ツブラのパーティー
風邪を引いてダウンしていました。あらかた復帰……というより明日からまた会社に行かねばならないという。
レッサーワイバーンまでの距離は50メートルほど。
龍腎華までならば20メートルというところ。葉をむしって帰ればいいのだから簡単なミッションだ。
ヒカルはそれでも慎重に近づいていく。石ころを蹴っ飛ばして音を立てないように。小動物を踏んで起こさないように。
あれほど大きな生き物だからといって警戒心が薄いという理由はない。むしろ人間には理解できないなんらかの危機感知手段がある可能性もある。
「!」
龍腎華まで残り5メートルというところで、ぱちり、とレッサーワイバーンは目を開いた。
起こされたのだ。
「ギィィィアアアア!!」
その背中には1本の矢が刺さっている。そして羽根に激突したのは岩石の塊。
「目覚めたぞ! クロエとミカエルは遠距離攻撃を継続しろ!! 全力で、だ!!」
「了解!!」
遠方から駈けてきたのは3人の——冒険者に見えた。
(おいおいおいおい! タイミング悪すぎる!)
ヒカルからは100メートル以上離れていたので「魔力探知」には引っかからなかったのだ。
第2射がすでに放たれている。
しかし目を覚ましたレッサーワイバーンは矢と岩石に向けて、ブオオオッと火の息を吐く。
矢は焼けない——鋼鉄の矢だ。しかし岩石とともに軌道をずらされて離れた場所に落ちる。
「チィッ、やはり竜種、2度は食らわぬかッ!」
「牽制としては有効ですぞ!」
「そのとおりだ。勝機はある!」
走ってくる3人はそれぞれ得物を抜いた。
長剣、長剣、ハルバード。
長剣の構えは、我流の冒険者のそれではない。どこかできちんと訓練された者の動きだ。ただ、ハルバードの男は我流のようだと感じられた。
レッサーワイバーンは冒険者に狙いを定めてファイアブレスを吐く。これは火の精霊魔法と同じ名前であるが、もともと魔法のほうが竜種の吐くブレスを参考にしたと言われている。
この攻撃は予想していたのか、3人は散らばると炎の塊をかわした。多少はできる冒険者らしい。
炎は地面を焦がしたが、すぐに焼く物もないので鎮火する。
「ギィィィアアアア!!」
レッサーワイバーンがもう一度吠える。
苛立ったのかもしれない。
(うるせぇ……)
至近距離でそれを聞いたヒカルとしては迷惑極まりなかった。
レッサーワイバーンは羽根を震わせたが、追加の矢が降ってくる。それをかわすことには成功したが、岩石は羽根に当たった。なかなかの的中率だ。
(…………)
龍腎華の葉に手を伸ばしていたヒカルの3センチ前に矢が突き刺さったものだから、思わず声が出かけた。
これこそが「隠密」最大の弱点だろう。誰からも見えないということは同士討ちもあり得る。
(ああ、もう、僕がいないところでやってくれよっ!)
レッサーワイバーンは飛ぶことをためらった。もともと翼竜種はヘリコプターのように好き勝手に上昇下降できるのではない。「一時的に浮力を得て、あとは滑空している」という表現が正しいだろう。
空に上がれば自由にかわすことが難しくなるのだ。
一方で、地上でも身軽に戦えるという特徴もある——翼をひねって矢をかわしたように。
「見よ、竜は飛ばんぞ! ボック伯の言うとおりであったな!」
「はっ!」
「坊ちゃん、そう油断しないでくだせえ! こっからが正念場だ!」
「わかっておる!」
偉そうな口ぶりの青年をいさめた、ハルバードを構えた男が走り込んでくる。
軽く吐かれたファイアブレスを、突進することで懐に潜り込んでかわす。
(うまい)
ヒカルは感心した。
「どあああああ!!」
強烈なスイングが叩き込まれる——瞬間、
「っ!?」
レッサーワイバーンは羽根と同化した前足で男を横からひっぱたく。
あまりにも無造作な動作。しかし、人間が認識するには速すぎる速度。
男はぽーんと吹っ飛ぶと、地面に転がった。
「ああ、ガリオス!! 貴様、よくも——」
「お待ちを、殿下!」
「止めるなボック伯! いずれにせよ倒さねば龍腎華の葉は得られん!!」
すったもんだをしていた長剣2名だったが、「殿下」と呼ばれた青年がレッサーワイバーンへと突っ込んでくる。
(……強いんだな、竜種って)
一方でヒカルは、モンスターの強さに驚いていた。
さっきの男だってそこそこの腕だった。ポーンソニア王国の騎士団にいてもおかしくないレベルだ。
それをいともたやすく打ちのめした。
男はぐったりして動かない。一撃で戦闘不能だ。
(……殿下、って呼ばれてたな。確か、この連合国でそう呼ばれる可能性があるのは——)
連合国は世襲制ではなく、7国の持ち回りだ。
ゆえに次の王位継承者に対して「殿下」や「王太子」と呼ぶ風潮はない。「次期王」とかだ。
しかし一方で、7国には過去の体制や風習が根強く残っている。
王族だっている。彼らが連合国の持ち回り王制を引き継いでいる。
さらには貴族制だった国もあり、そこでは小国内で貴族制が維持されている。
(キリハル、ルダンシャ、ユーラバ……それにツブラか)
この中で「龍腎華の葉」を欲しているのは——。
(ツブラだな。しかも、ツブラのお偉いさんまで来てるっぽいな。……死なれるのはちょっとまずい)
学院長の立場どころではない。
もちろん、そんな理由がなくとも、目の前で人間に死なれるのは気持ちのいいものではなかったが。
「死ねぇ!」
先ほどの男より、明らかに遅いスピードで走って行く「殿下」。
その攻撃はまったくと言っていいほどレッサーワイバーンに届かなかった。
すっこけたのだ。訓練された兵士ですら苦労するであろう、砂利の傾斜地である。
ふん、と鼻で笑ったレッサーワイバーンは小さくブレスを吐こうとする。
「殿下」の供であった「ボック伯」は、年若き王族が目の前で殺される未来をありありと想像し、目を閉じた。
* *
レッサーワイバーンの口中に、火が点るのを絶望した目で見つめていた「殿下」は、ふと視界の隅に異常を見た。
どろりと空間が歪んでいるように感じられた。
それは、そこにきらめきがあったからだ。
刃の。
1本の短刀——と思うと、それがとんでもない速度でレッサーワイバーンに飛来する。
「!?」
わけがわからなかったのはレッサーワイバーンだろう。
もうひとりの気配にまったく気づいていなかったのだ。
放たれた短刀は竜の肌に突き刺さり、そのまま骨と骨との合間を狙い澄ましたように断ち切り、一瞬でレッサーワイバーンの意識を——命を刈り取った。
「……え?」
どう、と横倒しに倒れるレッサーワイバーンの横に立っていたのは、自分よりもずっと年下に見える少年。
「試しと思って『狙撃』に1振ったけど、これ、なかったら倒せなかったかな? モンスター相手ならもっと振ってもいいかもしれない……」
ぶつぶつとレッサーワイバーンを見つめながらなにかをつぶやいている。
「あ、あの……」
話しかけてみると、少年は気づいたようだ。
「あー。無事ですか? ——いや、さっき吹っ飛ばされた人は大丈夫かな?」
「そうだ、ガリオス!」
青年は立ち上がり、転がっていた男へと走って行く。先にたどり着いていた仲間が、
「大丈夫です、殿下! 生きております! ポーションを使えば命は取り留めるでしょう!」
「よ、よかった……」
とそこへ、遠距離で魔法や矢を撃っていた仲間がやってくる。
弓には矢をつがえたままだ。
「……殿下、ご無事ですか? その者は?」
「クロエ、警戒する必要はない。彼は私の命を救ってくれた。感謝こそすれ、疑う必要はない」
「し、しかし! 私たちがここに着いたときにその者はいませんでした! レッサーワイバーンと交戦してからもずっと見ていましたが——とっ、突然現れたように見えました!」
「……それでも、だ。彼が私を害する気ならあのままレッサーワイバーンにやらせればよかったのだ。——すまない。仲間の非礼を詫びたい」
「いや、それはいいですよ」
剣呑な仲間の空気に気づいていたのだろう、彼はさっさとレッサーワイバーンから短刀を引き抜き、距離を置いている。
「私は、ツブラの王族、シルベスター=ギィ=ツブラ。レッサーワイバーンを倒した貴殿に頼みがある。もちろん、レッサーワイバーンの素材は貴殿に所有の権利がある」
「殿下!」
仲間たちが声を上げる。弓や魔法でダメージを与えた。注意を引きつけていた。横取りされたようなもの——それなのに、どうして素材を渡さねばならないのか、と言いたいのだろう。被害が出ているのもある。
このサイズのレッサーワイバーンならば1頭まるまる売れば、100万ギラン……もっと行くかもしれない。
しかし、だ。
シルベスターは考える。
(レッサーワイバーンを一撃で倒したあの短刀……おそらく、相当の業物と見た)
シルベスターは最大限警戒した。
実のところ「折れたりしたら困るからと使い捨てのほうでいいか」と4,000ギランで買った短刀でしかないのだが。
「頼む。龍腎華の葉を幾枚か採らせてくれないか? どうしてもこれが必要なのだ」
すると少年は、「はー」とため息をついて、髪をかき上げた。
「いや、まあ、その前に、こういうときの礼儀作法とか全然知らないので、王族を前に礼を失する可能性があります」
「それは構わない。今の私は冒険者だ」
「そうおっしゃっていただけるとありがたいです。それで、龍腎華の葉ですけど……構いませんよ。持っていってくださって」
「そ、そうか! ありがたい!」
ほっとした空気が流れたところへ、少年は重ねて言った。
「……どうせ目的は同じでしょうし」
「どういうことだ?」
「僕も依頼を受けて龍腎華の葉を取りに来ただけですから……学院長のために、ですよ」
「なっ——そうか、冒険者ギルドの依頼を受けてくれたのだな」
いえ、と少年は首を横に振る。
「ルマニアの氏族、緑鬼から依頼を受けて、です」
ぽかん、と口を開けたのはシルベスターだけではない。
他の者たち——気を失っているガリオス以外は全員だった。
「わ、私の聞き間違いでなければ、緑鬼の氏族、とそう言ったのか……?」
こくり、とうなずく少年。
「あり得ない! 緑鬼と言えばルマニアの筆頭氏族ではないか!?」
そう、緑鬼は、いわゆる他国で言う「王家」なのだ。





