「隠密」vs剣聖(本戦)
「返事は、なし、か……それではせめてお前の目的を教えてはくれまいか。さもなくば……お前を斬り捨てて終わり、ということになる」
ローレンスは高々と告げる。
直接的な「殺す」と言う言葉にヒカルの背筋は冷たくなる。こんなふうな命のやりとり、生まれて初めてだ。
自分の正確な場所はわかっていないはず——そう信じないとなにも行動できなくなる。
ヒカルはいったん、王族の存在は無視することにした。今回の目標は騎士団長だ。
——ここでリスクを冒して騎士団長を攻撃する意味はあるのか?
そんな疑問が、この訓練施設にたどり着いたときから頭の隅にこびりついている。
答えははっきりしている。「意味は薄い」、だ。
彼らがヒカルの目的を「腕試し」と考えている以上、ヒカルの当初の目的である「イーストの死罪回避」は達成されているはずだ。これはもちろん「おそらく」という推測レベルではあるが。
——では騎士団長を攻撃するメリットは?
答えははっきりしている。「『おそらく』を『確実』にする」ためだ。逆に言うと、その程度のメリットしかない。
圧倒的に他の騎士隊長より強い騎士団長を攻撃するリスクと天秤にかけると、割に合わないことこの上ない。
(だけど……なあ)
ヒカルの悪い癖、「好奇心」がうずいた。
自分の「隠密」がどこまで通じるか、確認できる——自分の能力を100%ぶつけられる相手は今までいなかったのだ。
この騎士団長なら、ぶつけても大丈夫。
なにせ「自然回復力」が8もある。「自然回復力」の最大値が20ではあるがそれでも8は大きい。簡単なことでは死なないだろう。
(不思議だ)
日本にいたころの自分ならばこんな「賭け」なんてしなかっただろう。暴力からはもっとも遠いところにいた。自分自身の強さや自信を確認したいなんて思いもしなかった。
平和だったからだ。
(この世界は、命の価値が軽い。その軽さに慣れつつあるのか? 危険だな……でもそこまで、悪いとも思えない)
しかし、とヒカルは考え直す。ヒカルだっていつか「隠密」「職業」の限界にぶつかるかもしれない。それを早めに確認するチャンスなのだ、と。迂遠ながらもこれは安全策の一手なのだ、と。
ヒカルはポケットから取り出した石ころを握りしめる。騎士団長との距離はおよそ10メートル。斜め後ろ。完全な死角。
(行けッ!!)
持てる力を振り絞って、ヒカルは石つぶてを放った。狙いは騎士団長の後頭部。防具もなく露出している。
飛来する石ころが到達するまでの時間はわずか0.3秒。
(騎士団長、とった——)
瞬間、騎士団長の身体が竜巻のように回転する。
引き抜かれた大剣が石つぶてをとらえると粉みじんにした。
「は……?」
思わず声が出た。
なんだ今の動きは。どうして自分の攻撃を察知できた?
(音か?)
石が飛ぶと音が鳴る。風切り音だ。音の伝わる速度は秒速でおよそ340メートル。
ヒカルが投げた石は、ヒカルの「隠密」の範囲を出てから「音」を発生させる。その「風切り音」を耳で聞いてとっさに反応した——。
(あり得ない……いや、あり得るんだ。だからこそ、こいつはこの国最強)
全身に鳥肌が立った。
こちらの方角をきっちりを見据えたローレンスは言う。
「そこか」
ヤバイ、と全身で感じた。
ヒカルが「死」を視たのは2度目だ。1度目は交通事故だったが。
「逸材ではあったが——逝け」
その大剣は黒々とした刀身をさらしていた。先端までほぼ同一の広さの刃。
軽々と振りかぶった騎士団長は、
「おらあああああああああああああ!!!!!!!」
気合い一閃、振り下ろす。
どろり、と空間が溶けた。
溶けた空間が前方へと飛ぶ。
柱の陰、わずかに見えていた黒い外套を——柱ごと叩き斬った。
剣を振るっただけで発生させた衝撃波だ。衝撃波は柱を破るとそのまま建物の外壁にめり込み、外側へ破裂した。
魔法ではない。
ローレンスの魔法の素養はゼロだ。
剣を振った剣圧だけでこの現象を引き起こしている。
「……あっけないものだ」
砂埃が収まっていく。
へし折れた柱に、黒の外套はつぶされていた。
「む?」
だがローレンスは目を瞠る。
そこにあるべき少年の死体はなかった。
柱に、杭で打たれた外套だけが犠牲になっていたのだ。
(危なっ! なんだよあれ! やっぱり超人かよ!)
心臓がばくばくいっている。
ヒカルが先ほど施した「仕掛け」こそが「ちらりと見える位置に外套を引っかけておく」というものだったのだ。
その射線上から石を投擲した。射線がわかれば、まず外套が見える。まるで柱の陰に襲撃者が隠れているかのように。
安全策だった。これは使わずに済むだろうとすら思っていた。
ヒカルとしてはいかに騎士団長とて板金鎧を装備していない時点で、投擲の餌食だろうと楽観していた部分があったのだ。
(予想外過ぎる。なんだよあの反応速度)
ヒカルはキャットウォークにいた。石を投げたのもここからだった。ローレンスはヒカルのいた方角こそわかったものの、キャットウォークにいたことまではわからなかったらしい。
その証拠にヒカルを探してきょろきょろしている。
でたらめな強さだ。この強さだからこそ王女がひとりで見物できるのだと思う。あれなら負けるはずがない、と。いや、それでも王女が来ている目的はわからないのだが。
(近寄って投擲するか? でもそれはな……投擲のメリットを全部なくしてるよな)
相手に隠れて攻撃できるのが投擲のメリットだ。
近寄って攻撃をしたとする。そこでもし仮に攻撃を防がれたり、自然回復力が勝ってすぐに復活し、反撃されたら元も子もない。
(ならば撤退か?)
その可能性をちらと考えて、
(……ないな)
にやりと笑う。冷や汗とともに。
(まだ僕は試していない。僕の「最大限」を)
ヒカルはソウルボードを取り出すと残っていた1ポイントを使用する。そろりとキャットウォークから地上へと降り立つ。
ローレンスは気がつかない。ヒカルは、十分「隠密」状態にある。
(……行くぞ)
震えそうになる足をこらえる。
歩いていく——ローレンスへと。右手に「腕力の短刀」を握りしめて。
そう。ヒカルがやろうとしていることは「接近戦」だ。「戦」と言うのはおかしいかもしれない。戦うつもりはないのだ。
(一撃必殺)
相手は確実にヒカルを殺すつもりで攻撃した。ヒカルとて手加減できる相手ではない。
行こう。
この国最強を倒しに。
「…………?」
ローレンスはふとなにかを直感したようだ。だがそれがなんなのかは、わからない。ひょっとしたら賊がいなくなったのでは——そんなことを考えたのだろうか。
一瞬、虚を突かれた。
彼の首筋にチリッと痛みが走る。
「?」
途端に包まれる、むわっとした生臭い血のニオイ。ローレンスは最初それが、自ら流した血だとはわからなかった。
「な……に……?」
首筋——頸動脈から血が噴出していた。
首。それは筋肉に覆われていない無防備な場所だ。
だが顔のすぐ真下にあるような場所を、そうそう狙って斬ることなどできやしない。ましてやローレンスほどの剛の者ならなおさらだ。
にもかかわらず、斬られた。どう斬られたかすらわからなかった。
しかし戸惑いはわずかの時間も訪れなかった。
ローレンスは噴出する血しぶきの陰——走って脇をすり抜けようとする人影をとらえた。
「ぬんっ!!」
とっさに振るわれた剣。
威力は先ほどの数段落ちるが、人間の胴ならばたやすく真っ二つにするだろう。
この距離。
間違いなく切っ先はその人物を切り裂く——。
「チッ!!」
ヒカルはその瞬間、跳んだ。慣性を無視したむちゃくちゃな横っ飛びだった。にもかかわらずヒカルの運動能力をはるかに超えるジャンプで、ローレンスの切っ先をかわした。
(予想以上に速いな、「瞬発力」2は!)
先ほど開いたソウルボードで、ポイントを「瞬発力」に振ったのだ。
ヒカルとしてはこれでも相当の安全マージンを取ったつもりだった。
ローレンスの想定外だったであろう、「真正面」からの攻撃。
頸動脈を切断し、噴き出る血に紛れて後ろへ駈け抜ける。
さらには、ローレンスとヒカルを結ぶ直線上には例の王女もいる。王女のいる方角に本気で剣を振れば、剣圧が飛ぶ。王女を巻き込む可能性を考えたら、ローレンスは剣を振れない。
しかしローレンスは剣を振るった。剣が生み出した衝撃波は王女のすぐ下の壁を破壊する。
危なかった。
「瞬発力」2がなければかわすことはできなかっただろう。
このレベルの相手とやり合うには、過剰なほどの安全策を採らなければならないのだとヒカルは痛感した。
壁面が崩れる。頑丈に造られていた訓練場も、2箇所も壁が崩れると——ちなみにほど近い2箇所だ——一部が崩壊するのもやむなしだろう。
キャットウォークには王女がいる。「魔力探知」で確認すると彼女があわてたように立ち上がる。このまま行けば落ちる。
これでローレンスは王女へと向かうはず。
「——え?」
「そこにいたか!」
そう読んでいたのに、ローレンスはヒカルに突っ込んできた。
一度、位置を認識されたので「隠密」が弱まっている。
(ちょ、ちょ、ちょっと! 王女を助けるんじゃないのかよ!? あれ、放っておいて大丈夫なスキルバランスじゃないだろ!!)
そう思うものの、ローレンスはとてつもない速度で剣を振り下ろす。ヒカルはがむしゃらに逃げる。「瞬発力」がここでも役に立つが、多用するとスタミナがもたないし、すぐに姿勢が崩れる。
衝撃波がさらに壁を破壊する。
(なんとか一度視界を遮って「隠密」状態にならないと——)
視界を遮るのにちょうどいい外套は先ほど身代わりとなった。
手元にあるのは石ころだが、さすがに視界を覆うには不十分。
(——いや、ひとつある)
視界を一瞬だけ隠す方法。
方法、というより、道具。
(ま、使ったら撤退か)
「不思議な術……魔法か? だが、居場所がバレたらもう終わりか?」
「そうでもないさ」
「なっ!?」
ヒカルはお面を外したのだ。
その銀色のお面がローレンスの眼前に投げつけられる。
わずか一瞬。
ほんの一瞬で十分だ。
一瞬、ヒカルの姿を見失ったローレンスは、ほぼ同じ場所にヒカルが立っているのにその存在を認められなくなった。
これは屋内訓練場自体が暗いというのも大きい。さらにはヒカルが黒髪であり黒い服を着ていることも大きい。真昼の明るさであればさすがにこの程度の目くらましで再度「隠密」状態にはなれないだろう。
「どこにおるッ!」
手でつかんだお面をにぎりつぶすローレンス。
(いやいやいや、なんで頸動脈斬られたのにまだ動けるんだよ!?)
ローレンスの顔は真っ青で、血はなおも流れ続けている。「自然回復力」ではまかないきれない傷の深さのようだ。
これだけ血が抜ければとっくに気を失い、失血死コースだ——ふつうの人間なら。
「きゃああああ!?」
その瞬間、王女のいた足場が傾いて落ちようとする。
魔導具のせいかローレンスは王女の正確な位置をつかめていない。
「その声はクジャストリア王女!? なぜここに!?」
(おいおい、王女が来てたの知らなかったのかよ!)
「あっ——」
瞬間、王女が落ちる——中空に投げ出される。
その下には破砕した木材。切っ先はかなり鋭利で、あそこに落ちたら軽傷では済まない。
加えて悪いのは、天井までみしりと音を立てていた。
足でもくじいたらすぐには歩けないだろう。そこに天井が落ちたら——。
「クソッ!!」
いまだ王女の場所がわからないローレンスを置いて、ヒカルはダッシュした。
距離はさほど遠くない。ヒカルがじりじりとローレンスから距離をとっていたのもよかった。
助ける理由は特にないが、このまま王女に死なれたらさすがに寝覚めが悪い。
もちろん王城が近いために回復魔法を使える人間もいるだろうが、死んだ人間を生き返らせることはできないのではないか——。
「きゃあああああああ————あっ!?」
「くうっ」
落ちてくる人間を両手で抱き留めるのは想像以上の重量がかかる。ヒカルの両膝、腰に、電流のような痛みが走った。
だがそこで立ち止まれない。ばきり、と音を立てて天井が崩れだした。
「ナイスタイミングだよ、まったく!」
「きゃああ!?」
ヒカルは文字通りお姫様だっこをして走る。砕けた壁の穴から外へと飛び出す。
背後で屋根が落ちて大きな音を立てた。「王女殿下!? ご無事ですか!?」とこちらの姿をとらえることができないローレンスの声が聞こえてくる。
さすがにこれだけの騒ぎになれば警戒中の兵士も気がつく。どこかで呼び笛が鳴らされ、周辺がざわつく。
「……あなたが、賊なの?」
立ち止まったヒカルにクジャストリアが話しかける。
ヒカルは舌打ちしたくなった。お面を投げてしまったがゆえに、顔を見られたのだ。
しかも至近距離で。
(とは言っても「王女様」に会う機会なんて今後ないだろうな。どうでもいいか)
外套のフードに隠れていた彼女の顔を、ヒカルもまた正面から見た。美しい顔立ちだった。そしてなかなか思慮深そうな顔ではある——が、お忍びで夜の訓練場に潜んでいたあたり、とんだおてんばかもしれない。
ヒカルはさっさと彼女を下ろした。
「ケガはないな? 足をくじいたり痛む場所はないな?」
「え? あ、ええ……ないわ」
「そうか。騎士団長はあの出血だから死ぬかもしれないが、まあ、生き延びるような気がする。筋肉ダルマだし。程なくして兵士どもが来るだろうから、お前はそっちで拾ってもらえ」
ヒカルは王女に背を向ける。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
「待つわけないだろ」
走り出したヒカルの背中に——ぽつりと王女が言った。
「……ローランド……?」
「冒険者ヒカル」編とか言ったくせに全然冒険してないじゃんって思いました?
私も思いました! 思いの外ローレンスが強かったのが悪い。
次回後始末でそれから冒険パートです。





