78.契約書と新しい名前
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「まって!!」
初めてのサインをしようとしていたウノさんは、私の静止にビクリッと身体を固めた。
──……しまった。
命令として、伝わってしまったようだ。
彼に対しての言い方には、もっと気をつけなきゃ……。
そう反省しつつ、私は恐る恐る問いかけた。
「あの……ウノさんとエルアさんの名前って、数字なんだよね?
その名前って変えたら、いけないのかな……?」
数字の名前といえ、きっと長い間使ってきたものだ。
今さら変えるのは、失礼かもしれない。
でも、初めて書く名前が“番号”なのは、なんだか切なくて……。
気づけば、つい口に出してしまっていた。
ウノさんたちは、再び固まる。
──名前を変えたいだなんて、非常識なことを言ってしまったのかも……。
やっぱり、事前にリズに相談しておくべきだった!
でも、サイン……。
「……いい考えだと思います」
自問自答していた私の背中を押すように、リズの声が聞こえた。
顔をあげると、リズが笑顔で私にうなずき、それからふたりに視線を向ける。
「もちろん、ウノさんとエルアさんが今の名前を望むなら、無理に変える必要はありません。
……ですが、おふたりはどう思われますか?」
「……っ! もし変えられるなら、ちゃんとした名前が欲しいです!!」
エルアさんが、拳をぎゅっと握りしめて立ち上がった。
その姿に、みんなの視線が集まる。
それに気づいた彼女は顔を赤くして、恥ずかしそうに席へ腰を下ろした。
続けて、ウノさんが口を開く。
「ジルティアーナ様。
もしよければ、俺たちに新しい名前をつけていただけませんか?」
「えっ!?」
名前をつけるなんて……そんな大切なこと、私が決めていいの……?
戸惑う私をよそに、エルアさんも「お願いします!」と耳をぴんと立てて、期待に満ちた目で見てくる。
そんなエルアさんを見て、リズがくすっと笑った。
「期待に応えないわけにはいきませんね」
……ねぇ、ちょっと他人事みたいに言ってない?
リズをジト目でにらみながら、私は考えを巡らせる。
名前かぁ……。
なんか最近、ネージュやオブシディアンとか、名前ばっかり考えてる気がする……。
改めてふたりを見た。
ピンク色のふわふわした髪が印象的な、可愛らしいエルアさん。
そんな彼女を守り、懸命に病気を治そうとしていたウノさん。
ふたりの姿を見ていると、子どもの頃に大好きだった童話のイラストがふと浮かんできた。
魔女に呪われて眠りについたお姫様と、彼女を助けるために旅をする騎士。
確か、そんな話だった。
エルアさんは魔女に呪われたわけでも、長い眠りについていたわけでもないけれど……
ふたりはまるで、童話に出てくる“騎士”と“眠れる姫”のように見えた。
あの童話の、騎士と姫の名前は──
「レオンハルトと、ステラ……」
「レオンハルトに、ステラですか?」
「うん。ステラは“星”や“惑星”、輝く星って意味。
レオンハルトは“勇敢な獅子”って意味だけど……どうかな?」
ぽつりと呟いた私に、リズが反応する。
説明を聞いたリズは少し考え込み、それから言いにくそうに口を開いた。
「ステラは、とても良いと思います。
でも……レオンハルトは、少し長すぎる気がしますね」
ああ、あの貴族は名前が長くて、平民は短いっていう例のやつか。
だったら──
「じゃあ、レオンハルトの愛称『レーヴェ』はどうかな?」
「レーヴェなら、よろしいかと思います」
「よかった! って、ふたりはどうかな?」
リズの了承は得られた。
でも、実際に使うふたりが気に入ってくれなければ意味がない。
私は、ふたりの反応を待つ。
「ステラ……。私の名前……」
ぎゅっと両手を握りしめ、つぶやくエルアさん。
その頭を、ウノさんが優しく撫でた。
「輝く星、か……。いい名前だな、ステラ」
穏やかな笑みとともに語りかける。
エルア……いや、ステラは涙を浮かべながら、満面の笑顔でうなずいた。
──それから、私はふたりに新しく名付けた名前を紙に書いた。
ステラ。
レーヴェ。
それぞれに紙を手渡す。
「これで、“ステラ”って読むんだ……っ!」
ステラは嬉しそうに頬を染めながら、自分の名前を見つめた。
その横で、レーヴェは緊張した面持ちで契約書に初めてのサインをする。
続けて、ステラもその下にサインした。
すると──
契約書がふわりと浮かび上がり、光になって消えた。
……と思ったら、それは金色の蝶へと姿を変えた。
ひらひらと舞うように空を漂い、やがて窓から外へ飛び立っていく。
「えっ? どっか飛んでっちゃったけど、大丈夫なの!?」
「契約が成立したので、神殿へ送られたんです。
結ばれた契約書は、神殿で保管される決まりなんですよ」
……そういうものなのね。さすが、ファンタジーな世界。
そんなことを思いながら、私は蝶の姿を見送り続けた。




