76.契約と覚悟
私が、飲み物が半分くらい入ったコップを渡すと、エルアさんはそれを少し飲んで、笑みを浮かべた。
「甘くて、美味しいですっ」
「良かった! レモニが入ってるけど苦手じゃない?」
「はい、大丈夫です。
だから、甘いのにサッパリしてるんですね」
私がエルアさんに渡したのは、自分で作ったスポーツドリンクだった。日本でもレモンが苦手な人もいるので、もしダメならレモニ抜きのを作ろうと思って、少し作って飲んでみてもらったのだ。でも、良かった! エルアさんはレモニが苦手ではないみたいだ。
「よかったら、ウノさんも飲んでみる?」
「ありがとうございます」
エルアさんがスポーツドリンクを飲むのを、じーとウノさんが見ていたので、飲みたいのかな?
と思い、ウノさんにもスポーツドリンクを渡した。
夕食では、エルアさんは病み上がりで消化に悪いものを食べるのは良くないと、白菜とオークのスープだけを食べたが、ウノさんは沢山食べてくれた。
もちろん、レモニ入りドレッシングのサラダもたっぷり。なので、レモニは大丈夫だろうと思いながら渡したのだが。
「……おいしいです。でも、これ……結構、砂糖が入ってますよね?」
「え!? もしかして、甘いの苦手だった?」
まさかの苦手なのはレモニじゃなくて、砂糖だった!?
驚きの声を上げると、私の反応にウノさんは驚いた様子で、否定した。
「いえ、味に問題があるわけではありませんし、砂糖が苦手でもないのですが……砂糖は高級品です。私たちのために砂糖を使うなんて……」
その言葉を聞いて、にこにこしながらスポーツドリンクを飲んでいたエルアさんの長い耳が、しょんぼりと効果音が聞こえそうなほどに垂れ下がった。
「そんなこと気にしないで。私の専属になるなら、食事は三食おやつ付きよ!」
私は空になったエルアさんのコップに、スポーツドリンクを注ぐ。
「水に砂糖と塩とレモニを入れただけのものなんだけど、ただ水を飲むよりも、これの方が水分補給には向いてるのよ。
運動後や、今のエルアさんみたいに病み上がりや風邪をひいた時にはおすすめなの。水分補給のためにたくさん飲んでね」
「……ありがとうございます!」
私の言葉に、垂れ下がった耳はピン! と立ち上がり、嬉しそうにまた飲み始めた。
そんなエルアさんを呆れたような、でもどこかほっとした様子でウノさんは見ていた。そして、コップに目を戻して言った。
「私たち、奴隷だけでなく下働きの者も、砂糖なんて滅多に口にすることはありませんでした。……イリーガル商会の上層部の者たちは砂糖を食べていました。でも、水よりも砂糖や塩を入れたものの方がいいなんて、初めて聞きました」
「……このようなものを作るのは、この方だけですよ」
そう言いながら、いつも入れてくれてる美味しいお茶を、リズがテーブルに並べる。
そして、その後にウノさん達の前に出された、1枚の紙。
「これは?」
「ウノさんたちを、ジルティアーナ様の専属にするにあたって、必要な契約書です」
横から覗くと、確かにその紙には、かつて日本で会社に入社したときに義務づけられた誓約書のような内容が書かれていた。
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私は、以下の事項を厳守することを、ここに契約致します 。
業務上知り得た技術および秘密情報に関して、ジルティアーナの許可なく発表、公開、漏洩、利用しないこと。
私が専属を解任された後も、在籍中と同様に、業務上知り得た技術および、秘密情報をジルティアーナの許可なく発表、公開、漏洩、利用しないこと。
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専属として働いている間はもちろん、辞めたあとも、私の個人情報や知った技術を漏らさないように、ということらしい。
署名欄の横には、魔法陣のような、不思議な模様が描かれている。
ふと、ウノさんたちを見ると、困惑したような顔をしていた。
「何か、内容に問題があった?」
不安に思いながら聞いてみると、ウノさんが首を振り、申し訳なさそうに言った。
「いえ、申し訳ございませんが、俺たちはこの契約書に名前が書けません。文字が······わからないのです。
ですので、名前の書き方を教えていただけませんか?」
その言葉を聞き、リズはさらさらと美しい字で、契約書とは別の紙に、『ウノ』『エルア』と書き、それを見本としてペンと共に渡した。
お礼を言いながら、それを受け取ったウノさんは、そのまま契約書にサインをしようした。
私は思わず、声を上げた。
「ちょっと待ってッ! ウノさん、文字がわからないんでしょ? だったら、この契約書の内容も読めてないのに、サインしちゃ駄目だよ!!」
するとウノさんとエルアさんは顔を見合せた。
そして──
「契約書にどんな事が書いてあっても、問題はありません。
俺たちは、ジルティアーナ様の御命令ならどんな事でも受け入れる覚悟です」
私の目をまっすぐ見て、ウノさんがはっきりと言った。




