古代神民の地下街 3
ヒカルがそっと外をうかがうと、ラヴィアもやってきて彼の下から顔をのぞかせる。
10メートルほど離れた場所で、4人と2人に分かれて言い争っていた。
「だから言ってるだろう? 一度『聖油』を補充しに行きたいって」
「貴様らはそれでどこぞへ消える気だろうが。契約不履行だ! さんざん見得を切ったではないか、『俺たちはランクCだ』『この周辺では間違いなくいちばんの実力だ』と。それがなんだ、この辺りの――すでに探索済みの街をうろついて終わりとは!」
「ガフさんよ……アンタは貴族だろうから――」
「貴族ではない!」
「わかった、わかった。アンタは知らないだろうから教えてやる。夜のアンデッドは強力過ぎるんだ。見たろう? あらゆる能力が上がってる」
「夜だけでなく、貴様らは昼も怠慢であったろうがッ」
「『壁』の向こうはなぁ……数ランク敵が強くなるんだよ」
(「壁」?「壁」なんてものがあるのか。それにしても4人のほう、ランクCと言うだけあって冷静だな。引くべきときには引くと心得てる)
ヒカルは冷静に観察していた。
まだ20代中頃にしか見えない男たちだった。
話し合いも1人に任せて残り3人は後ろで勝手にくっちゃべっている。それだけ信頼しているのか、あるいは役割分担がきっちりできているのか。
対するガフさん、と呼ばれた男は50、いや、60は過ぎているだろう。ほとんど白髪になっている髪はもっさりとしている。だが着ている服――貴族が鹿狩りに使うときに着る服は、きらびやかだ。ダンジョンにはまったく似合っていない。
貴族、と冒険者が呼ぶのも理解できる。
なぜかガフさんとやらは否定しているが。
「その『壁』とやらの向こうに、ワシが行きたいことは知っていただろうが?」
「それはそうだけど……まあ、ちょっと座ろう。歩きづめで疲れたろ、ガフさん」
「疲れてなどおらん!」
「足が震えてるぞ。水も飲んだほうがいい」
「くっ……」
魔導ランプの明かりを中心に、輪になって座る6人。
ガフさん、と呼ばれた男のすぐそばについている人物をヒカルは見据える。
若い男、と思ったが、どうも女のようだ。長身で無駄な肉がいっさいついていない。青灰色の髪は短い。外套の下に重要な部位だけを守れるようパーツを抜いた板金鎧を着ている。その下は鎖帷子だろうか。
ヒカルは、彼女が左右にショートソードを吊っているのに気づく。
(二刀流か? 珍しいな。それに――あの格好は騎士みたいだけど……女騎士っていないよな、確か)
「いいか? 今ワシがいるのはここ。探査済みの範囲はここ。明らかに手抜きじゃろうが」
紙の束の一番上を指して言うガフさん。
どうやら地図のようだ。
「地図か……見ておきたいな。ラヴィア、ちょっとここで待ってて。動くなよ。『聖油』が効いてる範囲から」
「ヒカルは?」
「偵察」
ドアからするりと抜け出すと、ヒカルは「隠密」を発揮する。
足音は殺して歩く。男たちの中に「直感」持ちがいると面倒だ。
「探知」系を持っている人間は少ないが「直感」は割とごろごろいる。
「あと1日、せめて『壁』の向こうとやらに行くのは――」
イス代わりに座った、中程から崩れた壁。
ガフさんは紙の束を自分の横に置く。
ヒカルはそこへと近づいていく。
対象まで5メートルを切ったので、ソウルボードを呼び出してみる。
Cランク冒険者たちはなかなかの数値だったが、特別すごいわけでもない。「弓」4と「精霊魔法」の「水」4が目を惹くくらいだ。連携を軸にした総合力で戦う、という感じだろうか。
(で、こっちのジイさんは――)
【ソウルボード】ガフラスティ=ヌィ=バルブス
年齢62 位階10
50
【魔力】
【魔力量】1
【精霊適性】
【土】1
【精神力】
【心の強さ】5
【信仰】
【聖】5
【直感】
【知性】
【演算】1
【言語出力】1
【記憶力】2
(ん……「ガフラスティ」? って、確か……このダンジョンに関する資料に書いてあった名前だな。古代ポエルンシニア王朝について知ってる歴史学者だ)
名前に「ヌィ」が入っているということは「子爵家」の人間だ。ガフラスティ自身が当主である可能性もある。正真正銘「貴族」である。
(さっきは「貴族」を否定していたけど……お忍びで来ているってことか? バレバレじゃないか)
冒険者に上から目線。着ている服はきらびやか。どう見ても貴族である。
(まあ、いい。それじゃ、こっちの女は貴族の護衛か)
【ソウルボード】アグレイア=ヴァン=ホーテンス
年齢21 位階26
12
【生命力】
【スタミナ】2
【免疫】
【疾病免疫】1
【毒素免疫】1
【魔力】
【魔力量】3
【筋力】
【筋力量】4
【武装習熟】
【剣】2
【長槍】2
【鎧】2
【精神力】
【心の強さ】2
【信仰】
【邪】3
【呪魂魔法】1
【直感】
【直感】6
(……「呪魂魔法」? それにミドルネームが「ヴァン」ってなんだ? ローランドの知識にもない——)
「!」
アグレイアが振り返り、ヒカルを見据える。
ヒカルは思わず動きを止めた。
魔導ランプの明かりはガフラスティに遮られ、ヒカルのいる辺りは闇に沈んでいるはずだ。
それなのにアグレイアはヒカルをにらんでいる。
(そうか——「直感」6! 騎士団長レベルじゃないか!)
「どうした、アグレイア」
「……バルブス卿、確証はありませんが、ネズミがいるかもしれません」
「!」
ガフラスティが立ち上がり、振り返る。
「王家の者か!?」
「いえ、そこまでは——」
「殺せ!」
「はっ」
ふたりのやりとりについていけないのが冒険者たちだ。
「おいおい、ガフさんよ、なに言ってる……そっちの姉さんはまったく戦ってなかったじゃないか。魔法使いなのか? 剣を二振りも吊ってるのに——」
アグレイアは冒険者たちを無視して呪文を詠唱する。
「『深淵に棲みし大神よ、その御力にすがることを許したまえ。我が名はアグレイア=ヴァン=ホーテンス。敵対せし者どもに微睡みを与えん』」
彼女の身体から淡い紫色の魔力が立ち上る。
それは周囲にふわりと広がっていった。一陣の風が吹きすぎたかのように。
「なっ、なんだこれ……ん? なんもない、か?」
「ちげぇぞリーダー! オルハンテが!」
冒険者のひとりががくりと首をうなだれ、身体が横倒しに倒れた。
「おい!? なにしたんだ、アンタ!!」
「騒ぐな、みっともない。寝ただけじゃ——ワシらに敵意があるものにのみ作用する魔法じゃ」
「敵意だって!?」
「ふん、依頼主であるワシらに腹でも立てておったのか、ぎらぎらした目を向けていたのう、その弓使いは。——して、どうじゃ、アグレイア」
アグレイアは暗闇を見据えていた。
しかし、小さく首を振った。
「いえ……なにもいません。私の気のせいだったようです。申し訳ありません」
「気にすることはない。用心に用心を重ねたいがためにお前を我が護衛につけた。それは誇ってもよい……」
言いかけたガフラスティは、その場に固まった。
「……バルブス卿?」
「な、ない!」
ガフラスティは、指差した。それは今まで自分が座っていた場所——その横だ。
「ワシのファイルがなくなっておる!!」
アグレイアに疑われた——そうわかってからのヒカルの行動は早かった。
「隠密」が効いているうちにアグレイアとの距離を詰めたのだ。そしてガフラスティのファイルを奪い、逃走。ファイル自体はガフラスティが立ち上がった拍子に石の陰に落ちていたので、なくなったことにもすぐには気づかれなかった。
特に悪事を働いたわけでもない人間からものを盗むのはどうなのか、という思いも一瞬湧いたが、すでに盗ってしまったあとだった。
(向こうもいきなりこちらを殺そうとしたし、中身だけ確認して返すことだってできるから別にいい。……いいよな? 一度死んだときに盗みを働いてから、僕の感覚はちょっと麻痺してきているんだろうか……)
それに、ヒカルには気になることもあった。
(あのジイさん、「王家」を警戒していた? それに「お忍び」でここに来ている——なんだか怪しいな)
ヒカルはラヴィアの隠れている家に戻ると、扉をしっかり閉めた。明かりが漏れないようにしたのだ。
直後、魔法が使われる気配があったがここはさすがに範囲外だった。
魔導ランプを点けてファイルを確認していく。
「ヒカル、どうしたの?」
ファイルの一番上はやはり地図だ。細かい書き込みが多いが、全体を見ると——。
「……ラヴィア、この地図なんに見える?」
「え? ええと……ん、これって」
ラヴィアも気づいたらしい。
「王都……ギィ=ポーンソニアに似ているわ」
「王都の中心部だけだけどな。やっぱりラヴィアもそう思うか」
ヒカルは王都の中心まで向かったので、大体の造りは覚えている。
「ざっと目を通す。ラヴィアも見ておいて——もろもろは後で説明する」
「わかった」
「魔力探知」では、まだガフラスティたちは場所を動いていない。ガフラスティがごねているのだ。「追え」とかいう言葉が聞こえてくる。
ファイルは分厚かったが、図や表も多かったので流し読みなら15分もあれば十分だった。
地図。
これまでの発見状況。
そして古代ポエルンシニア王朝に関する、考察。
『古代ポエルンシニア王朝は、古いとは言え、たかだか600年前には存在していた。にもかかわらず不自然なほど、当時の文献は残っていない。大陸統一を目前にしたほどの武力を持っていたはずなのに、だ。他国のほうがまだ残っているくらいである。崩壊に関しては1篇の詩が残るのみだ』
次のページが、最後のページだった。
『ポエルンシニアの王 魔術に秀でたり
精霊使役を超える魔術を編み これを王朝の礎とせり
ギィ=ポエルンシニアは栄華を極め 神民を名乗り 大陸を平らげんとす
暁の日 ギィ=ポエルンシニアは消ゆ』
消ゆ。
崩壊した、ということだろう。
気になる記述は多い。「精霊使役を超える魔術」。魔法ではなく「魔術」だ。
「自らの魔力」を媒介に「精霊に干渉する」ことで「超自然的な現象を引き起こす」のが精霊魔法。
回復魔法は「自らの魔力」を媒介に「相手に干渉する」ことで「相手の自然治癒力を倍加させる」。
一方で「魔術」とはヒカルがこの世界に来たきっかけ、「世界を超える術」のように、精霊魔法や神への信仰に属する魔法以外のものを指す。
ただしあまりに効率が悪いし、魔力触媒が——それこそ「霊石」とか——多く必要になる。
「暁の日」という言葉も気になる。
この世界に暦はあるが「暁の日」というものはない。どういう意味だ?
それに、ヒカルは気がついた。
「——『古代神民の地下街』か」
ダンジョンの名前の由来。
詩の中にも「神民」という言葉が出てくる。
「ヒカル、このダンジョンは古代ポエルンシニア王朝時代の街ということ?」
「ああ……いや、むしろ」
「?」
ヒカルは「魔力探知」に動きがあったのを感じた。
ゆらりと立ち上がったアグレイアがこちらに用心しいしい歩いてくる。
しばらくして、扉が開かれる。
アグレイアはそこに、ガフラスティのファイルを発見した——だがこれを持ち出した相手は、すでにどこにもいなかった。
回復魔法、援助魔法は「聖」3派生。
呪魂魔法は「邪」3派生。





