名探偵ケルベック
1話読み切りです。
ポーンソニア王国の王都には、周辺にいくつかの「衛星都市」がある。
それらは、ほどよく整理されてほどよく無個性だった。
そのうちのひとつ、ポーンドの地下居住区画——行政の管理する台帳にはそんな名称の区画はない——に拠点を構えているのが「盗賊ギルド」だ。
ケルベックはその責任者だった。
「あ〜〜〜、クソッタレ。やっぱし麓で1泊するべきだったか。いや、だけどそうすっと向こうに着くのが1日遅れることになるしな……」
赤い、炎を模した入れ墨が額から右頬、首筋、身体へと走っている。
身長は高くがっしりとした筋肉質の身体。
旅をしているにしては軽装のケルベックは、今、クインブランド皇国とフォレスティア連合国の国境付近にいた。
フォレスティアには妹であり錬金術師のケイティがいる。
ヒカルのおかげでケイティと再会を果たしたのだが、ふたりとも仕事があるので別々で生活している。
仕事にかこつけてケイティに会いに行ける——そう思ってこうしてポーンソニアを飛び出してきたのだ。
途中でヒカルにまた会ったりしたが、ヒカルの大仕事(黄金の発見)を見届けることもなく急ぎ足でフォレスティアに向かっているあたり、この男、なかなかのシスコンである。
先を急いだせいで「今日は山越えは止しときなよ、旦那。山には、見たら呪われる、人食いの化け物が出るって話だぜ」という麓の町人の意見を無視した結果が、山中で日の入りを迎えてしまった今である。
——まず、山を舐めて掛かると痛い目に遭う。平地を行くよりはるかに体力が必要だ。
とはケルベック自身の口から出てきた言葉だが、山を舐めきっていたのは誰かという話だ。
「おっ。あんなところに明かりがありやがる。ラッキー」
もう足元すらおぼつかない暗さだったが、それだけに、その家の明かりが見えた。
山道を外れてさらに細い道を進むと、数分で家に着いた。
ふつうの家ではない。
大樹にへばり付くように建てられた小屋で、枝や木の皮を使って作られていた。
「……ひっひっひ……美味そうな肉じゃないか……」
中からはおどろおどろしい老女の声が聞こえてくる。
次いで、シャーッ、シャーッ、という包丁を研ぐ音。
「ふうん、なるほどね……」
小屋の外でケルベックはあごに手を当ててつぶやいた。
「さては今、料理中なんだな? こりゃいいタイミングで来たぜ。腹が減ってたんだ」
のっしのっしと歩いて小屋へと入るケルベック。
「よう」
「ひぃっ!?」
いきなり入ってきたケルベックに、ぎょっとして振り返る老女。
髪はボサボサで着ている服も粗末だった。
彼女が屈んでいたそこには、血まみれの肉と、臓物が転がっていた。
むせかえるような血のニオイと、竈から出る煙のニオイとが混じって混沌としていた。
「な、な、なんじゃお前! さては山賊か!?」
包丁を向けてきた老女。
「あァッ!? こんなイケメンの山賊がいるワケねーだろうが!」
わけのわからない反論をするケルベック。
「それじゃあなんなんだい!? 人んちに勝手に入ってくるんじゃ——」
ハッ、として老女は振り返り、血まみれの肉を見る。
「……見ィ、たァ、なァ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
老女の口が吊り上がり、地の底から湧き出るようなおどろおどろしい声が響き渡る。
子どもが聞いたら確実に泣き出してお漏らししてしまうほどの恐怖を呼び起こす声だ。
そして老女は包丁を構えた。
包丁からは赤い血が滴り落ちた。
ケルベックは、
「おう、見たぜぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「えっ、なにその反応」
「飯作ってんだろ!? 俺にも食わせろ!」
「えっ」
老女にびびることなくずかずかと踏み込んできた。
「こりゃあ、デケェの仕留めたな。鹿か?」
「お、お、お前……怖くないのかい」
「なにが」
「こんな山奥で、ひとりで住んでるアタシがだよ!」
「俺だって地下の下水の奥に住んでんぞ」
「こんな夜に、肉を斬ってんだよ!」
「下処理がダメ過ぎる。血まみれじゃねえか」
老女はぽかーんとしていた。
これでも麓の街じゃ「人食いババア」とか呼ばれて恐れられているのに。
「ははーん……読めたぜ。アンタ」
ケルベックは人差し指を老女に突きつけた。
ぎくりとして老女が身体をすくめる。
「滑落して死んだ鹿を拾ってきたな? だからこんなぐちゃぐちゃなんだ」
「そっちかい!」
「違うのか?」
「違わないけども!」
「やっぱしアタリじゃねえか。俺はよ、これでも『チンピラにしておくにはもったいないほどの推理力』って言われてんだぜ」
「なんの自慢!?」
老女は、はぁ〜っ、と脱力した。
「……血はだいぶ残っちまってるけど、下ゆでして、煮込んで、臭み消しを入れればなんとでもなるよ。手伝いな。そしたら食わせてやる」
「おお、そうかそうか」
ケルベックが腕まくりして肉を触ろうとすると、
「手を洗ってきな。裏に湧き水がある」
「あ? めんどくせえ、別にいいだろ」
「手、を、洗、い、な!」
「おー、おっかねえ」
さっきはちっとも怖がらなかったのに、ケルベックはそんなことを言いながら小屋の裏手に向かった。
「……なんなんだい、アイツは」
老女の作った料理は大雑把で大味だったが、山登りをしてきたケルベックには十分美味しく感じられた。
老女ひとりぶんの食事だったら、半分を干し肉にしたりして数日は保つはずが、ケルベックはすべて食べてしまった。
「おいババア、寝るところは?」
「……そこだよ。だけどアタシひとりぶんしかないからね」
「おやすみ」
「だからそこはアタシんところだって言ったろ!?」
「ぐ〜〜〜〜〜ぐ〜〜〜〜〜〜」
「こんの……!」
枯れ草を敷いた寝台で、すでにケルベックは寝息を立てていた。
身体が大きいのでふたりで寝るなんてとてもではないがかなわない。
老女は、粗末なイスに座り込んだ。
「怒るのもバカバカしい……」
ふと思う。
「……誰かとこんなに話をしたのはいつ以来かね……」
人が生きていく最低限のものしかない小屋。
棚に置かれてある数少ない「文明」を感じさせるもの——それは櫛だった。
この櫛がふだんから使われていないことは、ぼさぼさの老女の髪からしてもわかる。
「……ふん」
老女は剥き出しになっている大樹の幹に背中をもたせると、そのまま寝入った。
うるさいほどの鳥のさえずりで老女はいつも目を覚ます。
「ん……んっ!?」
目を覚ましたとき、彼女は自分が寝台にいるのに気がついた。
そこにいたはずの大男、ケルベックはいない。
まさか夢でも見ていたのかと思うけれど、昨晩ケルベックも使った食器がふたりぶん、そのままになっている。
「……それじゃ、あの大男はもう出発したってことかね。ま、そうだろうね」
お互いの素性を詮索したりしなかったし、名前すら知らなかったが、彼は先を急いでいるふうだった。
夜明け前に起きて、さっさと出て行ったといったところだろう。
「さて……腹は減ってないから、朝飯はいいか」
昨晩、肉を食べたせいでまだ胃の中に肉があるような感じがある。
老女がそうつぶやいたときだ。
「あ? そうかよ。そんじゃこいつは俺がひとりで食うか」
小屋の中に入ってきたのはケルベックだ。
その手には数羽の鳥がある。
「お、お、お前……どうして」
「これか? 俺はちっとばかし魔術が使えるからよ。鳥を仕留めるくれえは余裕だ」
そうではない。「どうしてここにいるのか」と聞こうとしたのだ。
だけれど老女はそれを言う元気もなかった。
どうせこいつとは会話ができないと思っている。
「そんじゃ火をおこすか」
ケルベックが食事を作ってくれた。
羽をむしるのも、さばくのも、手慣れたもので、彼が作った鳥のスープは空腹ではなかったはずの老女も思わず食べてしまうほどだった。
温かな食事だった。
「よし、俺はそろそろ行くぜ。ババア、世話になったな」
「……世話になったのは……」
「あん?」
誰かと食べる温かな食事、誰かとする会話。
自分のほうが受け取ったものが多いと老女は言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。
正直に感情を表すには、彼女は人里から離れすぎていた。
「さっさと行け。もう道に迷うんじゃないよ」
代わりにそう言った。
「迷ってねえし。夜になっただけだし」
「山を舐めたら痛い目に遭うのはお前だ」
「……それは、まあ」
やけに素直に彼は受け入れたが、老女がその理由を知ることはない。
小屋から出たケルベックは「うーん」とひとつ伸びをする。
老女が見送りに出てくることもない。
「そんじゃな、ババア」
「…………」
返事もない。
だがケルベックは、
「その鳥、全部食ったら一度麓の街に行け。アンタの息子は気にしてたぞ」
「!?」
そう言葉を投げて立ち去った。
「……な、な、なんで……」
いきなりケルベックの口から出てきた「息子」という言葉に老女は動揺する。
我に返ってケルベックに話を聞こうと思ったが、そのころにはすでに彼の姿はなかった。
「…………!!」
棚に置かれてあった櫛は、誰かが手入れをしたのかピカピカになっていた。
昨晩見たのだから誰がやったのかは明白だ。
そしてその横に置かれてあった革袋——そこには金貨が何枚も入っていた。
革袋にはメモのように「宿泊費・食事代」と書かれてある。
「あのバカ……! どんな豪邸に泊まったつもりなんだよ!?」
声が思わず震えた。
「——か、母ちゃん、生きてたか!?」
それからしばらくして——。
まだ昼にもならない時間帯、山に入ってきたのは麓の街の男だった。
小屋にいた老女の無事を確認した男は、
「よ、よかった。昨日、遅い時間に山に入るって言った男がいたんだ。だから心配して——」
「……あたしゃ、山を下りるよ」
「え、ええっ!? どうしたんだよ、急に……まだ、母ちゃんを養っていけるほどの金も食い物もないし……」
「金ならある」
「? ——うわぁっ」
投げて寄越された金貨を手にした男は目を丸くする。
「か、母ちゃん、まさか山賊でも——」
「誰が山賊か!」
言った老女は立ち上がると、
「こんなベッピンの山賊がいるワケなかろうね!」
「ご、ごめんっ、でも——」
「あっははははははははは」
「——え?」
いきなり笑い出した老女に、息子はわけがわからない。
「身だしなみくらいは整えなきゃあね。あの男は『どこかへ向かう途中』って感じだった。帰りにここに寄るかもしれん」
老女は棚に置かれてあった櫛を手に取った。
それを髪に通すと、ぼろぼろと汚れが落ち、痛んだ白髪も切れていく。
だけれどその感覚は快かった。
汚れを落とし、改めて人間に戻ったような気持ちだったのだ。
「確かにアレは、チンピラにしておくには惜しい男じゃ……一体何者なんだかねえ」
1枚しか金貨を渡していないあたり、老女も十分にしたたかだった。
ふんふーん、と気の抜けたような鼻歌を歌いながらケルベックは山道を行く。
「あーあ、ちっとばかし渡しすぎたかな。まあ、フォレスティアに入ったらその街の『盗賊ギルド』に顔出して金を借りりゃいいか」
ケルベックが多額の金を置いてきたのには理由があった。
まず、麓の街で聞いた警告。
——今日は山越えは止しときなよ、旦那。山には、見たら呪われる、人食いの化け物が出るって話だぜ。
「見たら呪われる」と「人食い」というのは妙な話だ。
どうせ食われるのなら呪われるという部分にあまり意味はない。
そもそもからして「見ただけで呪われる」ようなものは錬金術師のケルベックが知る限り存在しない。見たら石化するメデューサ的なモンスターもこの世界にはいない。
そうなると、あの麓の人間は、「山登りを止めさせたかった」ということだろう。
止めないのならせめて「老女がいる場所には近寄らせたくない」と。
ではあの老女は何者なのか?
山中でのみすぼらしい小屋暮らし……研究者というふうでもないなら、答えは限られている。
口減らしのために捨てられた。
あるいは、なんらかの理由で街を追い出された。
「……麓の街も貧乏だったからなあ」
その両方だったかもしれない。
いずれにせよ、ケルベックに声を掛けてきた麓の街の男——おそらく老女の息子は、体格のいい、チンピラのようにしか見えないケルベックを老女に近づけたくなかったのだ。
だから、デタラメの警告をした。
家族がバラバラで暮らすことの寂しさを、ケルベックはよく知っている。
「大抵のことは金で解決できんだ。うまくやれよババア。……一宿一飯の恩義としちゃ、やっぱ高すぎたよなぁ、クソッタレ」
金があれば老女は麓に戻れるとケルベックは踏んでいた。
この世界のトラブルはほとんどが金で解決できる。
口減らしが原因だったならなおさらだ。
「——ま、過ぎたことは気にしても仕方ねえ。いくぞ!」
ケルベックは山を越えていく。
そうして国境も越えてフォレスティア連合国領へと足を踏み入れた。
なぜケルベックのストーリーなのか?
それは……
コミカライズ版「察知されない最強職」の1巻が、ついに8/3(公式は8/4)に発売されるからです!
コミカライズではケルベックやウンケンの姿を見ることができるんですよ。
誰得? 私得です。
ウンケンさんはWeb版では非業の死を遂げますが、書籍版ではしっかりがんばってくれています(存命)。
このページ下部に書籍紹介ページへのリンクを貼りますので、是非とも見てみてくださいませ。
また同日発売のヤングエースの表紙も「察知されない最強職」になります!
こちらも是非書店でご確認ください〜〜!!
あっ、久々にレビューもいただきました。こちらもありがとうございます!





