ゴブリンの集落
ヒカルはラヴィアとともに馬車で王都を出た。
「これからどこに行くの?」
「素材納品で依頼をいくつか達成させたい。なるべく早くランクEにしてダンジョンに行きたいからな」
「ヒカルってそんなにダンジョン好きだったかしら?」
「興味はあるんだよ、興味は」
剣と魔法のファンタジーでおなじみ、ダンジョンである。むしろダンジョンしかないゲームや小説だってある。
それにダンジョンならば他者の目を気にすることもなく能力を発揮できる。
「ラヴィアだってダンジョンに行きたいだろ?」
「えっ? え、ええ……そうね、ヒカルがどうしてもって言うなら行ってもいいのだけれど」
耳にかかった髪をかきあげてみたり、短髪にしたせいでさらされているうなじを触ってみたり、明らかにそわそわしているラヴィア。
ヒカルは知っている。ラヴィアが王都で借りていた冒険小説のほとんどがダンジョンにまつわるものであることを。これからダンジョンに行けるかもしれないと思って、そういうものをたっぷり借りたのだろう。滞在中に全部読み切ったらしい。
「まあ……僕らはまだまだ駈け出し冒険者だ。とりあえずモンスターハントと行こうか」
朝いちばんの馬車はポーンドに向かうにはぐるりと大回りするルートを進んでいく。
ヒカルが目指したのは湖——その奥。以前、ポーラたちと出会い、ゴブリンリーダーを倒した森だ。
いろいろと試したいことがあったのだ。
湖のほとりで、ヒカルはラヴィアに説明する。
「まずはふたりで忍び寄って叩く」
「ふたりで?」
「攻撃するのは僕だけだ。君は手をつないでついてくるだけでいい」
「わかったわ」
ヒカルの「隠密」の秘密はまだ明かしていないものの、その性能については信頼を置いているらしいラヴィアは、二つ返事で了解した。
ヒカルには試したいことがいくつかある。
1つ目が、「パーティー機能」だ。
冒険者がパーティーを組んでいるのは知っていたが、これは冒険者ギルドにそう届け出をするだけのものらしい。ギルドカードの恩恵があるとかそういうものではないようだ。
ヒカルが気にしているのは魂の位階である。たとえば回復魔法使いは前線で剣を振らない。それでも位階が高い者もいる。彼らはどうやって位階を上げているのか?
ローレンスとの戦いは激しかったが、ヒカルの魂の位階は上がっていない。やはり相手の命を奪わなければ上がらないらしい。
「すごい……」
グリーンウルフが5メートルほど先を歩いている。それほどまでに近づいても彼らはヒカルとラヴィアに気づかない。
思わずラヴィアがぽつりとつぶやいてしまったが、ぴくりと耳を立てただけで、グリーンウルフは気にせず樹木の根っこのニオイを嗅いでいた。
(……声は立てるなよ)
(ご、ごめんなさい)
ごく小声でささやきあうと、ヒカルはラヴィアとともにグリーンウルフに接近した。
一撃——首筋に「腕力の短刀」を差し込むと、狼の命はなくなる。
「!?」
その瞬間、ラヴィアの身体がびくんと震える。
ヒカルは手早くグリーンウルフの背中に生えていた苔をむしり取る。グリーンウルフの背中にしか生えないという特殊な苔「狼草」で、これを納品するという依頼があるのだ。
もぞもぞと動くラヴィアを連れてグリーンウルフの亡骸から離れていく。他のグリーンウルフが近づいてきそうだった。
「——位階が上がった?」
「たぶん、そういうことだと思うわ」
魂の位階が上がる現象についてはふつうに知られている。実際、ヒカルがラヴィアのソウルボードを確認すると、
【ソウルボード】ラヴィア
年齢14 位階7
1
となっていた。
(ラヴィアはなにもしていないのに、魂の位階があがった。これってパーティーだから、ってことだよな? パーティーの概念は「ある」と考えてもよさそうだ。でもその概念について明確にされてはいない……なぜだ?)
ヒカルはいくつかのパターンを考えた。
1つは「魂の位階を上げること」そのものにたいして価値を置かれていないから、研究が進んでいない。
2つは「科学的なアプローチで研究・実証する」といった考え方がこの世界では弱い。
3つは「かなり極端な制限下でのみパーティー効果が発揮される」ために実例が少なかった。
なんとなくそのすべてが理由ではないかという気がしていた。
理由を明らかにすることが今回の目的ではないので、今は割愛する。
ヒカルとしてはラヴィアが自分の近くで戦うことでお互いに魂の位階を上げられるのであればそれだけで十分だった。
ポイントは温存。なにかあったときに使ってやろう。
「次は魔法についてなんだけど、魔法を限界まで使ったらどうなる?」
「気を失って倒れるわね」
「その後、目が覚めてからは?」
「死ぬほど気分が悪くなるけど、それで死んだという例はほとんどない……はず」
「そうか。君は確か、初級の『ファイアブレス』なら休憩なしで30発くらい撃てると言っていたけど、ぴったり30ではないわけだよな? 余裕を見て30と言った」
「ええ、そう」
「じゃあ次の実験は、君が魔力量の限界を知ることだ」
それはダンジョンに潜る上では必須の実験だった。
(僕の特技は隠密で、ラヴィアは火魔法。このふたつはさほど相性がよくないんだよな)
魔法を使えば周囲の敵を呼び寄せてしまう。魔力切れで気絶しても回復できる術がなく、ラヴィアを背負えばヒカルの機動力が制限されてしまう。
「とはいえ魔法をぶっ放すのに最適の相手っていうのもないんだよな……やっぱり適当な目標を決めて撃つしかないかな?」
森を歩いていく。目印は太陽の位置だ。時間経過によって位置は変わっていくので気をつけなければならないが。
奥に行けば行くほど強いモンスターが出るという話もあるが、はたして。
「むっ」
ヒカルはそのとき、見つけた。「魔法をぶっ放すのに最適の相手」を。
「あれ見えるか?」
「わぁっ、あれがゴブリンの集落!? 初めて見た!」
「……ゴブリンの集落を見て目をきらきらさせる伯爵令嬢は君くらいのものだと思うよ」
「元よ、元伯爵令嬢」
ヒカルたちから100メートルほど先に、開けた場所があった。開けているのは木々が切り倒されているからだ。その犯人は、ゴブリンである。
ゴブリンは切り倒した木材を使って簡易な住居を作っている。
ヒカルが倒したゴブリンリーダーと同じファミリーかどうかはわからないが、50から100程度のゴブリンがいるのではないだろうか。
陸上トラックの内側くらいの広さに渡って、ゴブリンの集落となっていた。動物の肉を焼き、笛を吹いては踊っている。なかなか平和に見える——のだが、その一隅には人間のものとおぼしき馬車の残骸や、服の切れ端が積まれている。殺されたのだろう。
「ここで待っていてくれるか? 数分で戻る」
「えっ」
「集落内にさらわれた人間がいるかどうかだけ確認したいんだ」
「…………」
不安げな顔をするラヴィア。確かに、こんな場所に放置されるのはイヤだろう。
だがふたりでいけば、ショッキングな光景を目にしてしまうかもしれない。ゴブリンは人間の女を苗床に個体数を増やすこともできるのだ。
すでに人間が殺されている以上、誰かが捕まって、生かされている可能性は排除できない。
「僕ひとりなら走ってすぐに戻れる」
「……わかったわ」
ラヴィアはヒカルから離れて、大樹の陰にうずくまった。
これならパッと見では気づかれないだろう。
(それでもグリーンウルフにならバレてしまう。ラヴィア用に、軽度でいいから姿を隠せるなんらかの魔導具を手に入れたいな。そんなものあるのかな? まあ、クジャストリア王女は持っていたけど)
ヒカルは走り出した。
「筋力」1と「瞬発力」2は伊達ではない。本気を出さなくとも、100メートルを10秒ちょいで走れそうだ。
下草が揺れてもゴブリンの気がつく様子はない。
(視界にはゴブリンリーダーはいない。でもそこそこ大きな個体はいるな)
ゴブリンリーダーは2メートルを超える巨体だった。1メートル半ほどの個体がちらほらといる。他のゴブリンより頭1つ分は大きい。
(人間の姿は今のところない——生きている人間は、な)
たき火で焼かれている動物の肉に混じって、人間の腕も串刺しになって焼かれていた。
吐き気が込み上げるのを我慢して、ヒカルは目をそらす。
(中へ入ろう)
昼日中ではあったがヒカルは強行した。ラヴィアをひとりにしている以上、時間をかけられない。
ダッシュで広場を突っ切って、目隠しされている掘っ立て小屋を確認していく。
寝ているゴブリン。カラッポの小屋。物置——。
(ない)
人間はいなかった。
心のどこかで大きく安堵している自分がいた。
もし仮に、ゴブリンの子種を孕ませられていた女がいたら——どうしただろうか? 女が死を望んだときに自分は殺せただろうか?
(……僕にはまだ覚悟ができていない)
確認してしまえば決断しなければならない。
この集落を見つけても、撤退したのならよかった。冒険者ギルドに場所だけ報告すれば彼らがあとは処分するだろう。ヒカル自身の手を汚す必要はない。
だが、確認してしまえば——どれかだ。殺すか。助けてその後の面倒を見るか。目をつぶって逃げるか。
自分の中途半端さに嫌気が差しながら、ヒカルはラヴィアの元に戻った。
ラヴィアは先ほどと同じように縮まっていた。
「……おかえりなさい」
目尻に涙が浮かんでいるラヴィアを見て——彼女も不安だったのだと思った。
ヒカルは思わず彼女を抱き寄せた。
「ちょっ、ヒカル……?」
「ごめん。不安だったよね」
「……変なの。自分でそうさせておいて」
「ああ、僕はバカだ」
不安だったのは自分もそうだ。それを隠したくて彼女を抱きしめた。
ラヴィアも怪訝な顔をしつつもヒカルを受け入れてくれた。
ほんの少しの間、ふたりはじっとしていた。
「さて……それじゃ魔法なんだけど」
「もう大丈夫なの? ヒカルは」
「……さて、それじゃ魔法なんだけど」
自分の動揺や不安を再確認されることの恥ずかしさに、ヒカルは語気を強めて言い直した。
「射程距離として、ここからあの集落まではどうかな?」
「火魔法? ちょっと届かないわ。あと半分くらいは近寄らないと」
「わかった。ちょうどいい距離で僕の腕を引いてくれ。そこで、ラヴィアの使えるいちばんの魔法をぶっ放してくれ」
「……本気?」
「ついでにソウルカードの『職業』も『火炎精霊神:フレイムメイガス』にしてくれ」
「本気?」
「もちろん。君の最大火力を知っておかないと、これから先のダンジョン攻略で、戦術の幅が狭まる」
「…………わかった」
その気落ちしたような顔がヒカルには気に掛かる。
「すまない。イヤか?」
「いえ……冒険したいと思っていたのは事実。こんなところで怯んでいたら冒険なんてできないものね。やるわ」
「ありがとう。あ、いちばんの魔法って言っても、君が動けなくなるのはダメだよ」
「そこはさすがに考えるわ。ただ結構大きな魔法陣が出るの。それでも構わない?」
「大きな魔法陣か。まあ、大丈夫だと思う。その代わり手はつないだままだぞ」
「ええ。それは問題ないわ」
「よし。なら行動だ」
ヒカルは「集団遮断」なら魔法陣すら不可視にするだろうとは思っていた。
もし仮にバレたとしても、これだけ視界を遮るものの多い森の中だ。いくらでも陰に潜んで「隠密」を再発揮できる。
ヒカルとラヴィアが歩いていく。
つなぐ手に込められた力が強まる。ラヴィアの口元がきゅっと引き締まっている。
集落までの距離が50メートルほどのところで、ラヴィアがヒカルの手を引いた。
「ここでやる」
すぅ……とラヴィアは小さく息を吸った。
「『我が呼び声に応えよ精霊。我が欲せしは万物を、生き物を、理すらも焼き尽くす業火』——」
ヒカルはぎくりとした。
ラヴィアを中心に直径3メートルほどに渡って地面が光を発したのだ。
ゴブリンの集落に視線を投げるが、彼らはこちらに気づいた様子もない。「集団遮断」が効いているらしい。
「——『踊れ精霊、我が魔力を糧に歌え精霊、無垢なる天地を取り戻すため、焼き尽くせ』」
ヒカルはその光景を、呆然と見上げてしまった。
頭上、10メートルほどのところに現れた巨大な魔法陣——そこからせり上がる炎の球。
見上げているヒカルの額や頬がじりじりと熱い。ラヴィアも顔にびっしりと汗をかいている。
「ファイアブレス」のときとは比べものにならないほどの大きさ。球かと思いきや、うねるように出てくる。蛇のようですらある。
さすがにゴブリンたちの中には異常に気がつく者があった。炎を指差して声を上げる者。手に持った肉の串をぽとりと落とす者。逃げ出そうとする者。
「『業火の恩恵』」





