冒険者ヒカル
ちょっとだけ修正(内容に大差はありません)
太陽が傾いていた。
夕焼けに照らされ、寂れた霊廟が立っている。
ヒカルたちが霊廟から出てくると、そこには10人を超える冒険者たちがたむろしていた。
「あの揺れなんだ? ヤバイ感じがしたよな」
「地下だから崩れることもあるだろうが……」
「落ち着くまでは近づかないほうが無難とは思うけどな、最後の揺れはすごかったな」
「おっ、また出てきたのか——」
彼らは、霊廟から出てきたヒカルとラヴィアに気がついて言葉を止める。
みな、怪訝な顔をしている。どうしてこんなところにひよっこが? ——と、目は口ほどに者を言う。
「なんだ、とっくに逃げたのかと思っていましたが」
ダンジョンへの入場を管理しているギルドの係員がヒカルに気がついた。
「おいおい、こんなガキが入り込んでいたのか? ギルドも把握してたのかよ」
「まあ……彼らはランクEという条件を満たしていますから」
「なんだと!?」
係員の返答に冒険者たちがぎょっとした顔をする。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ヒカルはラヴィアとともに好奇の視線を浴びながら彼らの間を通っていく。
「——いるんだよなあ、金でランクを買うヤツ」
あざ笑うように冒険者のひとりが言った。
「見ろよあの格好。ひっでえ汚れだ。大方、アンデッドにびびって隠れて逃げ回ってたんだろうよ」
「あー……ああ、そういうことか」
「確かに汚れてんな」
あっははは——笑い声が上がる。
ヒカルは小さくため息をついた。それだけだ。相手をするには疲れすぎていた。
「図星だぜ、あいつら!」
またも笑い声。
無視しよう、と思っていたが、ヒカルは足を停めざるを得なかった。
「お前が最後か!? なにが起きたのかを見なかったか!?」
ガフラスティ=ヌィ=バルブスと、そのお付きであるアグレイア=ヴァン=ホーテンスだ。
「バルブス卿、このような者に話しかけることはありません。どうせ逃げていただけです。中でなにが起きたかなど知らないでしょう」
猫なで声でギルドの係員がすり寄っていく。
本来、冒険者ギルドは国家権力とは別の独立した団体ではあるが、もちろん国による認可も得ているために貴族へのゴマすりは必要なのだ。
どうやらガフラスティはここで、出てきて冒険者たちから話を聞いていたらしい。
「見なかったか!? 龍のような存在が空へと駈け上るのを——」
冒険者たちは「やれやれ」といった顔でバカにしたような顔をしている。
誰も知らないらしい。
藁にもすがる思いでヒカルに聞いているのだろう。
「ガフラスティ=ヌィ=バルブス」
「……お前、ワシのことを知っておるのか?」
ヒカルはカバンから巻物を取り出す——アグレイアがガフラスティをかばうように前に出る。ヒカルがガフラスティを害そうとしていると思ったのかもしれない。
「なんだこれは。おかしな真似をしたら、たたっ切るぞ」
アグレイアは噛みつくように言ったが、ガフラスティは呆けたように口を開けた。
「こ、ここ、これは……!!」
「バルブス卿……?」
アグレイアを押しのけて、よろよろとガフラスティがヒカルに近づく。
巻物をつかもうとしたがヒカルはサッと手元に引いた。
「そ、それをくれ!」
「いくら出す? これでも命がけだったんだ」
ハッとした顔でガフラスティは懐に手を突っ込む。
「今はこれしかない! じゃが、この巻物がほんとうにワシが望んだものであるなら、この倍は出す!」
手渡された革袋をのぞき込むと、見慣れぬ硬貨が入っていた。まばゆいばかりの白い輝き。白金貨というヤツだ。
「この……倍だって? この革袋で100万ギランくらいか?」
100万ギラン、という言葉に係員が目を剥いた。
ヒカルもまた驚いていた。ガフラスティは大金を出すだろうと思ったが、こうもたやすく金を出すとも思わなかったのだ。
「す、すまん、安すぎたな——10倍出す。1,000万ギランだ」
あまりの話の展開に、係員や冒険者たちはついていけない。ヒュッ、と小さく息を呑むだけだ。
ヒカルとしても、いともたやすく値上がりしたことに驚いていた。
(それほどか——それほどこれが重要なのか)
ヒカルは、うっすらとではあるがガフラスティがこの巻物を使ってやろうとしていることに見当が付いていた。
確かに彼にとってこの巻物は「切り札」になり得る。金額は妥当——いや、もっと出してもおかしくない。
ただしその場合は、ずっと後での支払いになるだろうが。
「バルブス卿、まさかこの巻物は、あなたが探し求めていた……」
「ああ」
アグレイアに、ガフラスティはうなずいた。
「……まあ、それでいいよ。1,000万ギラン、冒険者ギルドに振り込んでくれないか」
ヒカルはギルドカードを取り出した。「職業」は空欄にしておく。
ギルドの所属場所——ヒカルの場合はポーンド——と名前がわかれば、ギルドカードにお金を振り込むことができる。
ガフラスティはしっかりとメモを取っていた。
「必ず、必ず金は入れる。それで……その、巻物じゃが」
「いいよ。先渡しで」
ヒカルはぽいっ、と巻物を放った。ガフラスティはあわてて受け取り、その場にへたり込んだ。
「な、な、投げるでない!」
「僕にとってはなんの価値もない。どうせ、この国にはもう長居しないから」
その言葉にガフラスティはなにかに気がつく。
「……そうか。お前、どこまで知っている?」
「憶測だけさ。知りたいとも思わない」
アグレイアに手を借りてガフラスティが立ち上がる。
「そうか……中でなにを見たのか、聞きたいのじゃが……国を出るか」
「巻物を確認しなくていいのか?」
「構わん。確認して、ニセモノであれば金を払わんだけじゃ」
先渡しの100万ギランなどはした金、とでもいうふうだった。
「あ、そう。——じゃあ。もう会うこともないだろ」
ヒカルが立ち去ろうとすると、
「待て。この先、どの国に行くのだ? まさかクインブランドではあるまいな?」
ポーンソニアと交戦中の国名を挙げる。
「……いや、特に考えてはない」
「ならばひとつ頼まれてくれぬか。頼まれると言うなら、報酬にさらに100万ギラン上乗せしよう」
「内容は?」
「行き先をフォレスティア連合国にして欲しい。ある人物に会って、伝言を頼みたいのじゃ——」
言いかけたガフラスティをアグレイアが遮る。
「バルブス卿。それならばいつもと同じやり方で連絡したほうが……」
「あれは時間が掛かりすぎる。これは急ぎなんじゃ。それに……こやつ、いや、この冒険者は、事情をある程度察している。この者の言葉なら彼女も聞くじゃろう」
ガフラスティはポケットからハンカチを取り出した。見事な刺繍が入っているものだ。
「ワシの名が入っておる。見せれば、身分の証明にもなる」
「——ふぅん、まあ、頼まれてもいいけど」
ハンカチを受け取りながらヒカルは安請け合いをする。
どのみちポーンソニアを出ることは決定事項だ。行き先は特に考えていなかった。
フォレスティア連合国——ポーンソニアに隣接している国のひとつだ。世界を回るついでに寄るのもいいだろう。100万ギランも上乗せしてくれるというのだし。
「で、誰に会えばいい?」
「ゾフィーラ=ヴァン=ホーテンス。連合国の内務卿にして筆頭大臣。女傑じゃ」
ヴァン=ホーテンス。ガフラスティの横でわずかに苦い顔をしているアグレイアと同じ家名だ。
「わかった」
ヒカルはうなずいた。相手が誰であれ、ただ会うだけならヒカルにとってきわめて簡単なミッションである。
「じゃあ、行く——ああ、そうそう」
ヒカルは最後に付け加えた。
「ダンジョン、完璧に崩壊したから。冒険者のアンタらはおまんま食い上げだな? 別の場所に行ったほうがいいぞ」
え? と冒険者たちは顔を見合わせ——数人が霊廟へ向かって駈けだした。
少年冒険者たちの姿は見えなくなった。
見送ったガフラスティは小さく笑う。
「……くく、まったく動揺もせずに請け負うとは。見た目はただの少年なのじゃが……」
「ば、バルブス卿、どうされたのですか? あの少年がいったい」
わけがわからない、といった顔の係員は——わかったのはガフラスティが大金を少年にくれてやったという事実だけ——戸惑い気味にたずねる。
「そうじゃな」
巻物をほどき、ちらりと中身を見やる。
その中身はまさに、ガフラスティが手に入れたいと思っていた、そのものずばりだった。
「ひとつ頼まれてくれるか、係員殿」
小声で話しかける。
「はっ、なんでしょう」
「公式の記録として、こう残してくれ。——冒険者ヒカルが、ダンジョン『古代神民の地下街』を踏破した、と」
「……え?」
「歴史学者ガフラスティ=ヌィ=バルブスがそれを証明する。この巻物は、『古代神民の地下街』の最奥でしか手に入れられないものじゃ。間違いない」
「え? え?」
ガフラスティは懐をまさぐったが、いつもそこにある金貨袋は先ほど少年にくれてやったばかりだった。横からアグレイアが金貨を数枚取り出し、ガフラスティに渡す。
ガフラスティはそれを係員に渡した。
「確かに、頼んだぞ」
「こ、これは受け取れません」
「手間をかけるのじゃ、その手数料と思ってくれればよい。ウソを書けと言っているのではない。ただ急いで欲しい。この事実の記録は」
「——なるほど。承りました」
臨時収入が入って係員はほくほく顔だった。
彼がバカにした少年が、ダンジョンを踏破した——そんなこと、係員はまったく信じていなかった。だけれども貴族がそう言った。そう、請け合った。それだけで、ギルドに報告を上げるには十分だ。
後日、その記録が、国を揺るがす事件に関わっていくとも知らずに。
「うおい、あのガキの言ったとおりだ!」
冒険者のひとりが霊廟から出てきた。
「ダンジョンの入口、完全に塞がってるぞ!? これじゃあもう入れねえよ!」
「おいおいおいおい」
「今まで作ったマッピングが無意味じゃねえかよ!?」
冒険者たちがざわつく。係員もそちらに気を取られている。
「ワシらも行くぞ」
「はい」
ガフラスティはアグレイアとともにルートハバードへと向かう。
「……これから忙しくなる。なにせ、この国に正しい歴史をもたらさねばならぬのだからな」
それは独り言に過ぎなかった。
しかしそのとき吹き込んだ風は、初夏に吹くにはあまりにも冷ややかだった。
* *
冒険者ギルドの記録——公文書に、「ヒカル」という名前が出てきたのはこのときが最初だった。
『ポーンソニア王国ポーンド冒険者ギルド所属、「ヒカル」はポーンソニア王国ダンジョン「古代神民の地下街」を供1名とともに踏破した。所属パーティーはなし。踏破確認は歴史学者ガフラスティ=ヌィ=バルブスが行い、証明品は最奥にあるとされる「巻物」1点。「巻物」の内容は検証後に公開されることとなっている。
踏破報酬として「ポーンソニア王家遺物研究会」より1,100万ギランが冒険者ギルドを通じて振り込まれた。』
単発の「ダンジョン踏破」に関する知らせは、冒険者ギルドのネットワークによって各地のギルドに伝えられる。
ほとんどのギルドにおいては「単なる踏破報告」に過ぎない。
だけれどポーンドは違った。
「……たった2人でダンジョン踏破!? どうなってる!?」
いちばん最初にこの知らせに接した、ギルドマスターであるウンケンは驚きのあまり声がうわずった。
次にギルドの受付嬢たちがそれを知り、
「ヒカルくん……なにやってるの!?」
「まあまあ、大金星ですね。いつポーンドに戻りますかねえ」
ジルとグロリアは、少年が国外に出たことを知らずにそんなことを話した。
「——やっぱり転生者ね! 間違いないわ!」
「東方四星」セリカ=タノウエもまた、ヒカルという名前に注目していた。
それから関係者はやきもきしつつも続報もなにもなく1カ月が経過する。
少年はポーンドに戻らなかった。
そして、ポーンソニア王国は大きく揺れることになる、ある事件が起きた。
「正統なる王族」を名乗る、貴族が現れたのだ。
同時にフォレスティア連合国からも「現在の王位に疑いあり」という疑義を突きつけられた。そのことで、ポーンソニア王国が有利に進めていたクインブランド皇国との戦争にも横やりが入ることになる。
その陰に、ひとりの少年と、ひとりの少女がいたという記載は、後世のどの歴史書を見ても書かれていない。
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この後、1話か2話、間話を挟んでから、次章に移ります。
いろんな謎のうちいくつかは間話で判明します。たぶん……(私の筆力次第ですが……)。





