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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第10章 嵐のまえの平穏(3)

「わー、こらこら、ちょっと待て! なにやってんだ、そこっ。ちゃんと分量はかって入れたんだろな?」

「え? うううん。大体これくらいでいいかと思って」

「あんた、なんだってそう顔に似合わず、やることなすこと大雑把なんだよ。だから失敗すんだろっ。頼むから勝手に進めんな。材料だってタダじゃねえんだぞ!」

「ごめん」

「だーから、そーじゃねえだろォォォッ。人の言うことちゃんと聞けよっ。なんだってそんなに生地こねくりまわしちまうんだよ! そんなんしたら、せっかくの生地がダメんなっちまうって言ったじゃねえかよっ」

「あら、これっくらい普通よォ。だって、プロの職人さんて、このぐらい平気でガンガンやっちゃうじゃない」

「そりゃ、クッキーじゃなくてパンだろっ!」

「ねえ、見て見て、あたしからボスへ、特大の愛をこめて作ったハート型クッキー♡」

「……それじゃでかすぎっすよ。表面焦げて、なか生焼けんなりますよ」


 侃々諤々(かんかんがくがく)の大騒動の末、なんとかプレートの上に型取りした生地きじを並べてオーブンに押しこんだときには、全員がへとへとになっていた。しかし、なんといっても今回の最大の功労者は、咽喉のどらして出来の悪い教え子たちの指導にあたったパットだろう。


「もう信じらんない。クッキー焼くのがこんな重労働だなんて思わなかったわあ」

「そりゃ、おまえがちゃんとパットの指示どおりにやらねえからだろ、デル」

「なによー。ボスなんて、なんにもしないであたしたちが悪戦苦闘してるとこ、笑って見てただけのくせに」

「ほんとよ、あたしなんてせっかくルシイのために爪のお手入れしたばっかだったのに。ほら見て、これ。すっかり台なし」

「やだ、あんた。ネイルした手で生地こねたの?」

「悪い? やれって言ったのはあんたじゃない、デリンジャー。だーいじょぶよ、死にゃしないって、これぐらい。爪だって全然剥げてないでしょ。あたしが言ってんのはそんなんじゃなくて、こういう努力を男はちっとも評価してくれないってことよ」

「ほんと、それは言えてる。やーね、男って。ちょっとは純な乙女心ってもんを理解してほしいわよねー」

「そうそう、まったくよ」

「なんだおまえら、今度はふたりがかりで俺を槍玉に上げんのか?」


 じつに平和な会話をよそに、パットは疲労困憊した様子でぐったりとテーブルに突っ伏している。あたりに、少しずつお菓子の焼ける、甘い香りが漂いはじめていた。


「悪かったね、無理言って僕らにつきあわせちゃって。ありがとう」


 翼が声をかけると、少年はかったるそうに頭を上げて、オーブンにかじりついて中の様子を窺っているジャスパーに視線を送った。


「べつにいいって、こんくれー。あいつがあんな愉しそうな顔してっとこはじめて見たし、まあ、なんだかんだいって、オレも結構、ひさびさにおもしろかったし」

「料理が上手って話だけど、いつもみんなの食事作ってるのって、もしかして君?」

「まあ、たいていは。昔、レストランの厨房で仕事してたことがあったから。ほんとは焼き菓子なんて、材料と道具さえそろってればいくらでもレパートリーあんだけど、ここじゃ器具もあんまねえし、野郎ばっかのとこでそんなもん作ったって、だれも食いやしねえだろ」

「あら、そんなことないわよ。あたし、甘い物大好きよ。キレイで可愛いものなら、なおいいわ。いつだって大歓迎」


 デリンジャーが会話に割って入ると、少年は面映おもはゆそうに俯いた。


「もしかして、お菓子作りのほうが専門なの?」


 翼の質問に、一見強面(こわもて)で、とっつきづらそうな印象の少年は、耳まで赤くなってそっぽを向いた。そして、ややあってから、


「『パット』って、パティシエからきてるんだ」


 ボソッと呟いた。



「そういやおまえさん、あたしになんか用があったんじゃないのかい?」


 不意に思い出したようにレオがそこで口を挟んだ。水を向けられたほうも、いまの騒ぎに取り紛れてすっかり忘れていたらしく、ああそうかという顔をして、あらためて相手に向きなおった。


「いや、その、そんなたいした用事ってわけじゃなかったんだけど、オレ、最近ちょっとカメラに興味あって、そんでアニキに少し話聞けたらって思って……」

「おっと、いきなり嬉しいこと言ってくれるね。やっとそっちにも興味示してくれる奴が出てきたか。そりゃ、おやすいご用だ。いくらでも教えてやるよ」

「ほんとに?」

「ああ、どうせこっちは暇もてあましてる身だ。なんなら、ひととおりびっしり教えてやってもいいぜ」


 本職が開店休業状態でも、毎日、決して機材の手入れを怠らなかったレオである。こちらの方面ではじめて弟子ができたとあっては、それは嬉しいだろう。礼儀正しく頭を下げたパットに、相棒はこのうえない上機嫌で任せておけと頼もしく請け合った。

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