古代神民の地下街 9
「チッ」
ヒカルはラヴィアの腕を引いて立ち上がらせる。
「走れるか!?」
「は、はい!」
宝物庫を飛びだしていく。ガラガラガラと背後では壁の崩れる音が聞こえてくる。
「あれは、巨人なの!? こんなに近くに来ていたなんて……」
まったく同意だった。そしてヒカルは自分で自分をぶん殴りたい気持ちだった。
(近寄れば地響きがするだろうと油断していた……それにリヴォルヴァーを見つけて「魔力探知」がおろそかになっていた。あの巨人に近づかれたのは僕のミスだ……!)
巨人はおそらく、地響きがしないよう慎重に近づいてきていた。
だからこそ速度はゆっくりだったはずだ。ヒカルの「魔力探知」があれば巨人の接近に気づけたはずだった。
「ラヴィア! ランプの明かりを最大に!」
「でも、そうしたらアンデッドが……!」
「連中は近くにいない」
そう、アンデッドの存在は「魔力探知」では感じられなかった。どこにもいない。巨人が来たから、逃げるように——。
(巨人は僕らの位置を、正確につかんでいる)
それは確信にも似た推測だった。
(忍び寄って攻撃を仕掛けてきた時点で、そうだ。どうしてだ?「集団遮断」を切ったから? いや、違う——)
ヒカルはラヴィアの手をつかんでいる。「集団遮断」は発揮されている。宝物庫を出たタイミングで視界から逃れ、本来なら再度「隠密」状態になっているはずだ。
(どうやって僕らの位置をつかんでいる?)
魔導ランプの明かりが王城の通路を照らし出す。
振り返ったヒカルは、宝物庫をぶち破ってきた巨人の姿をとらえた。
「おいおいおいおい……!」
巨人には狭すぎる廊下を走り出す。
廊下の柱をへし折りながら。
ゴォン、ゴォン、ゴォン、ゴォン——柱をへし折っても巨人の足は止まらない。
「こっち!」
「きゃあっ」
ヒカルはラヴィアとともに細い通路へと入り込んだ。ふたり転げた向こうを、巨体が走り抜けていく。
「ラヴィア、立って」
「は、はい」
手をつないで走り出す。ここから先の道はわからない。
ぞくり——視線を感じる。
ヒカルが飛び込んだ通路をのぞき込む、紫色の瞳。
「うおっ」
腕が伸びてきた。
10メートル以上離れたと思って安心していたのに、ゴムのようにぎゅううんと迫ってくる。
つかまれる——。
「当たれッ」
ヒカルはリヴォルヴァーを腕へと向ける、即座に引き金を引く。
ギィィィインッ——。
火薬の音らしからぬ、金属音が響く。
銃口から飛びだしたのは青色の軌跡。巨人の手に触れた瞬間、その手が氷に包まれ、向こうへと弾かれた。
「な……なんだこれ。——銃じゃない? まるで魔法みたいな……」
「ヒカル! あれ!」
通路の入口では、さすがに狭くて入れない巨人がこちらをにらんでいる。
全貌ははっきりとは見えないが、1メートルはあろうかという頭の上に、球状のなにかが乗っかっている。ラジコンのアンテナのようですらある。
それが、チカッ、チカチカッ、と小さな火花を発する。
「————」
ヒカルの全身に鳥肌が立つ。
マズイ。アレはマズイヤツだ。絶対に作動させてはいけない——。
拳銃を構える。
だが、これで当たるだろうか?
近寄ったら巨人の手がある。
(素人の僕がとっさに撃ったら当たった——この命中率補正は——)
「投擲」2の効果。
「弓」ではなく「投擲」でいいようだ。
ヒカルはソウルボードを呼び出した。
【筋力】
【筋力量】1
【武装習熟】
【投擲】2
アンデッドを殺しまくって上がったポイントを注ぎ込む。
【筋力】
【筋力量】1
【武装習熟】
【投擲】10(MAX)
【天射】0
派生スキルをチェックするのは後だ。
リヴォルヴァーを再度構えた瞬間、レーザーポインタがついているかのように、撃てばどこに当たるかがわかった。
ヒカルは巨人の顔——その上の球に向けて撃った。
今度は灰色の光がほとばしる。球に命中した瞬間にそこから岩石が噴き出して顔を包み込む。
「——足りないか」
だが、頭上の光は止まらない——岩石の隙間から光がこぼれる。点きの悪いガスコンロのような火花が。
「ラヴィアこっち!」
ラヴィアの手をつないで走り出す。
突き当たりの角を曲がった直後——カッ、となにか、フラッシュが焚かれたような感覚が背後であった。
「……?」
恐る恐る振り返る。だが、特に変わりはない——。
「ひ、ヒカル……それ……」
ラヴィアが指したのは、ヒカルのマントだ。
マントの裾が、どろりと溶けていた——腐敗したニオイが立ちこめる。
巨人。
特殊な攻撃方法——腐敗。
地下街の大量のアンデッド——。
「……アレが、アンデッドを大量に生み出した正体か……?」
むちゃくちゃだ。
光のような性質を持っているのなら、全方位に発せられることになる。
ぶるりとする寒気を押し込めて、ふたりは再度走り出す。
そう遠くないところで地響きが聞こえる。巨人もまたふたりを追っているのだ。
「王城への入口は一箇所——逃げ道はあそこだけだ」
建物を出て、広場へと至る。
その先に橋がある。デッドナイト率いるドラウグルの大群がいる——はずだった。
無人だった。
先ほどまでいた大量のアンデッドが夢であったかのように、無人だった。
「逃げたのか……?」
アンデッドは巨人を恐れているのだろうか?
彼らをアンデッドにした原因を——。
「クソッ、早いな!」
王城を壊しながら巨人が広場へとやってきた。
巨人はぐるりと視線を巡らせると、橋へと逃げていくヒカルたちに気がつく。
『オオオオォォォォァアァァアアアアアアアアアア————』
鼓膜に針でも突き立てられたかというほど、耳が痛い。
巨人の叫び声に応じて王城がビリビリと震える。
至近距離で大音声を浴びた壁が崩れていく。
600年間、地下で立ち続けていた城が崩れていく。
「真っ直ぐこっちに向かってる——やっぱりこっちの居場所を把握している」
再度ふたりは走り出す。
「ヒカル……わたしが、足止めする……わたしの魔法なら、最大限魔力を込めれば……!」
ラヴィアが、握りしめる手の力を強める。
「巨人を殺せないかもしれないけど、それでも足止めにはなるわ! その間に、ヒカルは逃げられる! だからわたしをここに置いて——あ痛っ!?」
ラヴィアがうめいたのはヒカルがデコピンをかましたからだ。
涙目のラヴィアがヒカルをにらむ。
「な、な、な、なにをするの!?」
「却下」
「ええっ!?」
「巨人を仕留められなかったら君はどうなる? 大体、さっき結構な魔法を撃った後で、今、最大火力を撃ったらその後の君はどうなる?」
「…………」
「立てなくなるよな。その間、僕に先に行けって?」
ヒカルは小さくため息をつく。
「まいったな。王都に護送される君を助けたのは結構手間がかかったんだぞ? それを簡単にフイにすると言われるとね」
「で、で、でも! このままじゃ、このままじゃふたりともやられてしまうわ!」
「やられない」
ふたりは橋を渡りきった。
巨人がすさまじい速度で走ってくる。
「ひ、ヒカル!」
立ち止まり、背後を振り返ったヒカルはリヴォルヴァーを構えた——。
巨人が橋を渡ってくる。
足音で橋がミシミシと悲鳴を上げる。
2回、引き金を引く。
発せられたのはオレンジ色の業火と、白くまばゆい雷光。
その2種は見事命中した。
橋に。
巨人の足下が崩れる。
巨人は空堀へと落下していく。
足下——ずぅぅぅん、と地響きとともに大きな音が聞こえてきた。
突如、周囲には静けさが訪れる。
「——た、倒した、の……?」
ラヴィアの掲げた魔導ランプの光が、ガレキとともに埋もれている巨人を照らす。
深さは30メートルはあるだろう。巨人がジャンプしても届かない。
砂埃が舞っていて巨人の姿が見えない。
だが——。
「!」
紫色の光が、カッ、と点った。
ゴゴンと音を立ててガレキを吹き飛ばす腕。
欠片がこちらまで飛んできて、ヒカルは首を傾けてそれをかわした。
「……巨人、というかこいつは——ゴーレムだな」
砂埃が収まってくる。
肉感のある身体ではない。操り人形のように、関節部のある構成だった。
身体は岩かなにかを削り出されており、表面に奇妙な紋様が彫り込まれてあった。その紋様を伝うようにして紫色の光が走っている。
胸板が分厚いのに比べて腰はやたらくびれている。
顔は人間を模しているようではあったけれども鼻や口はなく、目が光っているだけ。
そして頭上にはヒカルが破損し損ねた球状の——アンデッド生成装置があった。
「い、行きましょう、ヒカル……出てくるのにしばらく時間がかかるでしょうし」
「…………」
「ヒカル……? もしかして……なんとかして倒せないか、とか考えてない?」
ヒカルはラヴィアを安心させるように微笑んでみせた。
「大丈夫。もしかしなくても考えているよ」
「よかっ——え?」
「あのチカチカしてるヤツを使ってこないところを見ると時間制限があるか、もう使えないかだろうし、有効な長距離攻撃手段を持ってはいないようだ。なんとか登ろうとして腕を伸ばしたり壁を削ったりしているけど、相当時間がかかるだろう」
「でもここからじゃあんな大きいの倒せない——あ、やっぱりわたしが魔法を撃つ?」
「さっきも言ったとおり君が魔法を撃って、それで倒しきれなかったら悲惨だ。おんぶして街まで戻れる体力は僕にはないな」
「じゃあ……やっぱりこのまま逃げるしか……」
「逃げるのは構わないけど、たぶん追ってくるんだよね。地上に出て、こいつがあきらめずに街まで追ってきたら大惨事だよ。やっぱりここで片をつけたい」
「それじゃあ、どうやって?」
ラヴィアがヒカルにたずねる。
ヒカルにはある仮説があった——それを、実験を通じて確認したい。
成功すれば巨人は追ってこない。巨人を倒すことすらできるかもしれない。
失敗すれば——逃走だ。街が、犠牲になるかもしれない。
次回でダンジョン編は終わりです。





