73.飛べる豚
評価、ブクマ、いいね、ありがとうございます!
「すごい、おいしそう……」
小さく聞こえた声は、私の後ろにいたエルアさんのものだった。
彼女と目が合うと、ハッとしたように慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません!!
お食事があまりに美味しそうで、つい……」
「よかった! 美味しそうって思ったってことは、食べられそうね?
オリバーさん──あ、この料理を作ってくれた【料理人】なんだけど、彼の料理はとても美味しいのよ。
さ、座って。早く食べましょ!」
「……え?」
私はリズに椅子を引いてもらい、テーブルについた。
リズはコップに飲み物を注ぎながら言う。
「ウノさんもエルアさんも、おかけください。食事にしましょう」
「早く食べないと冷めちゃうわよ」
──本当はマジックバッグに入れておけば、温かいままで保てるんだけど。あえて言わなかった。
「……え!? 一緒に食べるんですか?」
驚くウノさんに、リズがくすりと笑った。
「これがジルティアーナ様のやり方なので、従ってください。
普通の貴族なら、専属といえど侍女とだって、一緒に食事なんてしませんが──
ジルティアーナ様は、皆で食べた方がご飯が美味しいらしいんですよ」
リズにそう言われて、戸惑いながらも二人は椅子に座ってくれた。
「では……」
「「いただきます!」」
リズと声を揃えて挨拶し、料理に手を伸ばす。
まず私が一番に気になっていた、豚しゃぶサラダからいただこう。
この世界に来て、初めて加工肉ではない肉を、ギトギトじゃない状態でいただく!
サラダにかかっていたのは、私の定番・ごまドレッシング……ではなく、さっぱりとしたレモン……いや、“レモニ”のドレッシングだった。
彩りも綺麗だし、上にカットされたレモニも添えられていて完璧。
まさに、「レモニドレッシングの冷しゃぶ風サラダ」といった感じ。
私はフォークでサラダを刺し、口に運ぼうと──した、そのとき。
ふと思ってしまった。
これ……本当に豚肉??
フォークを持ったままオブシディアンの方を見て、たずねる。
「ねぇ、これって……豚肉だよね?」
「豚とは、なんだ??」
──豚じゃなかったのね。じゃあ……何の肉?
そう思っていると、オブシディアンが答えた。
「これは、オークの肉だ」
…………。
オークって、あのオーク!?
私の脳裏に、RPGでよく見たあの姿──
二足歩行で、鎧を着て棍棒を持った、イノシシっぽい厳ついモンスターが浮かぶ。
あれを……食べるの……?
不安になった瞬間、オブシディアンが私の額に手を置いた。
どうやらこの世界の“オーク”を、見せてくれるらしい。
私の頭の中に、ルセルの空を飛ぶオブシディアンの視点が浮かぶ──
わずかな魔力を感知し、下を見る。
オブシディアンより低空を飛ぶ、ピンク色の何かがいる。
最初は点のように小さく見えたそれが、だんだん近づくと──
え、なにこれ……可愛い~!!
それは、空飛ぶピンクの豚だった。
まん丸に太った体に、つぶらな瞳。ピクピク動く大きな鼻に、ちょこんとした足。
完全に、“丸い空飛ぶブタさん”である。
うん。この短足じゃ、私が想像したオークみたいに二足歩行は絶対無理だわ。
そして、私が知ってる豚と大きく異なる点。背中には鳥の翼のような、だが体に対して小さすぎる小さな翼が生えていた。
この翼でなぜ飛べるのか? 不思議に思えるほど、サイズがおかしい。
オークがオブシディアンの真下に入ったとき、太陽の影が落ちた。
「ぷぎっ? ぷぎ~~~~っ!!」
影に気づいたオークは不思議そうに上を見上げ、オブシディアンを見て大きな声で鳴いた。
その鳴き声も、まったく緊張感がない。
必死に翼と足を動かすけれど、あの足じゃ逃げるのも難しい気がする。
そんなオークの前方に、手のひらサイズの光る玉が現れ──
ピカッと光ったかと思うと、光がオークの翼を貫いた。
「ぷぎ⋯っ!」
小さく鳴いて、オークはバランスを崩して落下していく。
「【回収】」
オブシディアンの声と同時に、落下地点に黒く光る“穴”が開いた。
光というより、黒い靄のような不思議な穴。
「ぷぎーーーーーーっ!」
断末魔のような鳴き声をあげながら、オークはその穴に吸い込まれた。
そして、穴もすっと消える。
たぶんあれは、オブシディアンが管理しているマジックバッグのような空間なんだろう。
確認を終えたオブシディアンは、ルセルの街の方向を見据え、翼を広げて空へと消えていった──
最後だけ読むと、拉致事件⋯⋯笑




