第6章 幹部会議(2)
「あーらら、とうとう始まっちゃったかしら。連中、最近ちょっとピリピリしてたから」
のんびりした口調で言って、デリンジャーは安心させるように翼の肩に手を置くと、まったくしょうがないわねえと漏らして飲みかけのカップを翼に手渡し、部屋を出ていった。
デリンジャーにつづいて、翼もドアの透き間から外の様子を窺う。廊下にはすでに、騒ぎを聞きつけて集まってきた見物人の輪ができて、にぎやかに野次を飛ばしていた。
悠然とした足取りでデリンジャーが彼らに近づくと、輪は自然に彼のために開かれる。たくましい背中は、その中に吸いこまれていった。そして――
「はーい、あんたたち、その辺でいいかげん、やめときなさぁい」
瞬く間にかなりの乱闘騒ぎに発展していたらしい輪の内部から、いつもと変わらぬデリンジャーのとぼけた声が喧嘩の仲裁に入った。あんなもので本当におさまるのだろうかと翼が危ぶんだ次の瞬間、どよめきが起こって見物者たちの輪が崩れた。そのあいだから、ふたりの少年が吹っ飛んできて、翼のすぐ目の前に落下した。
ひとりは壁に叩きつけられてそのまま動かなくなり、もうひとりは、ひしゃげた鼻と口とを血まみれにして転がり、苦しげに呻いている。
千々に乱れた人垣は、もうもとには戻らず、緊迫した気配を漂わせて、皆、遠巻きになりゆきを見守っていた。
息を呑んだ翼の視線の先で、さらにべつのふたりの少年の襟首を掴んで軽々と両手で吊し上げ、仁王立ちになっているデリンジャーの姿があった。その足もとにはすでに、4人の少年が転がっていた。
驚く翼の眼前で、さらに追い打ちをかけるようにひと筋の銀色の光が走った。デリンジャーの腕と顔のあいだのわずかな隙をかすめて背後の壁に鋭く突き刺さったそれは、細身のナイフだった。さすがの豪傑も、これには目を瞠って、少年たちを吊るしたまま一瞬躰を硬直させた。そしてその直後、
「ちょーっとっ、なんてことすんのさっっっ!! あたしの顔に傷でもついたらどうしてくれんのよっ、シヴァ!」
憤然と《セレスト・ブルー》のナンバー・スリーが睨みつけた先に、氷のように冷ややかな眼差しで彼らを見つめる美貌の青年が佇んでいた。その目は、抗議の声をあげるデリンジャーを無視して、その両の手もとに据えられていた。
「バカ騒ぎがしたければ外でおやりなさい。こんなところで騒ぎ立てられては迷惑です」
謐かな口調とは裏腹に、苛烈な氷雪の焔とでもいうべき視線が、デリンジャーに吊し上げられたままのふたりの少年を射貫く。哀れな獲物たちは、それによってさらなる恐怖を煽り立てられ、居竦まった。周囲で見物していた少年たちすら、だれひとり声をたてる者はなかった。
彼らの戦意が完全に沮喪したことを看て取ると、青年は冷ややかな一瞥を残して引き上げていった。
水を打ったようにシンと静まりかえった場に、冷たい恐怖が浸透する。
ややあってから、真っ先に落ち着きを取り戻したデリンジャーが、やれやれとでも言いたげに息をついて首を振った。とんでもないとばっちりをくらった不幸な仲裁者は、とっ捕まえている諸悪の根源たちに注意を戻した。
「さあ、あんたたち、ジャレ合いの時間はもうおしまいよ。それともまだ遊び足りない?」
デリンジャーに問いかけられ、首を締めつけられて苦しげに空中で足をバタつかせていたふたりの少年は、夢中になってかぶりを振った。
「そう、お利口さんね。聞きわけがよくて大変よろしい」
ふたりを乱暴に抛り出すと、デリンジャーは両手を払って難なく事態を鎮圧させた。同時に、集まっていた見物人たちもそれぞれの場所に散っていく。怪我人の手当てをするようデリンジャーから指示を受けて、数人が床に伸びている少年たちを担いで、やはりどこかへ運んでいった。
彼らにとって、このような諍いごとは日常茶飯事なのかもしれない。だが、仲間内であってもいっさい手心を加えることのないシビアさは、実際に目の当たりにしてしまうと、やはり想像を遙かに超える衝撃だった。
彼らの住む世界の過酷さをあらためて思い知らされた翼は、あまりのことに自失し、記録を取ることすらできなかった。




