ネコハの街での再会
旧ツブラ領に入った。すでに連合国となっているために関所や検問のようなものはない。だが、はっきりとわかる変化があった。
建築様式である。
石を積んだ建築物が多かったこれまでに比べ、ツブラの家は、土台にのみ石材を使っており、あとは木材や漆喰によって作られていた。
遺跡にいちばん近いネコハという街に入る。山間にある街で、家々の向こうには山嶺が見えていた。山のてっぺんでも雪が積もっていない。やはり、ツブラは連合国でも暖かな地域らしい。
「やたらネコが多いな」
家々は通りに沿って寄り添うように立っている。家と家の隙間は数センチ、あるいはほぼゼロである。ネコたちは家の玄関脇に寝そべっていたり、思い出したように現れる小道から顔を出したりしていた。
(野良ネコが多いからネコハ……そんなわけはないか)
巨馬車を停められる場所がほとんどなく、ネコハでいちばん大きな宿——ホテルに宿泊することとなった。遺跡までは徒歩でしか向かえないが、歩いても2時間程度らしい。この街から遺跡に通うことになるだろう。
ヒカルは個室、ラヴィアとポーラがペアで1室、ミレイ教官とケイティ先生がペアで1室と、計3室借りた。東方四星も2人ずつ2室借りるのがいつものパターンらしい。それぞれの部屋は詰め込んで4人で泊まる部屋なのだが、1室2,000ギラン程度だからゆったり使うことにした。
部屋に入ると汚れを落とす。馬車に乗り通しだったので汚れはさほどないはずだがこの2日は身体を洗えなかった。宿のボーイがお湯を運んできたので身体を手ぬぐいで拭うと、ぼろぼろと垢が落ちた。
「そう言えば……建物の中は暖かいな」
外は吐く息がうっすら白いという程度ではあり、フォレスザードやスカラーザードと比べると気温が3度ほど高い。それでも服を脱いで歩けるような気温ではない。にもかかわらず建物の内部は保温ができている。
窓際に鉄製のパイプがあった。パイプは、隣の部屋から壁を貫いて通っているらしい。そのパイプが熱を持っている——触り続けると熱くて持ってられないという程度ではあるが、これが暖房器具のようだ。
後になって聞いたところ、建物と建物がくっついているのも熱を逃がさない工夫であるという。
身体を洗っていくぶんさっぱりしたヒカルは部屋を出た。ちょうど昼時なので、ホテルのラウンジで食事をしようということになっていた。
「やっ、もう始めてるよぉ」
「おおー、ヒカルくん来たかぁ〜?」
ミレイと東方四星のサーラが、エールの入ったジョッキを掲げる。移動中、ミレイは酒を我慢し続けた(飲むと乗り物酔いして吐くので)ために今日は酒を飲みまくってもいいとヒカルから許可を得ていたのだ。
いまだにヒカルがミレイの肝臓をコントロールしている。
「来たわね!」
席に着いているセリカが自分の横を指差す。座れということらしい。
大きなテーブルには、他にケイティがいるきりで、ラヴィア、ポーラ、シュフィ、ソリューズの4人はまだ来ていない。
「ここはご飯が美味しいみたいね! いっぱい頼みなさい!」
「いや……どうせ会計別なんだから、おごるみたいに言われても」
「こういうのは気分よ!」
「なににしようかな。ほかのみんなは注文終わったのか? ——あれ、ケイティ先生はまだ注文してないですか?」
「…………」
「ケイティ先生?」
「あ、ああ、すまない……ちょっと考え事をしていた」
「遺跡のことですか」
「ああ……。許可はもらったがやはり心配でね」
ケイティが言うには、自分はコトビ出身なので、いくら学院長が許可をしたと言っても遺跡の管理者が「見せない」と言い出すのではないか、と心配しているようだ。
「……そこはまあ、がんばってみましょう」
「そうだな。実際に行ってみるしかない——なんだか緊張しているみたいだ。ヒカルやセリカの協力で、なにか大きな発見があるかもしれないと思うとね……」
いつの間にか期待値が大きく上がっているらしい。
「……セリカ、なにを話した?」
ヒカルは無理にケイティの期待を煽ったりはしていない。であれば誰が原因か——セリカしか思いつかない。
セリカはサッと視線を逸らす。
『あのなぁ、こういうのは「あまり期待しないでね」って言っておいてから、大発見するのが定番フラグだろ』
『しょ、しょうがないじゃない! アカデミックな人に期待されるのってうれしいんだもん……あたし、頭のいい人が大好きでさぁ。ついついいいとこ見せたくなっちゃうのよ』
日本語で話しかけると意外なコンプレックス? を告白するセリカである。
「——部屋がない、とはどういうことだ!?」
そこへ、声が聞こえてきた。
ヒカルたちのいるラウンジは、観葉植物で軽く遮られているもののホテルのエントランス、カウンターと同じ空間内にある。
どうやら声の主は、カウンターでホテルマンに向かって言ったようだ。
「申し訳ありません、ど、どうやら手違いで、ご予約を23名と聞いていたようです」
「バカな! 伯爵の視察で30名を切ったことなどなかろうが! 32名だ! 32名分の部屋を今すぐ用意するのだ!」
「あいにく、本日はすべて埋まってしまいまして……」
「それをどうにかするのが貴様らの仕事だろう! 早くしろ!」
「しかし——」
「何度も言わせるな! 表に伯爵をお待たせしているのだぞ!? 貴様じゃ話にならん、支配人を出せ」
「今支配人は、領主様のお呼び出しで」
「領主は男爵だろうが、バカか!? 早くしろ!!」
「は、はは、はいっ!」
だいぶおかんむりのようだ。
ブチ切れているのはフードをかぶり、すらりとした体躯の人物。およそ貴族の付き人には見えず、斥候のようでもある。
ヒカルは首をかしげる。顔は見たことがないが、この女性の声は聞いたことがあるような……。
『予約の手違いって、この世界だと多そうよねー。ネット予約なら数字は確実なのに』
『いや、手紙で予約なんだから、そこそこ確実なんじゃないのか? 電話で予約よりかはさ』
『ああいう面倒な客ってどこにでもいるのね』
『…………』
『なによ、ヒカル。黙り込んで』
『いや、他人事じゃない予感がする』
部屋が足りない。あいにく本日いっぱいになった。余裕を持って部屋を借りている客がいる。
怒鳴り込んできたのは伯爵家で、ネコハの領主よりも偉い——。
「お、お客様……大変申し訳ございません」
注文しそびれていたヒカルのところに、ホテルマンがやってきた。
『ほらきた』
『ええ?』
恐縮して縮こまりながらも彼は言う。
「お使いいただいている3室と2室ですが、合計2室に詰めていただけますでしょうか? 5人様のお部屋はスペアベッドをご用意いたしますし、お部屋の料金も半額とさせていただきますので……」
「あんな狭いところに4人でなく5人はちょっとキツイな……」
「大変申し訳ございません。そこをなんとかしていただけませんでしょうか?」
汗をふきふき頭を垂れている。さすがにかわいそうに思えるが、ヒカルとしては自分以外女4人という部屋にひとりで泊まるのもなんだかな……という気になる。
『どうするの、ヒカルは?』
『そっちこそ』
『東方四星のモットーは、「困っている人は助けましょう」よ。だから部屋を1室空けるくらいは構わないかな』
『へー……』
それならこちらもそれに倣うか、とヒカルは思った。最悪、自分ひとり別の宿で個室を取ってもいい。
「あー、ちなみに何室足りないんですか?」
「5室でございます」
「え、20人分も足りないってこと? ごめんなさい、聞こえてしまったんですけど、予約手違いの人数差は10人程度ですよね?」
「そ、それが……ええと、そのぅ……」
ホテルマンは言いにくそうに、伯爵ご一行様は2人で1室をお使いですので……と付け加えた。
『うわー、さすが貴族。テンプレのクソ野郎ね!』
『仮にも元女子高生がクソとか言うなよ……』
にしても、どうしようかな——とヒカルは腕を組んで考える。貴族の言い分はムカつくが、こちらが突っぱねても困るのはホテルマンたちだ。
「そ、それではどうでしょう、お客様。伯爵様がご宿泊の期間は宿泊料金をすべて無料にするということで……」
最後の譲歩なのだろう、ホテルマンはおずおずと切り出した。ヒカルは10泊くらいはするつもりで、あらかじめその話はホテルに伝えてあった。
金額どうこうじゃないんだけどな……と思いながら、これ以上ゴネても仕方がないので、ヒカルはホテルマンの申し出を受けようと思った。
「——こいつらか、我らの部屋を先に奪ったのは」
そこへやってきた、カウンターで騒いでいた人物。
ヒカルたちを忌々しげににらみつけながら、ホテルマンに言う。
「今日チェックインしたのならばすぐに出て行かせればよかろう。伯爵様をお待たせしていると何度言えばわかる!」
「…………」
「なんだ、貴様。こっちをじろじろと見て!」
「いや、なんかアンタ見たことがあるなって思って……」
「え? ……あ」
「あ」
ヒカルは、気がついた。
フードをかぶった人物、それは、
「アンタ、クロエとか呼ばれてたよな? シルベスターに」
「き、き、貴様は、レッサーワイバーンのときに遭遇した、得体の知れない少年!?」
そう、「龍腎華の葉」を探してレッサーワイバーンと遭遇したときだ。シルベスターが率いていたパーティーにいた、クロエという女弓使いだった。
「あー……はいはい、アンタたちだったのか」
ヒカルはイスから立ち上がった。そして、クロエをねめつける。
「うっ」
その雰囲気に気圧されて、クロエが怯む。
「——僕のこと、覚えてるんだよな?」
「ううっ」
「レッサーワイバーンは誰のおかげで倒せたんだっけ?」
「ううっ!」
「シルベスターの命の恩人は、誰だっけ?」
「うううっ!」
一歩詰めると、クロエは一歩後じさる。
「その僕を、追い出すと?」
「あ、い、いや、それはその」
「おおい、クロエぇ、いつまでチェックインに手こずっておる。やっぱり世間知らずのお前さんに任せるのは荷が重かったか——」
エントランスから、仕立ての良いコートを纏って現れたのは、これまたシルベスターとパーティーを組んでいたボック伯爵。
「おや? なんじゃなんじゃ、なにか問題が……お前さんは!? あんときの少年か! 世話になったのぉ。まさかここに泊まっておるのか?」
ヒカルに気がついてこちらに小走りにやってくる、フットワークの軽いボック伯爵。
「ああ、そうだよ。……危うく、追い出されるところだったけどね」
「ほほっ! お前さんを追い出せるヤツがおるのか。それは愉快じゃ……ん、どうした、クロエ? 顔が真っ青じゃぞ」
「い、いいえ、あのぅ……」
それからクロエは、事情を知った後に般若のごとく怒り心頭に発したボック伯爵に平謝りだった。
ボック伯爵は、4人1室でいい、自分自身すら4人部屋でいいとまで言っていたはずだが、「伯爵ほどの人物をそんな扱いはできない。我々も伯爵についていくにふさわしい人間にならなければならない」と勝手に自己変換し、ホテルマンにわめき散らしていたらしい。
「遺跡が見たいのか? ちょうどいい、ワシもその視察に来たんじゃよ。いっしょに回ろうぞ!」
気のいいボック伯爵はそう言ってヒカルの肩をぽんぽんと叩いた。シルベスターから、学院でのヒカルについてかなりのところを聞いていたらしい。レッサーワイバーン戦の後はヒカルを警戒していた彼だったが、すっかりヒカルに心を許しているようだった。
クロエはしなびたキュウリのようにげっそりしていた。
うちの高校は鉄製のパイプにスチームが走ってました。めっちゃ熱かった。でも窓際だけ暑くて半袖、廊下側は寒くてコートを着ているというひどい状態でもありました……。





