75.あたたかいモノ
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エルアさんがスプーンを手に取る。
……だが、なかなか口に運ぼうとはしない。
うーん、どうしたものか……。
すると、エルアさんの隣に座るウノさんが、そっとスプーンを持ち、一足先にスープを口にした。
「……っ」
目を見開き、固まるウノさん。
そんな兄の様子を、エルアさんは心配そうに見つめる。
「……お兄ちゃん?」
エルアさんの問いかけには応えず、無言のまま、もう一口スープを飲んだ。
「……」
また、固まる。
しばらく様子を見ていると、顔を上げて言った。
「とても、美味しいですっ!!」
そう笑顔で宣言したかと思うと、そこからはすごい勢いでスープを飲み干し、あっという間にスープカップは空になった。
そんな兄を、ぽかんと見つめるエルアさん。
その様子に、私は思わずクスッと笑ってしまった。
笑われたことで、少し顔を赤くして恥ずかしそうにするウノさん。
そんな彼に、リズが手を差し出して声をかけた。
「よろしければ、もう少し飲まれますか?」
「……はい。いやっ、エリザベス様!
自分で……っ!」
スープカップを流れのままに手渡してしまったウノさんだったが、リズに注がせるのが申し訳なかったのか、焦ったように立ち上がった。
そんなウノさんに、リズもスープを用意しながら穏やかに笑う。
「大丈夫ですよ。
私には、気を使わないでください。
私は貴族ではありますが、その前にジルティアーナ様の侍女。
つまりは、ジルティアーナ様の専属護衛であるあなたの、同僚です」
そう言いながら、湯気の立つスープカップをウノさんの前に置いた。
「ウノさんは、たくさん食べてくださいね」
「ありがとうございます……」
そんなやり取りを見ていたエルアさんは、緊張からかごくりと喉を鳴らし、おそるおそる手を伸ばす。
スープの入ったカップを、両手で包み込む。
「……あたたかい」
ため息のように、口からこぼれた言葉。
そして、スプーンでそっとスープをすくい、口へと運んだ。
すると──
エルアさんの赤い大きな瞳に、涙の粒が浮かんだかと思うと、みるみるうちに大粒になって頬をつたって流れていった。
ぽろぽろとこぼれ落ちる、涙。
「えっ! どうしたの!?
美味しくなかった?
いや、オリバーさんのスープだから、そんなはずないと思うんだけど……
もしかして、体調悪くなっちゃった?」
思わず立ち上がり、突然の涙にオロオロする私。
けれど、エルアさんは涙をためた瞳で首を横に振った。
「ちがうっ! ちが、違います……っ!
こんなの……初めて、食べました……」
手で涙を拭う。
それでも、あとからあとから涙があふれてくる。
オロオロするだけの私とは違い、優秀な侍女であるリズが、そっとハンカチをエルアさんに差し出した。
ハンカチで目を押さえたエルアさんが、ゆっくりと語る。
「ごめんなさい、泣いたりして……。
でも、スープを飲んだらホッとしてしまって……。
こんなに美味しいものも……
あったかい食べ物も、初めて食べました」
うつむいていた顔を上げ、ハンカチを握りしめながら言う。
「こんなふうに、ハンカチを貸してもらったり……
お兄ちゃん以外の人から、体調を心配されたのも、初めてです……」
そう言って、泣きながら微笑んだ。
その姿を見て、私は思い出す。
昼間、私が「ウノさんの尻尾ふわふわだね」って褒めたとき──
『そんな風に言ってもらえたのは、妹以外では初めてです』
そう言って、どこか悲しそうに笑ったウノさんの顔。
今のエルアさんと、あのときのウノさんが重なった。
この兄妹は……今まで、どんな風に生きてきたんだろうか?
そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
平民でさえ、なかなか口にできない肉の入った食事。
オリバーさんが作ってくれた──本物の【料理人】による、美味しい料理。
それを「初めて食べた」と言うのは、当然のことなのかもしれない。
でも、エルアさんの言葉。
『こんなに美味しいものも……あったかい食べ物も、初めて食べました』
きっと彼女は、“できたて”の温かい料理を食べたことすらなかったのだ。
そして、私は思い出す。
ウノさんが市場で殴られたこと。
店主に責め立てられていたこと。
あのとき、周囲には大勢の人がいたのに、誰ひとりとして彼を庇おうとしなかった。
獣人族であるウノさんに向けられる、冷たい視線。
蔑むような、差別的な眼差し。
とりあえず、奴隷という過酷な状況から助けることはできたし、
エルアさんだって、たくさん食べて体力をつければ元気になれるはず。
──だけど、それだけじゃ、きっと足りない。
私に、何ができるか。
まだ、具体的な答えは出ない。
でも、今の私なら……少しずつなら、何かを変えられるかもしれない。
「世界を変える!」
なんて大それたことは、できないとしても。
ジルティアーナとして。
そしてこれから、クリスディアの領主として──
私には、地位も、財力も、権力もある。
さらに、私は“日本”という異世界の知識も持っている。
──何かができるはずだ。
これまで、お金を使ったりすることが、
ジルティアーナの持ち物を勝手に使うみたいで気が引けていた。
でも、これからは──
私は、ひとり静かに、強く決意を固めた。
兄妹と出会った事で、あまり人と関わらなくていいや。と、他人の生活の事なんて考えても居なかった考えが、大きく変わりました。
この先、私も書き方をどうしたものか笑
次回、ウノ達に色々説明したり話し合いをした後に、
普通に、丁寧に書くか、一気に時間経過させるか悩み中⋯⋯。




