旧世界との(一方的な)再会
この世界には滅多に黒髪がいない。
ましてや黒目とセットならばなおさらだ。
ヒカルはとっさに物陰に隠れた。ホットドッグ屋の店主がこっちをじーっと見ているのが怖いが、物陰には隠れた。いや、目の前で偉そうに女の子がしゃべってるんだからそっち見ろよ、と思うが、店主はヒカルを見てくる。なんなんだ。
ヒカルは「職業」を「隠密神:闇を纏う者」に設定し、「隠密」を起動する。そして物陰からそっと出た。
「ああ、ホットドッグ! 懐かしいわ! と言ってもそれまで食べたものでもないけどね!」
「…………」
(だからなんで店主は僕を見るんだよ! 見えてるのか!?)
ヒカルが左に動くと店主の目も左に、右に動くと右に、ついてくる。「隠密」の効果ははっきり出ているはずだ。その証拠に道行く人たちはヒカルにまったく気づかない。なのに店主だけは見ている。
「ちょっと店主、聞いているの!?」
「ああ」
「どこ見てるのよ!」
「ああ」
生返事なのが怖い。すわ、「隠密」の効かない敵が現れたか、とヒカルは店主のソウルボードを確認したくなるが、そんなことより黒髪黒目の少女が先だ。
彼女との距離が5メートルを切ったところでソウルボードが出現する。
(!?)
そこに現れていた表示には――ヒカルも、さすがに固まった。
【ソウルボード】セリカ=タノウエ
年齢17 位階104
29
(名前——は予想できたけど、位階なんだよこれ!? 104!?)
今まで見たことのない数値だった。
そもそも100を超えられるのだということすら知らなかった。
そのスキル構成は——。
【生命力】
【自然回復力】4
【スタミナ】4
【免疫】
【魔法耐性】5(MAX)
【疾病免疫】1
【毒素免疫】3
【魔力】
【魔力量】19
【精霊適性】
【火】5
【風】5
【土】5
【水】5
【精霊の愛】3
【魔力の理】0
【魔法創造】2
【器用さ】
【道具習熟】
【薬器】3
思わず二度見してしまった。
「魔法耐性」——「免疫」系はおそらく5がMAXなのだろう、それはいい。
だが問題は「魔力」だ。
「魔力量」は19/30という数値。ラヴィアの11/30ですら相当の魔力量だというのに、その1.5倍だ。化け物じみている。
さらには「精霊適性」すべてが5というのもおかしい。ラヴィアの「火」6が図抜けてすごいものであることは、国王が彼女の力を欲したことからも確かだ。なのに、オール5。さらに「精霊の愛」という謎のスキルが3まで上がっている。
(これはアレか? 各種適性を平均化したりするスキルか?)
わからないことばかりだ。「魔力の理」が0なので、燃費は悪そうだが。
(でもこれは1つ確定だな……コイツは、日本人だ)
ヒカルとほぼ同じ境遇だ。ポイントがかなり余っていることからも、ソウルボードを確認できるのではないのだろうとは思う。だがこの年齢でここまで「位階を上げまくった」——つまり「レベルを上げまくった」というのはいかにも日本人的な発想だ。
なぜ人はRPGでレベルを上げるのか? ——そこにレベルがあるからさ。
とか言いたくなるほどにレベル上げが好きな日本人は多い。
「魂の位階を上げれば絶対いいことがあるはず」と無条件に信じられるのもRPGを経験しているからだろう。
(それにコイツは、十中八九「東方四星」のメンバーだ)
この数値上の強さ、さらに、お付きの人間もいない——となれば冒険者だろう。冒険者でこれほど強いのはランク上位。彼女がランクBだと聞いてもヒカルは驚かない。むしろもっと上ではないかとすら思う。
それほどの強者がポーンドに「偶然」いる可能性はないだろう。女性ばかりのランクB冒険者パーティー「東方四星」であると見て間違いない。
(……おい、おいおい。まさか他の3人も日本人とか、そういうオチはないだろうな?)
異世界転移のワゴンセールかよ、と言いたくなる。
(落ち着け、僕。この人が敵対するとは限らない。むしろ同じ日本人だったらそれなりの共感を得られるのでは? ……いやしかし、素性を明かすのはナシだな。「東方四星」は有名人だ。僕がつながりを持っていい相手じゃない。ラヴィアが危険だ)
ラヴィア、と考えて、ヒカルは思い直す。
(待てよ——むしろ「東方四星」はなんのためにポーンドに来たのか?)
彼女たちとポーンドを結びつけるのはたったひとつ。
本来「東方四星」が受けるはずだった、モルグスタット伯爵令嬢の護送依頼。これをランクCパーティーに横取りされた——これだけだ。
横取りされた彼女たちがなにを考えたのか?
それは推測するしかない。だが、ラヴィアのことに関心を持っていると見ていいのではないだろうか?
(接触は禁止だ。絶対近づかないほうがいい相手だこれ)
ヒカルはひっそりとまた離れていく——。
「…………」
(だから店主はなんでこっち見てんだよ!)
ヒカルはそそくさと逃げ出した。
「ちょっと店主」
「ああ」
「どこ見ているのかと聞いているのだけど!」
「猫」
「猫ぉ? ——ほんとうだわ!」
ヒカルは気づかなかったが、道路脇に、野良猫が数匹歩き回っていた。店主はそれを目で追っていたらしい。
セリカが喜んで走っていくと野良猫たちは逃げ出した。
「——というわけで『東方四星』の動きが気になるから今日1日かけて調査してみる」
「わたしは構わないけれど……大丈夫なの? かなり実力のある人たちなんでしょう?」
心配そうな表情をするラヴィアは、サンドイッチをぱくついた。ホットドッグをヒカルが買ってきてくれるのでは、と多少期待していたようで、サンドイッチを見て少しだけしょんぼりしていた。
「大丈夫。僕ならバレない、絶対——たぶん」
先ほどのホットドッグ屋の店主をちらりと思い出して「たぶん」と言い直してしまった。屈辱である。
「不自由だろうけど、せめてこれ読んでいて」
「わあ、貸本!?」
「冒険ものはラヴィアが読んだことあるものばかりだったから、ちょっと違ったものにした」
それらは実用書だった。
植物図鑑、モンスター図鑑、ダンジョンについての研究——。
ラヴィアが目を輝かせる。主人公のいない本ばかりだが、この知識を使えば自分たちが主人公の冒険が始まるのだ。
「ありがとう、ヒカル!」
「そんなに喜ばれるとはね」
大喜びのラヴィアにほっこりしながらヒカルはホテルを出た。
まず向かったのは冒険者ギルドだ。「東方四星」がいる可能性があると踏んだのだ。敵を知り己を知れば百戦して危うからずである。
* *
「ギルドマスターにおかれては、忙しいでしょうに。申し訳ありません」
「いいや、ランクBが来たとあっては相手をしないわけにはまいらんよ」
「そう言っていただけると、多少気持ちが楽になります」
「して——なぜ『東方四星』がポーンドに?」
ウンケンは、たずねつつもティーカップを手に取った。
ギルドマスターの執務室。その応接用ソファに腰を下ろしている。
淹れたばかりのお茶は湯気を立てている。
「その理由は、ギルドマスターこそおわかりのはずでしょう?」
「わからんからこうして聞いている」
「……そうですか」
カップを傾けて熱い茶をすする。
だがウンケンの視線は目の前の相手に注がれている——見たところ、20歳にもなっていないであろう女に。
美しく豊かな金髪をシニヨンにしている。ぱちりとした碧眼はウンケンをとらえて離さない。
すらりと通った鼻梁も、健康的なピンク色の唇も、いかにも健康的な美人という印象を与える。
若い男は彼女を放っておかないだろうが、残念ながらウンケンは200歳を超える異種族だ。すっかり枯れきっている。
「東方四星」のリーダー、「太陽乙女」とも呼ばれるソリューズ=ランデは単体でもランクBの冒険者である。
身に纏った銀色の胸当ては、表面に見事な装飾が彫り込まれており芸術品のようですらある。薄手のマントやインナーの服は上品なベージュでまとめていて、清潔さが際立っていた。
この清潔さは、ある意味「異常」だ。外を歩けば土埃が舞い、戦えば血しぶきを浴びる冒険者にとって本来、こんな色の服を着るのは「バカげた行為」である。すぐに汚れるのだから。
にもかかわらず彼女がそんな服を着ている——おそらく常用している——それは、彼女が「すぐに新品を購入できる財力を持っている」からか、あるいは、こうして「それなりの立場にある人間と会う仕事が多い」せいかもしれない。
「モルグスタット伯爵令嬢の護送……私たちの依頼を奪ったのはポーンド支部だと聞きましたよ?」
「『奪った』とは言葉が悪いな。きちんとした手続きを経たはずだ。王都ギルドも了承済みだと報告を受けている」
「確か手続きを行ったのはサブマスターだとか」
「ああ……彼は今、いないがな」
ウンケンは苦い顔をする。
サブマスターは3日前から「夏風邪のために静養したい」と急にポーンドを離れ、実家に戻っている。
今になって思えば、彼はどうにかして「東方四星」がここに来ることを聞き、逃げたのだろう。
「ギルドマスター。私は、あなたに謝罪を求めているのではないのです」
「ではなにを望むのかね?」
「『依頼のやり直し』です」
「……は?」
これはさすがに予想外の申し出だった。
伯爵令嬢はすでに逃亡した、あるいはさらわれた。やり直しもへったくれもないはずだ。
「私は、私たちの依頼達成率が100%であることを誇りに思っています。ですから、奪われた依頼が失敗となり、ケチがつくのが気持ち悪いのです」
「それで依頼のやり直し……護送すべき相手もいないのに?」
「ギルドマスターには許可をいただきたいだけなのです。私たちが『伯爵令嬢失踪の調査』をすることを。冒険者ギルドのお墨付きがあれば、動きやすくなります」
ウンケンにとってそれは難しい頼みではなかった。
それに彼自身、今回の事件にはどこか気持ち悪さが残っている。
「わかった。こちらとしてもできる限り協力する。……サブマスターは、見つけたら絞り上げておく」
「そうなさったほうがいいでしょうね」
サブマスターが、手柄を立てたいがために焦ったのは間違いない。
貴族からの依頼。指名依頼だが、指名先の冒険者が帰ってくる気配がない。これを、自分の力で成功させれば、貴族からの覚えもめでたくなる——おそらく声をかけたランクCの冒険者も、報酬の大きい仕事を回す代わりにしばらくポーンドで活動する、といった条件もつけたのではないかとウンケンは見ている。ポーンドにはランクDまでの冒険者しかいない。そこへ、ランクCをスカウトしてきたとしたらそれもまた大きな手柄だ。
「……大きすぎる野心は身を滅ぼす……か」
「その通りだと思いますわ」
「さて、では詳細だが——」
それからウンケンは、ソリューズとともに事件についての話をした。また、調査できる範囲などについても教え、ポーンドの地図を貸与することにも同意した。
あらかた話が終わり、ソリューズは立ち上がる。これからパーティーメンバーと合流するのだと言う。
「なにかあったらワシのところに来なさい」
「はい。それでは——」
執務室を出たところで、ソリューズはふと足を止めた。
「……ギルドマスター。この2階には他に部屋がありますか?」
「うん? サブマスターの部屋がそこにあるが」
「無人……ですよね?」
「ああ。誰かがいれば気配でわかる。無人だ」
「そうですか……」
「なにか気になるのかね」
「いえ、誰かがいたような気がしただけです。どうやら、早く調査したいと私の気持ちも焦っているようですね」
「……確かに令嬢の足跡は時間が経てばどんどん消えていく。気が急くのもわかるが、君まで焦るとよくないぞ」
「はい。それでは」
そうしてソリューズは冒険者ギルドを去っていった。
セリカちゃんはアホの子。





