「隠密」の少年、王都へ
ポーンソニア王国の王都ギィ=ポーンソニアは「平地の都」と呼ばれる。
この国自体が起伏の少ない国土であるというのもあるが、王都はなおのこと平たい。
平地であることのメリットは、輸送路の伸張・街の拡大が簡単であることと、もちろん、農耕地を広げやすいことだ。王都近辺は、ポーンソニアを代表する大穀倉地帯が広がっており、秋には麦が実り、金色の海原のようですらある。
王国は陸続きで同盟国や敵国に囲まれているが、外敵への対処は敵国に隣接している貴族に一任されていた。彼らは「辺境伯」と呼ばれ独自に軍を編むことを許されている。
辺境伯ががっちり外を固めることで内側の穀倉地帯はよりいっそう実る。安価な穀物は民衆を潤す。今、ポーンソニア王国は過去最高と呼ばれる栄華を極めていた——国外へ野心を持つのも、いたしかたないのかもしれない。
陸続きで平地であることから、攻め込まれやすい土地でもある。
これに対応するために、軍は独自の手法を開発した。
「動く要塞」——「重装歩兵隊」である。
機動力は落ちるが極めて高い防御力があり、ポーンソニアと言えば重装歩兵と知られていた。
「あれがウワサの重装歩兵か。『重装』と言うわりに軽そうだな」
王都外縁で、重装歩兵による大規模な演習が行われていた。これには2つの意味がある。
1つは、王都に流入する他国の人間——これは他国からの間者も含む——に、精強な軍隊を見せつけているのだ。
2つは、非常に簡単な理由。重装であるがゆえに運ぶのが大変なのだ。日頃の鍛錬は王都内、大規模な演習は近場で済ませようという考えである。
「すごいのね。わたしも初めて見るわ」
「ラヴィアもか。一応、この国の名物なんだろう?」
馬車に揺られながら、ヒカルとラヴィアが話している。他の客は離れて座っているために小声で話していた。
馬車の窓から、演習の様子が見える。
その演習がすごい。
板金鎧は全身を覆っていて、顔まで覆っている。板金は統一色によってペイントされていて、ヒカルが見たのは緑、紫、青の3部隊だった。
持っているのは長槍、と言うべきか、先端に斧もついているいわば「ハルバード」だ。ヒカルとしてはあれが「長槍」として加護を得られているのかどうかが気になってしまう。
彼らはそのハルバードを振り回し、突撃する。ジャンプする。それどころか吹っ飛んで、受け身まで取る。バク転までする者もいる。
「……あれって魔法?」
「もちろん。本人たちが優れているのではなく、鎧が優れているのだと物の本で読んだことがあるわ」
「あー。そういうことか」
ヒカルは納得する。おそらくあの板金鎧自体が魔導具なのだ。軽量化の魔法か、身体能力向上の魔法なんかがかけられているのだろう。
それはとても効率的だった。兵士たちひとりひとりの身体能力を向上させるのではなく、「板金鎧」という「システム」側を改良すれば軍隊全体の底上げになる。
とはいえ魔力の供給がなければ止まってしまう、時間制限付きの能力ではあるだろう。
(火薬、銃器のない世界の戦争か。どんなものなのか、興味はあるけど……)
所詮戦争など無意味だとヒカルは思う。勝利によって得られる果実は、戦争によって失うものとは比べものにならないほどに小さい。ましてや敗北などしたら目も当てられない。
「王都が見えてきたわ」
ラヴィアの声で前方を見やる。
遠目に、城の尖塔らしきものが見える。周囲には——まるで城を中心とした山のように、建物が広がっている。
「なかなか大きいな」
と、最初はその程度の認識だったヒカルは、
「……ウソだろ」
だんだん目を疑うようになる。
なぜなら、最初見えた城のサイズはそんなに変わっていないのに、馬車は気づけば街中を走っていたのだ。
『ポーンドとの人口比で行くと40倍とか50倍よ』と言っていたジルのことを思い出す。あのときはその数字に実感はなかったが、だんだん実感が湧いてくる。なんだこの街は。どれだけ大きいんだ。
「あれ? そう言えば検問みたいなのはなかったよな」
気がつけば声が大きくなっていたようで、離れた場所に座っていた町人らしき恰幅のいい男が笑う。
「はっはっは。坊や、それはそうだ。こんなに大きな王都で検問なんてしようものなら、兵隊が何人いたってできっこない」
なかなか気のいい男のようだと思ったヒカルは、なるべく丁寧に情報を聞き出そうと考えを巡らす。
「なるほど、それもそうですね。王都はどこもフリーパスなんですか?」
「より王城に近い区画は『貴族街』と呼ばれ、その外は『第1居住区』、その外の一部が『第2居住区』となっていてね、そこは城壁に囲まれていて、検問があるよ」
「そうなんですか。でもそれだけしか検問がないのだと、ちょっと治安に不安を覚えますね」
「大丈夫だとも。王城からはるか遠い、ここら一帯だって王都の一部なんだが、このあたりにだって巡回兵が回るからね。……だけど変だね。ふだんならこのくらいのタイミングでは1度か2度は巡回があるはずなんだけど、今日はまったく見ないな」
「…………」
巡回? 不意打ちの検問みたいなものか?
ひやりとしたヒカルは窓から外を確認する。だが、ヒカルの乗っている馬車と同様、荷馬車や歩いている一般市民はいるものの巡回兵は見当たらなかった。
すると恰幅のいい男の隣から、女性が話しかける。妻のようだ。
「ほら、アレですよ、あなた。戦争が近いから……」
「ああ……」
ふたりが表情を曇らせる。
戦争準備のために巡回に回す余裕がないようだ。
すると先ほどの大規模演習はこけおどしかもしれない。戦争準備をしていてもこれくらい兵士に余裕がある、と見せるための。
「それはそうと君たちは王都になんの用だい? 私は商店をやっているのだがね——」
親切な夫婦は、ヒカルとラヴィアを子どもだからと心配したのだろう、なにか力になろうとしてくれたがヒカルはそれをやんわりと断った。
(いい人もいる。当たり前だよな……)
こうしてヒカルとラヴィアはいとも簡単に王都へと進入していく。
「はい。確かにいただきました。ありがとうございます」
王都の冒険者ギルドは、ポーンドの10倍はあろうかという広さだった。カウンターの受付嬢も7人いる。広さの割りには閑散としている印象を受けたが、戦争の影は冒険者ギルドにも落ちているのかもしれない。
ヒカルが届けたのは一通の封書だった。王都の商人宛のもので、冒険者ギルドに預ければそれで依頼は終了だ。ここからまた王都内に配送する依頼が出る。
街と街を行き来する封書の配達サービス——日本で言うところの「郵便」はこちらの世界にもある。ただし、主要な街と街しかつないでいないため、山奥の集落などは冒険者が片手間で配達を請け負う。
とはいえ冒険者に手紙を預けてちゃんと届けてくれるかと言うと——配達達成率はさほど高くないらしい。
「あら。配達依頼も達成で、あと2つの依頼達成でランクFへの昇格条件を満たすことになりますね」
ヒカルが届け物依頼を受けたのはこれも理由だった。
ヒカルの冒険者ランクはGだ。これをEにしたいと考えている——ランクEで、冒険者ギルドの管理するダンジョンに入れるからだ。
まずGからFへの昇格条件に「2つ以上の冒険者ギルドをつなぐ依頼を受けること」とある。これを満たせる依頼は「配達」か「護衛」が手っ取り早いが、最低ランクを「護衛」に雇う酔狂な依頼主はいないだろう。
「手頃な依頼はあるかな?」
「今はいっぱいありますよ。冒険者も戦争に駆り出されるっていうんで手が足りない状況ですから」
「冒険者も戦争に、ね」
「ええ……国王陛下も本気ということでしょう」
表だって批判することはできない。だから受付嬢は憂えた表情を浮かべた。
ヒカルは、依頼掲示板で片っ端から依頼をチェックした。
王都内の配達、大掃除手伝い、老人会の手伝い、荷物運び……ポーンドにあった依頼と大体はかぶってくる。所詮ランクGの依頼だ。王都周囲は軍が演習で使うこともあってモンスターは討伐され尽くしているために戦闘系の依頼もない。だが、それでもすぐに達成できる依頼もあるかもしれない——。
「どうだった?」
「まあ、十分だな。宿を探そう」
ラヴィアとともに冒険者ギルドを出た。
ヒカルは王都にいる間にやるべきことを頭の中で組み立て始めた。
「なかなか忙しない日々になりそうだ」
「……その割りに楽しそうな顔をしているけれど。いえ、あなたの場合はなんというか……悪だくみというか……」
「変だな。褒められている気がしない」
「申し訳ないのは、夜の活動ではわたしがなにも手助けできないということかしら」
「気に病まなくていいよ。僕の実力じゃ、君を連れて歩くのは荷が重い」
「……なにをしようとしているのか、教えてくれないのよね?」
「ごめん。まだ秘密だ」
まだヒカルは、ラヴィアに自分の能力含め、すべてを正直には話せないと思っている。信用していないわけではないが信頼して話しても特にメリットもない、というのもある。
「ま、それでもラヴィアがヒマになることはないと思うよ」
「どうして? あなたが帰ってくるまでヒマでヒマでしょうがないと思うけど」
「なにをおっしゃる。ここは王都ですよ、お嬢さん」
「? それが? ひとりで外を出歩いたりしないわよ?」
「大きな書店があるじゃないか」
するとラヴィアの目が、ぱちっ、と開かれた。
「どうだい? 冒険物語がいっぱいある——」
「さ、早く宿を押さえましょう。テーブルが広くて魔導ランプを使い放題のところ!」
途端にやる気になったラヴィアに、ヒカルは思わず苦笑した。
* *
「——以上が、明日、陛下に報告する内容となります」
夜半、調査官が訪れていたのは王都にある騎士団長の執務室だ。
王城の敷地内にあり、石造りの堅牢な建物である。
質実剛健を地で行くような、華美な装飾は一切ない、殺風景な部屋。
調査官はクッションもなにもない、樫の木のイスに座っている。向かいにも同じイスがあり、そこには——調査官にとっては十分な大きさのイスであるのに——窮屈そうに座っている男がいた。
太い両脚は丸太のようだ。
ふたりぶんはあるかという胴体には脂肪はほとんどついておらず、筋肉が脈動している。
頭から地面に叩きつけられても平然としてそうなほどの猪首があり、その上には、妙に優しげな目を持った男の顔がある。
騎士団長。
40に入ったかどうかという年齢で、頬に大きな傷痕がある。
金色の髪は短く刈り上げられており、ヒカルならば「野球少年かよ」と突っ込んでしまいそうだ。
「……ローレンス殿?」
微動だにしない騎士団長に、調査官は怪訝な声でたずねる。
「ああ、すまぬ。ちと考えておった。おぬしの指摘したとおり、矛盾が多いなと」
思いがけないほどに、若々しい声だ。そして目元のように優しい声だった。
だがもちろん、この作り込まれた肉体を見てわかるとおり、ただの優しい人間であるはずがない。「剣豪」「剣聖」と呼ばれるまでにこの男が注ぎ込んだ修練——死の危険と隣り合わせの訓練を修練と呼んでいいのか——の時間は、並大抵のものであるはずがない。
「して、その内容で陛下に報告するのか?」
「はい」
「……ふむ」
「騎士団にとって不名誉な部分があるのは百も承知ですが、これは曲げられませんよ? こうして事前にお話しすることすらイレギュラーなのですから」
「わかっておる。そんなことは気にしておらぬ」
王の剣となり盾となる「騎士」と、治安維持のために活動する「調査官」はそもそも所属も指揮系統も違う。
調査官の調べた内容を公にする前に騎士団に教えろ、というのは、ずばり越権行為なのだ。
だが調査官は今回の一件が騎士団に関することであるのと、この騎士団長ローレンス=ディ=ファルコンが信用に足ると判断して——無論、組織の了解も得ているが——説明の場を設けた。
「イーストは未熟であった。騎士の名を汚した罪は大きい。死によってあがなわれるべきだ」
「……そうですね」
「彼奴の所属は第6騎士隊であったか。ちと、たるんでいるのやもしれぬな。我が手で直接、性根をたたき直してやらねばならぬ」
それを聞いて調査官は瞑目した。
死罪になるイーストはある意味幸せなのでは? とすら思ってしまった。ローレンス自らしごくと言う。その訓練の苛烈さはウワサになって市井にまで聞こえるほどだ。
訓練で人死にが出なければいいが。
「む、誰だ」
執務室の扉がノックされた。入ってきたのは同じ騎士団の若い騎士だった。
「団長、夜分遅くに申し訳ありません」
「火急のことだろう。礼より先に用件を言え」
「はっ」
騎士は調査官にちらりと視線を投げる——その顔は青ざめて脂汗が額に浮かんでいる。
自分は離席したほうがいいようだ、と調査官は腰を上げようとしたが、騎士団長は手でそれを留めた。
「彼は問題ない。言え」
そう言ったのは、調査官が事前に報告を教えてくれるという融通を利かせてくれたことに対する、返礼のつもりなのか。
あるいは——直感が働いたのか。
若い騎士の報告が、調査官の報告に関係していると。
「では、申し上げます」
騎士は舌を一度湿らせてから一気に言った。
「——第6騎士隊長スコット=フィ=ランズが襲撃に遭いました。場所は自宅、寝室。幸い複数箇所の骨折で済んでおり、命に別状はありません。スコット隊長の言葉によると、襲撃者は、子ども。外套ですっぽりと身を隠し、太陽神のお面をかぶった子どもということです」





