連合国の実態
「龍腎華の葉」——それは学院長の甥の解毒に使われる葉だ。
リーグはつまり、院長を救えと言っている。
「理由を聞こうか」
「——理由、ですか」
「彼女はルマニアの出身なのか?」
「いえ。むしろそうであったら『氏族』の力でなんとでもできますよ。彼女はツブラの出身です」
「ツブラ……?」
「ご存じありませんか。そうですね、他国から来られた方にはいちばんわからない国がツブラでしょう。連合7カ国のうち、最小のツブラ」
「氏族」が幅を利かせるが人口や武力では最大のルマニア。
実力はあるが犬猿の仲であるキリハルとルダンシャ。
独自の文化を育む毛むくじゃらの人種がいるジャラザック。
最も狭く、最も小さいツブラ。
これで5つ。
残り2つは青肌の種族がいるユーラバ、貴金属を大量に作り出すコトビだ。
「ツブラの人間がポーンソニアに殺されたとなるのはマズイのです。今、ツブラが勝手にポーンソニア相手に賠償を要求しようものなら、連合国の外交上非常によろしくない。ですが——それがポーンソニアの人間に救われたのなら、きれいに収まると思うのです」
「僕がポーンソニアだと言ったっけ?」
「いえ。しかし近隣の外国で、連合国に来られるほど裕福な方はポーンソニアくらいですからね。違いましたか?」
「違わない。だけどポーンソニアの人間が学院長の甥を救ったとして、それで収まるのか? 傷つけられたという事実は消えないだろ」
「ええ。ですがツブラには独自の人生観がありましてね。『赦しを願う者に赦しを与えよ』というものです」
「僕が赦しを願っていると?」
「そういう体にしていただけるとなおのことありがたいですが、そこまではさすがにお願いできないと思っています。ですがあなたには冒険者ギルドでランクを上げる野心があり、ちょうどいい頃合いの依頼がある。必要なのはその背中を押す報酬だけでしょう?」
「どうしてそんなにツブラを気にする? リーグはルマニア出身なんだろう」
「そうですね……そこから話す必要がありますか」
冷めつつあるカップのお茶をリーグはすすった。
「この国は『連合国』を名乗っていますが、その実態は7つの国をとりあえず『連合国』と名乗らせただけです。連合したことで国同士が協力したかと言えばそんなことはありません」
国王を始め、連合国の重要な地位は各国持ち回り。
10年1期の王座はともかく、不定期であるそれぞれのポストを来年からどこが受け持つかを巡って、毎年の長い冬は7カ国による政争の季節であるという。
その結果、長期間に渡る事業などをやりにくくなり、必然的に近いスケジュールのものばかりでしのいでいるのだとか。
「……なんともまあ、生産性のない話だな」
「冬が長くてよかったのではないかしら? 内輪でケンカをしていても外には漏れ聞こえないし、他国から見ると旨みのない土地に見えるし」
「ラヴィア……君は結構ハッキリものを言うよな……」
「いえ、ラヴィア嬢のおっしゃるとおりです。今まではだましだましやってきましたが、もう限界です。7国に分かれていたときにはできた治水事業や国境付近の魔物討伐も、ずっと放置されています。いつか大災害が起きます。わたしはそれを阻止したい」
感情のないヤツだとヒカルは思っていたが、意外なことに内には熱いものを秘めていたらしい。
「学院長を救うことがそれにつながるのか?」
「ツブラの重要ポストは少なく、国立学術研究院の学院長は数少ないポストの1つ。ポーンソニアへの恨みを焚きつけて学院長を暴走させようとしている輩がいるのですよ。余計なことを学院長が口走ったり、行動したりすれば、来年のツブラのポストは減ります。こういう活動を『役減らし』とか『種まき』とか言うんですがね。冬の政治シーズンに『収穫』するわけです」
「ああ……そう言えばやたら煽ってきたヤツがいたなあ。ミハイルがいたからなんとかなったけど」
「ミハイル教官ですか? 彼は確かにジャラザックでも珍しい公平無私の人物ですが……ヒカルさん、ひょっとして学院に行きましたか?」
「まあ、ちょっとね」
「ちょっとじゃないですよね? なにをしたんですか?」
「…………」
どうしよう。
リーグにいい格好をする必要はまったくないのだが、素直に話をするのもなんとなく気が引けるヒカルである。
「ヒカルに突っかかってきた事務員が『入学試験』とか言い出したからミハイルをたたきのめしてその後学院長に呼び出されてポーンソニア出身であることを一方的になじられて万死に値するヤツらだったけれど心が広いヒカルは彼らを許し特待生枠で学院に入学してあげることにしたのよ」
迷っているとラヴィアが全部言ってしまった。
聞いているだけでなんともひどい展開だ。
「たたきのめした……ミハイル教官を? ……ヒカルさんが頭を抱えているところを見ると事実のようですね。そうですか。ローイエごとき、ヒカルさんからすれば一撃であることがよくわかりました。むしろ殺されなくて済んでよかったです」
「一応言っておくけど、僕はむやみに暴力を振るうような男じゃない」
「学院に入学されるおつもりでしたら、なおさら学院長を救うことはプラスに働きます。どうでしょうか?」
「いや……なんかもう気持ち的にはわりとどうでもいいんだけど」
「事務員にも圧力をかけます。学院は国費で運営されているので学生なんて雑に扱っていいという風潮があるので、私も苦々しく思っていたんです」
「あんな高い学費を取っているのに?」
「向こうからすると『入れてやっている』という認識なのですよ。——それと学院長を煽っていた教官ですが、おそらくルダンシャとキリハルの者だと思います。こちらも必ずルマニアで目を光らせておきますから。——依頼の件、どうでしょうか?」
ぐいぐい来るな、と思う。
それほどリーグにとっては重要な案件なのだろう。
いや、学院長のことは喉に刺さった魚の小骨のような状態だったのだ。そこにやってきたのが他国出身——しかもポーンソニア出身で、腕の立つヒカル。
(僕は小骨を取り除くご飯の塊かよ)
来て早々、いろんな人間に目をつけられたものだとヒカルは思う。
「ヒカルさん……正直におっしゃってください。あなたの望みはなんですか。金銭的なものではないのでしょう? 他国……ポーンソニアからわざわざなにをしに学院に来たのですか? ミハイル教官を倒せる腕であれば学べることは少ないですよ? その他のことでしたら、私でお手伝いできることでしたらなんでもします」
「まあ、訓練以外だと……ちょっとした魔導具の研究かな」
「魔導具ですか? どのようなものですか? 実は私も魔導具を研究していまして、知識ならばそこそこあると自負していますが」
「魔導具の? 薬品ではなく?」
「——ええ、薬学の一環で魔導具を扱うので」
リーグが疑うような目になった。その疑いに気がついたヒカルは、
「指のたこ。武術でついたものじゃないだろ?」
「ああ、なるほど……これは確かに薬の調合や攪拌でついたたこです。そこまで見ておられましたか」
「魔導具については学院で教わっていないのか?」
「教わりたいのですが……」
苦い顔をした。
「……教官が、コトビ出身の方なのです」
「…………は?」
「ルマニアでも氏族の者は、他6国出身の教官から教わってはならないと……そうなっているのですよ」
「おいおいおいおい……」
背もたれに身体をもたせて、長々と息を吐いた。
「アンタさあ、人にはあれこれやって欲しいと言いながら、自分はやらないのかよ? 7つの国をまとめてちゃんと進歩的になるべきだって言いたいわけだよな? アンタが『コトビの者は先生と呼べない』とか言ってどうすんだよ。率先垂範しろよ」
「うう、耳が痛いです……金銭的なものはすべて実家に依存しているので……」
「知るか。まずはお前が自立しろ。そして、そのコトビのヤツに弟子入りしろ。話はそれからだ」
ヒカルは立ち上がった。
「ラヴィア、行くぞ」
「はい」
「…………」
しょんぼりしたリーグはヒカルを止めることもなかった。





