ちょっとした仕込み
冒険者ギルドのカウンターにいた受付嬢グロリアは、ヒカルの取り出した「納品物」を見て頬をひくつかせた。
「ヒカル様、これは……」
「納品依頼が出ていたと思ったけど?」
「それはそうですけども——」
ヒカルが担いでいた袋いっぱいに、入っていたのだ。
グリーンウルフの背中にしか生えないという特殊な苔、「狼草」。
人間が近寄ると空に溶けるように飛んで消えてしまうという蝶、「ミラージュバタフライ」。
フォレストバーバリアンが栽培しており人間には入手不可能と言われる花、「まどろみ蘭」。
乾燥させ、お茶にすることで、幼児期に発症するごく珍しい奇病を治癒することができる果実、「枯虫枇杷」。
それ以外にも、数十という「手配モンスター」——危険度が高いために見つけ次第討伐することが推奨されているモンスター——たちの討伐証明部位。
それらを一気に取り出したものだから、閉店間際のギルドに少数残っていた冒険者たちはざわついた。
ちょっと急ぎすぎたかという気もしないでもなかったが、ヒカルとしてはグロリアを見ていると——彼女の後を尾けた夜、部屋をのぞきこんで見てしまった彼女の裸体が目に浮かんでしまうのである。
これで「落ち着いてやれ」と言われても無理な話だった。
「ヒカル様。これらを一気に納品するとおっしゃいます?」
「うん」
「うーん……おおよそ、ランクFからEに上がるために必要な、依頼量の……そうですねえ、半数をこなす量となりますが——そう言えばランクFになられたのですね。おめでとうございますぅ」
「ありがとう。——それで、査定は?」
「いたしますけれども、量が量ですよ。不正がなかったかどうか——」
「構わないよ。調べてくれて」
ヒカルが堂々と言ったものだから、グロリアは意外そうな顔をした。
「ふつうは嫌がるものなんですけどねぇ」
「横取りしたとか、他の冒険者を襲って奪ったとか、調べるのはそういうことだろう? 調べられて困ることはない。——ただあらかじめ言っておくけど」
ヒカルはグロリアに顔を寄せた。自然とグロリアも顔を寄せる。
「……買ったんだ」
「買った?」
「しっ。声が大きい」
ヒカルは唇に人差し指を立てて、あえて冒険者たちを気にするようにした——自分は「外聞」も気にするんですよ、というアピールだ。
「大森林に立ち寄ったらしい狩人集団がいてね。彼らから買い取った。結構高くついたけれどね——でもそれは不正ではないだろ?」
「それは……そうですけども。でもヒカル様? 高くついてしまえば、大損ではありませんか。昆虫や植物の納品はお金になりますが、討伐モンスターは素材を持ち帰らないと、手配金は出ても大きな金額にはなりませんよ?」
「うん。損が出ることは覚悟している」
「……ヒカル様、ランクを上げたいのですか?」
「ちょっとした事情でね」
「その事情がなにかをうかがっても?」
「……んー、それは秘密で」
ヒカルはわざともったいぶった。
とりあえず仕込みはこれでいい。あとは勝手にグロリアが想像するだろう。というか、グロリアがヒカルを疑うぶんには構わない。他の冒険者たちが「あいつは金で素材を買って、ランクを上げたんだ」と思ってくれることが重要だ。
ランクEは「ダンジョン入場許可」のために絶対必要だ。危険が伴うダンジョンに入る許可なのだから、ランクEというのはそこそこの冒険者でないとなれないのである。
なのに、冒険者になって日の浅いヒカルがランクEになれば目立つ。確実に目立つ。目立てば自然とラヴィアにも目が行くかもしれない。それをごまかすための「金で買った」という「アリバイ」だった。
「あのガキ、どっかのボンボンか?」
「金でランクを買うとかマジかよ。腐ってんなー」
冒険者たちはヒカルが思い描いた反応をしてくれる。図に当たりすぎて少々怖いくらいだ。これはこれで目立つが、自然な目立ち方だ。「期待の新星」とかなってしまうほうがよほど恐ろしい。
もちろん「狩人」うんぬんは全部ウソだ。全部自分で倒し、全部自分で採取したのだから。
ウソなので、ギルドが調査のために「狩人集団」を探そうとしても見つかるはずがない。見つからなければ「どこかに移動したんだろ?」とヒカルが言えばそれで終わりだ。
「そうだ、グロリアさん。査定に時間がかかるならお金を下ろしておきたい。実を言うと財布がすっからかんなんだ」
これもウソだが、信憑性を高めるための芝居だった。
ヒカルは1万ギランをおろしてもらった。
「ありがとう。それじゃ、査定、よろしく」
「あっ、ヒカル様」
立ち去ろうとしたヒカルをグロリアが呼び止める。
まずい、なにか感づかれたか——。
「なにかな」
平静を装って振り返る。
「ジルが怒っていましたよ?」
「……なんだって?」
「ジルが、怒っていました。彼女が言うには『アタシに黙って勝手に王都に行くとか信じらんない!』だそうです。お土産を期待しているふうでもありましたねえ……もちろん、私も期待していましたけど」
「!?」
お土産? は? そんなもの買ってこなくちゃいけないの?
冷や汗がダラダラ出るヒカルである。グロリアはにこにこしている。この裏のありそうな笑顔を見て、ヒカルは気がついた。
おそらく半分くらいグロリアはヒカルの意図を見抜いている。「ひょっとしたら半分くらいは誰かから買ったかもしれないが、残りは自分で取ってきた。ヒカルは目立ちたくないが一心でウソをついた」くらいは考えている顔だ。
裏を返すと「ここでお土産をくれればそのウソに乗ってあげてもいい」ということである。
だが、である。
お土産などない。
ないんである。
「……ヒカル」
そのとき、するりと近づいてきたのがラヴィアだった。ヒカルになにかを握らせる。
「……王都で流行ってた柄のハンカチ」
ヒカルは神に感謝した——ラヴィアというめちゃくちゃ気の利く女の子を自分に出会わせてくれたことに。
「ああ、そうそう、そうだったー。お土産なー。買ってきたよ、もちろん。趣味に合うといいのだけど」
棒読み、からの、精一杯の笑顔を浮かべてヒカルはグロリアに向き直った。
ハンカチを差し出す——2色の染料を使って染められた、一風変わった柄のハンカチだった。
「まあまあ。期待せずに言ったのですけど、ありがとうございます」
「王都で流行っているらしいぞ」
「これはジルに自慢できますねえ。……まさかジルにも同じもの、ではありませんよね?」
またしてもぎくりとするヒカルだったが、その後ろで、
「……問題ない」
ラヴィアがささやいた。
「あっ、ああ。自慢してくれて構わないよ」
「そうでしたか。それはそうですよね。ヒカル様ですものね。——お急ぎでしょうから、査定、早く終わるようウンケンさんにも話しておきますね?」
「ありがたい」
そうしてようやくヒカルは冒険者ギルドを出た。
外には夕闇が色濃く漂っている。
ギルドから離れたところで、ヒカルは塊のような空気を肺から吐き出した。
「まいった……ありがとう、ラヴィア。助かった」
「まったくもう、ヒカルは。さすがにちょっとしたお土産くらい、買っていると思っていたのよ?」
「ええ? そんなにお土産って重要?」
「相手に便宜を図ってもらうつもりなら、これ以上に有用なツールはないでしょう。ただでさえポーンドは王都の衛星都市なのだから、王都の動向はみんな気になるのよ」
「うう……」
「しかも相手は冒険者ギルドの受付嬢。気の利いた贈り物は『もらって当然』」
「ううう……」
「ヒカル」
「はい……」
「さっきのハンカチ、わたしが自分のために買ったものなの」
「ごめん」
ヒカルは素直に頭を下げた。
よもや、ヒキコモリのプロと言ってもいいラヴィアに、他人とのコミュニケーションを教わるとは思いもしなかった。
「……まあ、いいわ。お金はあなたからもらったものだしね」
「埋め合わせはなにか必ず」
「いいわ、ほんとうに。むしろ、あなたにもそういう抜けているところがあるとわかってうれしかったもの。完璧超人だったらわたしの息が詰まってしまう」
ちなみにジルへの贈り物は、手のひらに載るサイズのアクセサリーケースだという。ハンカチよりも高価だが、ハンカチのように持ち運ぶことができない。どちらもいい点があるので比較しづらいものがいいだろう、とはラヴィアの言である。
オーロラには上げなくていいのか、と聞くと、そこまで親しくない相手に渡しても逆効果のほうが多いという。
「いや……ジルもグロリアもそれほど親しいわけじゃないが」
と言ってみると、ラヴィアにため息をつかれた。深い、深いため息だ。
「あのふたりは親しさじゃなくて、ふたりの間にちょっとした対抗心があるの。だからお土産を渡さないという選択肢はないのよ」
「そういうものですか……」
ヒカルにはわからない世界だった。
これまでのとおりビジネスホテルに部屋を取った。フロントのネコミミ女性は「あー、もう来ないかと思ってましたよー」などと言い、客商売ってわかってる? と聞きたくなるような口調だった。
「そう言えば、フロントさん」
「なんですか、ヒカルさん」
「……(なんでそんなになれなれしいんだよ)王都に行ってたんだけど、王都ではギルドカードを確認しないんだよな。その代わりに犯罪者かどうか確認するのがあって」
「あの気味悪い石板ですよねー」
「気味が悪いかどうかは置いておくとして、石板、そう。でもここは石板じゃなくていちいちギルドカードを確認してる。どうしてだ?」
「そりゃー簡単ですよ。あの石板は王都一帯しか効果範囲がない魔法技術ですもん」
「……ほう?」
「ソウルカードやギルドカードは全国区、っていうか全世界で使えるじゃないですかー? でもあの石板はカード類とは違う技術ですからー、王都でしかダメなんですよ。や、正確には王都、各貴族の収める領都ですかねー。主要都市だけです」
ヒカルは内心ホッとしていた。
ギルドカードに類するテクノロジーなら、石板に触れたラヴィアの名前も参照されてしまうのでは? と思っていたのだ。
あれはほんとうに「犯罪記録」しか見ないらしい。となると、王都や主要都市の犯罪記録しか見られないことになるし、露見した犯罪しかわからないことになる。「ラヴィア」の名前で罪を犯していないなら問題ない。
「ポーンドはあの石板は使えませんからねー。そこで! あたしの出番ですよー」
人差し指をこめかみに当ててネコミミフロントはドヤ顔をする。
「ギルドカードを見れば、ばっちり覚えますからねー」
「記憶力か」
なるほど、アナログながらいちばん確実かもしれないなとヒカルは思った。
こういう職業をしている人は、顔と名前を一致させることが非常に得意、という人も多いし。
「そういうわけで安心してお休みください、ヒカリさん」
「……あ、ああ」
途端に不安になるヒカルだった。
残:27,190ギラン(+90,000ギラン)
これまでと同じように1部屋だけを借りた。ラヴィアとともに狭い布団で寝るのも、ヒカルだってイヤじゃない。それに、ラヴィアもヒカルを受け入れてくれるのがなによりうれしかった。
翌朝、ラヴィアへの昨日のお礼も込めて、朝食は多少高いものにしようと思った。どこかレストランやカフェに入るのもいいなと思っていたのだが、ラヴィアの体調はあまりよさそうではない。どうも、昨日、魔法をぶっ放した疲れがどっと出てきたようだ。
魔力の運用については気をつける必要がありそうだ。
ヒカルはラヴィアに頼まれて軽めの朝食を買いにひとり外へと出た。
(軽めの朝食……)
ふとヒカルは、そう言えばラヴィアは——あの激辛のホットドッグを食べていたなと思い出した。
王都に行っている間に、多少味は改良されただろうか? そろそろいい加減、どんぴしゃのホットドッグに仕上がっていてもおかしくないのだが——。
そう思い、ホットドッグの屋台へと足が向いた。
「……?」
するとホットドッグ屋の店主は、相変わらず筋骨隆々の男だったが、腕組みする彼の前にひとりの少女がいた。
ヒカルの目を惹いたのは彼女の格好だけではない——いや、格好もふるっていた。王都でもそうそう見ることのできない、上質の仕立てのローブを着ている。その色は白。光沢あるシルクのような白だ。袖や裾には朱色の糸と銀糸で魔法陣に使われるような紋様が描かれている。かなり上等なローブだ。それこそ、王宮の魔導師が着そうな。
だけれど驚いたのは格好ではなく、彼女の髪だった。
「なんてことなの!? こんな街でちゃんとしたケチャップにマスタードがあるだなんて!」
つややかで豊かな黒髪だったのだ。
それを左右、リボンで縛ってたらしている——まさしくそれはツインテールだった。
「このホットドッグ、合格よ!!」
黒髪黒目の少女が、そこにはいた。





