82.再会と到着

レーヴェたちの服を買った日から、四日。

私は今、本来はクリスディアへの移動中ずっと乗る予定だった、ヴィリスアーズ家の馬車に揺られて、クリスディアへと向かっていた。

昨日──

馬車でウィルソールの街に到着した、ネージュとエレーネさんと合流することができたのだ。

私を見つけた瞬間、

「ジルティアーナーーっ！！」

と、泣きながら抱きついてきたネージュ。

え？ 何事！？

馬車での旅で、何かトラブルでもあったの！？

ネージュを抱きしめながら、馬車移動のあいだ私に化けたネージュに同行してくれていたエレーネさんの方を見ると、彼女はぶんぶんと首を振り、否定の意思を示した。

「今まではずっと、馬車の窓からいろんなものを眺めて、楽しそうに旅をなさっていたのですが……ジルティアーナ様を見た瞬間……っ」

エレーネさんも、ネージュが泣き出した理由が分からない様子で、今にも泣きそうな顔で説明してくれた。

そして、ネージュの状態を説明してくれたのはオブシディアンだった。

彼の話によると、産まれたばかりの聖獣は、人間の幼児のようなもの。

そして卵から孵化させた存在を「親」のように認識するのだという。

それなのに、産まれてすぐに十日近くも私と引き離されたことで、再会した瞬間に「寂しかった」という気持ちが一気に溢れ出したのだろう、と。

えええ……じゃあ私からネージュを引き離しちゃって、可哀想なことをしたんじゃ……？

とも思ったが、元々聖獣は、産まれた直後でもふらっと数ヶ月単位で遊びに出かけたりするらしく、大きな問題ではないらしい。

……なんというか、幼児が保育園で楽しく遊んでいても、ママの顔を見た瞬間に寂しさを思い出して泣き出す、みたいな？

と、私は勝手にそう解釈した。

◆

そんなクリスディアへ向かう馬車の中。

聖獣の姿──小さなホワイトタイガーとなったネージュが、私の膝の上で丸まって寝ていたのだが、不意に顔を上げ、鼻をひくひくと動かした。

「なんか……ふしぎな匂いがする」

それを聞いた私も、鼻で息を思いきり吸ってみたが、何の匂いもしない。

リズも同じらしく、「わかりません」と言うように首をかしげていた。

ちなみに今、この馬車に乗っているのは――私、リズ、ネージュ、そしてネージュと同じく小型化した聖獣姿のオブシディアンの四名だ。

エレーネさん、レーヴェ、ステラの三人は、後ろを走る後続の馬車に乗っている。

しばらくして、ようやく私の鼻でもその匂いを感じた。

そして、その匂いの正体がすぐに思い浮かぶ。

──これは、潮の香りだ。

潮風に誘われて、私は四角い窓から顔を出す。

すると目の前に広がったのは、青い空と、陽の光を受けてキラキラと輝く青い海。

その彼方には、水平線が見えた。

「ここが、クリスディア……」

青い海に、心が躍る。

海なら日本でも見慣れているはずなのに、目の前に広がるそれは、まるで沖縄のような透き通った青だった。

──念願の海産物！ 早く食べたい！！

そんなことを考えながら、私を乗せた馬車はクリスディアの町を素通りし、町外れの高台にあるクリスティーナの屋敷へと進んでいった。

◆

町から馬車で十分ほど走ると、屋敷の門をくぐり、入口に到着した。

その前には、執事のような服装をした男性を筆頭に、数名の使用人らしき人物たちが整列していた。

その男性が代表して、挨拶をする。

「お帰りなさいませ、ジルティアーナ様。

私はこの屋敷の管理を、お祖母様であるクリスティーナ様より任されております、スティーブ・マニュールと申します。

これから、どうぞよろしくお願いいたします。

昔、何度かお会いしたことがあるのですが……覚えておられますでしょうか？」

「久しぶりね、スティーブ。覚えているわ。

これから、よろしくお願いしますね」

私が笑顔で返し、そのまま屋敷の中へ入ろうとした、そのときだった。

後方から、どこか動揺したような声が聞こえてきた。

振り向くと、スティーブさんの隣に並んでいた使用人たちの視線が、私の後ろ──後続の馬車に集中していた。

そこには、エレーネさんとともに馬車から降りたレーヴェとステラの姿。

耳を澄ますと、小声で――

「え？ あれって……」

「なんで馬車から獣人族が……？」

などと、ざわめく声が聞こえた。

私でも、小声で聞き取りづらいとはいえ、聞こえる程度。

優れた聴力を持つ獣人の二人には、その声ははっきりと届いていたはずだ。

レーヴェは無表情のまま前を見つめ、ステラの肩をそっと抱いている。

ステラは怯えたような表情で、レーヴェの影に隠れていた。

ちらりと使用人たちを見ると、彼らはバツが悪そうに視線を逸らし、慌てて姿勢を正していたのだった。