、ヒカルの見知った顔があった。
「あぁーっ! お前!」
ローイエ=黄虎=ルマニアだ。
冒険者ギルドで絡んできた、ルマニアの氏族。リーグに言わせると「実家で厄介払いされて学院に放り込まれた」という彼である。
「なんだ、ヒカル。知り合いか?」
「いえ。一方的に殴った相手です」
「お前……」
ミハイルが呆れたような顔をすると、
「教官!! こんな卑怯者が教官の推薦枠を手にしたのですか!? 信じられません!」
「おい、ローイエ。どういうことだ?」
「こいつは私が、黄虎の氏族であるこの私が話しかけてやったのに不意打ちを仕掛けてきたのだ!」
「なんと……」
「許せんな」
青年たちが怒りに目をギラギラさせる。
「おい、オッサン」
「これは俺が悪いんじゃなくて、ヒカルの行いじゃねえか?」
「連れてきた時点でオッサンが悪い」
「——きょ、教官をオッサン呼ばわりだとぉ!?」
ローイエたちが店内に入ってくる。
ヒカル、ミハイル、ミレイをあっという間に取り囲んだ。
ちなみに言うとミレイは、パスタの皿とタンブラーを持って逃げ出そうとしたのでヒカルが襟首をつかんでいた。
「ミハイル教官! 納得できません!! こんな無礼なガキが——」
「お前、ルマニアの氏族なんだろ? ジャラザックに師事してていいの?」
ヒカルがふと疑問に思って質問すると、
「じ、実力者に講義を受けることはなんら悪いことではない……」
歯切れが悪い。
緑鬼氏族であるリーグはコトビ出身の研究者に教わることをかなり悩んでいたようだったのだ。ローイエだって簡単に師事できるものでもないだろう。
(ああ、そうか。実家から放逐されたようなもんなんだっけ。だからちょっとでも力をつけようと、プライドもアイデンティティーも放棄して実力者に師事しようと思ったのか)
リーグですら躊躇していたのに、ローイエのほうが先を行っていた。
やるじゃん、とヒカルは思ったが、ローイエのソウルボードは「魔力量」に1が振られていた程度で、「武装習熟」はなかった。
「あのさ……お節介かもしれないけど、お前、大剣じゃなくて魔法をやったほうがいいんじゃないの?」
「!?」
「そっちのほうが向いてるっていうか——」
「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
ローイエは顔を真っ赤にして叫んだ。
どうやら余計なことを言ってしまったらしい。
ミハイルがヒカルの耳元で囁く。
「……おい、どうしてわかったんだよ? 確かにローイエは魔法のほうが適性があるんだよ」
「……そんならそっちを勧めてやれよ」
「……独立自尊がモットーだからな、我が学院は。なんでも兄が大剣の達人らしく、見返してやりたいんだとよ」
「……あー」
これは実家に残った兄に対するコンプレックスか、とヒカルが納得していると、
「私と勝負しろ……本気の勝負だ!」
ローイエがヒカルを指して叫ぶ。
「は? どうして僕が勝負なんて受けなくちゃいけないんだよ?」
「やかましい、ガキ! 貧乏人! こんなしょっぱい酒場でふんぞり返りやがって!」
マスターが「しょっぱい酒場じゃねえよ」とキレ気味に言う。
「しょっぱい酒場をしょっぱいと言ってなにが悪い。安かろう悪かろうの典型のような店だろうが!」
「——おい」
「ひぃっ」
ヒカルが押し殺した声を出した。この「ひぃっ」はミレイのものだ。
「ミレイ教官やミハイル教官の悪口ならいくら言っても構わないが、この店だけは許せない」
「な……なんだと?」
「わかった。勝負を受けてやる。そしてマスターの腕がいかにすばらしいか、思い知らせてやる」
「——はっ! 上等だ。表に出ろ」
意気揚々と出て行くローイエ、ヒカル、他の青年たちにミハイル。
「……あいつら料理勝負でもすんのか?」
ぽつりとマスターがつぶやいた。
「知らないわよ……もう! 万が一があったら全部ミハイル教官のせいにしてやるんだから。店長、これもう一杯ちょうだい! 飲まなきゃやってられないわ!」
「なにどさくさに紛れて4杯目飲もうとしてんだよ。ダメだ」
「そこをなんとかぁ〜!」
「ヒカルとの約束だからな」
「なんで常連のアタシよりヒカルくんを優先するのよ!?」
「さっさと外に出て見届けてこい」
しっ、しっ、とマスターはミレイを外へと追いやった。
実は有名人だったミハイルと、ルマニア氏族ローイエの再登場。
次回はローイエとの試合です。





