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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第20章 戦闘開始(1)

 ウィンストン・グレンフォードの死は、ある特定の者たちに望ましからざる状況をもたらした。


 アドルフ・グレンフォード。そして、ルシファー。


 訃音ふいんに関する情報を入手するや、両者はそれぞれの思惑を胸に、衝撃を受けてしばし言葉を失った。


「くそっ、早すぎんだよっ!」


 誤報の可能性がないことを確認した直後、ルシファーは舌打ちして卓を叩いた。


「問題が山積してるこの時期に、なんだって肝腎の根源おさえが先にくたばる!」


 珍しく感情的になっているボスの傍らで、その右腕である美貌の青年は、対照的に平静に『父』の死を受け止めた。作業途中のコンピュータ画面に視線を固定させたまま、彼は冷徹な態度を崩さず口を開いた。


「逆に、いまが好機かもしれませんよ」

「シヴァ?」

「ウィンストン・グレンフォードの死が我々にとって不測の出来事であったように、アドルフにとっても、強力な後ろ盾であった実父を現時点で失うことは好ましい展開ではなかったはずです。財閥の後継問題が現在まで留保されている点を鑑みても、彼の置かれている状況は我々以上に厳しいでしょう。公安に関してはロンたちがいます。とすれば、残るゾルフィンさえ叩いてしまえば、彼が身動きのとりにくいいまこそ、新見翼を救出する絶好の機会になり得るかと」


 これまでのような不安定な感情の揺れを見せることなく淡然と意見するシヴァに、ルシファーはいくぶん面くらった表情をした。しかし、すぐさま思考を切り替えると、わずかに思案してこう確認した。


「ゾルフィンは翼の行方ゆくえについて、なんらかの情報を持っているはずだな?」

「シュナウザーの主席秘書官と称する男が連れ去ったことは事実です。関係の詳細は不明ですが、彼らのあいだに接点があることは疑いようもありません」



 翼の端末を介して、一度、《首都キャピタル》の家族の許に通信が繋がっている。あの瞬間に、接続が切ってあった測位信号もまた作動していた。いち早くそれを察知したアドルフ・シュナウザーは、裏で手をまわし、翼の生存が公にならぬよう情報操作を行ったうえで準備を整え、好機となる瞬間を狙っていたのだろう。


 翼のIDチップが信号を発したことは、ルシファーの側でも瞬時に把握していた。即座にこちらの端末から操作して、測位システムの動作を切り替えたが、翼の所在を割り出すのは、先方にとってもあの一瞬で充分だったに違いない。翼の身柄を《夜叉》に移したときにはすでに、シュナウザーにその居場所をつきとめられていたのだ。そして当然のことながら、こちらのアジトの情報も筒抜けになっている。そのうえでの、ゾルフィンらによる夜襲と見て、まず間違いなかった。

 身柄を奪われた段階で、翼のIDチップに遠隔操作を加えることはもちろん、こちらからアクセスすることさえかなわなくなっていた。おそらく、識別コードそのものに厳重なロックがかけられたのだろう。


 一連の流れの中で、ただ一点、海辺での襲撃だけが腑に落ちなかった。

 そのやり口は、どこかシュナウザーの性情とそぐわないものがあった。似通った手口は、空港の――



 そこまで考えて、ルシファーは小さく嘆息し、口を開いた。


「わかった、おまえの言うとおりだ。手近な問題ヤツから片付けるとしよう」


 ボスの言葉に、青年は首肯しゅこうした。


 現在シヴァは、人質奪回のために赴いた先で入手した港湾北第1ブロック周辺の情報をもとに、電子地図の画像処理とデータの修正、再分析を行っていた。負傷したばかりの躰で、気持ちの整理すらついていないだろうことをおもんぱかり、ルシファーはしばらくの静養を命じた。しかし青年は、それを聞き入れなかった。

 なにかをしているほうが気がまぎれるのかもしれない。そう思いなおして、本人のしたいようにさせることにしたのだが、どうやらそれは、取り越し苦労だったようである。


 落ち着いた様子で処理を進めるその横顔をしばし見つめていたルシファーは、やがて、ぽつりと言った。


「悪かったな」


 先刻発した言葉が、相手の苦衷くちゅう斟酌しんしゃくすることを忘れた、不用意で無神経なものだったことを自省しての謝辞であった。

 振り向いたシヴァは、すぐにそれと察してかぶりを振った。


「いいえ、どうぞお気になさらずに」


 やわらかな語調と穏やかな微笑。

 それは、これまでの長い付き合いの中で、ルシファーですら見ることのなかった、やすらいだ表情であった。


 昨夜のうちに、なにがあったのかはわからない。だが、シヴァの中で、確実に変化したものがある。ルシファーは、あえてそのことには触れず、黙って見守ることにした。


 大切なのは、過程ではなく結果。『笑えるようになった』という事実。


 いまは、それで充分だった。

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