ダメ教官との初対面
「——アンタ、今なにした? 魔法? いえ……魔法にしてはあまりにさりげないし、こちらに干渉した感じはない。でもなにかを読み取られたような感じがする」
「!」
ソウルボードを確認したことを感づかれたようだ。
(「直感」2か……やっぱり厄介だな、「直感」は)
「僕は魔法を使えませんよ」
「じゃあ魔導具?」
「違います」
「アタシの身体をまさぐってなにがしたいの?」
「……人聞きの悪いことを言わないでください。どうして『なにもしていない』という選択肢はないんですか、酔っ払い? 話は戻りますが、小剣の講義を受けたいと思っています」
「えぇ? アンタ正気? 止めときなよ……」
「講義を受けるのは学生の権利でしょう?」
「拒否するのは教官の権利よ」
「そんなものはないです」
「ないの?」
「ない」
「えぇ……」
ヒカルが言い切ると(もちろんなんの根拠もない)、ミレイはうなだれた。化粧のせいでだいぶ年上に見えていたが、その仕草は22歳相応に見える。
「なんでそんなにイヤなんですか? 教えるのがイヤなら教官になんてならなければよかったでしょう」
「学生がいなくて楽な仕事って聞いたから受けたんだよねえ……」
清々しいまでにダメ女だな、とヒカルは内心で思った。
「……でも学生少ないから給料もどんどん減るし、一杯の酒にすら困るレベル……どうしよう、もうお金貸してくれるところもないんだけど……」
悲惨なまでにダメ女だな、とヒカルは内心で思った。
「それでも小剣は得意なんでしょう」
「そんなことない」
「いや、そんなことあります」
「ないって」
「教えたくないからそう言ってるんでしょう」
「証拠は? 証拠はあるの?」
(ソウルボードに書いてあるんだよ。「小剣」3ってな)
「学院の教官として認められたことがなによりの証拠です。僕は小剣の扱いというか、基礎的な知識もまったくありません。立ち回りとかいろいろと知りたいことが多いんです。実技をガンガンやれとも言いません。だから教えてください」
「うーん………………ヤダ!」
ここまで下手に出て「ヤダ」の一言が帰ってくると、さすがのヒカルもカチーンと来た。
「ならば構いませんよ。この一部始終を報告書にまとめて学院長、内務卿の二方に送りましょう」
「……は? なに言ってんの!? 内務卿とか、そんなこと一介の学生にできるわけ——」
「ゾフィーラ=ヴァン=ホーテンス。名前から察するにあなたと同郷でしょう? 聞いたら、なんと思うでしょうね?」
「や、や、止めなさいよ!」
「新しくやってくる小剣教官が、講義に熱心な方だといいなあ……」
「ダメよ! ここでクビになったら……借金取りが来ちゃう! 学院の壁がヤツらをなんとか足止めしてるのに!」
本気でダメ女だな、とヒカルは内心で思った。
ミレイにとって学院は避難シェルターだったらしい。
「わかった、わかったから! ちゃんと教えるわよ……ったく、なんなのよ、最近のガキはみんなこうなのかしら……」
ぶつぶつ言いながら立ち上がった。
「じゃ、構えてみて。持ってんでしょ、小剣」
「これでいいですか?」
ヒカルは腰に1本だけ差しておいた「腕力の短刀」を見せた。一応「小剣」が上位カテゴリーで、「短刀」はその中でも「片刃の小剣」という位置づけだ。
ひらひらと手を振って鷹揚にうなずくミレイ。膝を抱えて座ったままだ。
ちなみにミニスカートを穿いているのでパンツが丸見えである。
(ここまで色気を感じない下着も珍しいな)
思いながらヒカルは短刀を構える。
腰を落とし切っ先を真下に向ける。
「はいダメー」
いきなりダメ出しだ。
「ダメですか」
「まるっきりダメ。素人丸出し。大体なんで剣を下に向けてんのよ」
「投げやすいように」
「投げてどーすんのよ!? 唯一の武器を」
「どういうのが正解ですか?」
「正解は、相手から見えないところに鞘ごと隠して、剣を抜かないこと」
「……ほう」
こちらを試すように、ミレイは言う。
「他の武器と比べて小剣の優位性を考えればわかるでしょ?」
「『携帯しやすさ』。こちらが『丸腰だと油断させられる』ことがいちばんのメリットだというわけですね? 武器そのものの性能で言えば、小剣は、長剣やハルバードに勝てるわけがない」
ヒカルは素直に感心した。「武器とは、必ず持って構えなければいけない」という固定観念を簡単にひっくり返す。しかも実用的で合理的だし、ヒカルの「隠密」スタイルにも合っている。
「なんだ。そこまでわかってんじゃん。じゃあもういいじゃん。今日の講義おしまい!」
「ああ——確かに講義終了の時間ですね。ほとんどミルクレープ教官がふてくされていただけですけど」
「次その名前で呼んだらマジ蹴り飛ばすからな?」
「そこは小剣を使いましょうよ。——ひとりでトレーニングしたいのですが、剣の型やトレーニング方法はありませんか?」
「走り込みしとけ」
「わかりました」
ぺこり、とヒカルは上機嫌で——思いのほかミレイの講義が役に立ちそうだと思ったのだ——頭を下げると、彼女の前から立ち去った。
「……なんなの、アイツ。変なのに絡まれたなぁ……」
ミレイはぼやくと、大あくびをしながら建物に入った。二度寝をするために。
それからヒカルは一度家に戻って服を着替えると、ジョギングを始めた。
走り出してみると——なかなかしんどいことに気がつく。
こちらの世界に来てから体力はついたと思っていた。だけれど、何時間も歩くのと、ジョギングをするのとはまったく違うのだと気づかされた。
「はぁ、はぁっ、はぁ……きついな」
学院のグラウンド——というより練兵場みたいな雰囲気のだだっ広い場所があった。
しばらく走ってから一度休憩を挟む。
次に100メートルほどを区切ってダッシュしてみると、「瞬発力」2のおかげでとんでもない速度が出るが、これはすぐに筋肉が悲鳴を上げる。
この反動を押さえ込むためにも肉体作りが必要だ。「筋力量」を上げるという手段もあるが、筋力の量と、筋繊維のしなやかさは違う。柔軟体操を念入りにし、筋肉をほぐしていくことで「瞬発力」2はさらに生きるはずだ。
「走り込みか……あの酔っ払いもなかなかいいことを言うな」
そんなことをやっていると、ヒカルを遠巻きに見ていた他の学生たちが怪訝な顔をしていた。
「あいつなにやってんだ?」
「よくわからんポーズとってるよな……っつーか笑える」
「剣も振らずに走り回ってなにがしたいんだろうな」
剣術の訓練にきちんとしたメニューはあっても、基礎体力のトレーニング——スポーツ科学の発想はこの世界にはない。
「頭のおかしな学生がいる」というウワサが生まれた。
「へぇ……ヒカルにしては珍しく他人を認めたのね?」
その日の夕飯はラヴィアとふたりで料理をした。
テーブルには炒めた野菜や肉、それにパンにチーズといったものが並んでいる。
「純粋な勉強じゃないし、面白そうだ。明日も行ってみる」
「そんなに面白いならわたしもそっちに行こうかしら?」
「……それは止めておいたら?」
「そう? どうして?」
あのだらしない女を見せることになんとなく抵抗があるヒカルである。
「小剣を使わない人間には、無価値だろうしね。それよりラヴィアはどうしていた?」
「本に囲まれていたわ……」
ほう、とうっとりしたため息をつくラヴィア。
今日はずっと図書館にこもっていたようだ。蔵書数は2万冊を超えるらしく、この世界ではかなり充実していると言える。
「結構あるな……どんな本があるんだ?」
「研究論文が多いわ。物語といったものはないけれど、地方の伝承集なんていうものはあった。あとは統計とか」
「統計?」
「連合国設立時の公的資料みたい。当時最大の人口を誇ったのがルマニアで90万人。最小はツブラ、2万人」
「だいぶ差があるな。よく、形だけでも対等に連合を名乗れたね」
「それが……理由があるみたい。ルマニアやキリハル、ルダンシャは『北方三雄』と呼ばれるほどには栄えていて——それでもポーンソニア王国と単体ではまったく相手にならないほどだけど」
ポーンソニア王国の人口は400万人を超えている。
「ツブラと同じ小国でも、ユーラバは魔法の研究に優れていて、コトビは彫金技術に優れていた。これらがあったために存在感があった。で、ツブラは……遺跡から産出した超越遺物のおかげなんだとか」
「アーティファクト?」
「古代文明のもので、製造方法は不明。だけれど非常に強力な武力である……そうよ」
「…………」
「ヒカル、これってもしかして」
「僕もきっと同じことを考えていた。『リヴォルヴァー』だ」
この世界に明らかに「似合わない」アイテム。
それがツブラにある遺跡から産出されているのだとしたら——。
(転生者か転移者がツブラにいたのかもしれない)
「ん? 待てよ? でも……そんな武力があるなら、どうしてレッサーワイバーンを討伐するのにシルベスターは持っていかなかったんだ?」
「連合国樹立の際に、国の共有財産とする、と決めたみたい。防衛に使用するアーティファクトはツブラに残っているようだけど」
「なるほど」
対等で接してやる代わりに、武器を寄越せ。
そんな交渉があったのだろう。
「見てみたいな、ツブラのアーティファクト」
そんなものがあるのなら、研究者だってきっといるはずだ。地球の文明がもたらしたものであるのなら、リヴォルヴァーのメカニズムも解明してくれるかもしれない。





