69.数字の名前
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驚きながらその様子を見ていたが、その獣の手は一瞬で、元の少し日に焼けた人間の手に戻された。
「獣人であることを良いことだとはとても思えませんが、それによって高い攻撃力と素早さが備わっています。
そのおかげで、ひとりでも西の森に行ける事だけは良かったと思ってます」
そう言って、彼は人の手に戻った右手をそっと撫でた。そんな青年にギルベルトさんが問う。
「貴方の、お名前を教えて貰ってもいいですか?」
「名前、ですか。……イリーガル商会では『ウノ』と呼ばれています」
ウノです。ではなく、呼ばれています。という言い方に違和感を感じる。
リズとギルベルトさんは、名前を聞いて眉間に皺を寄せた。
ウノと名乗った獣人の青年はどこか寂しそうに笑いながら続けて言った。
「ちなみに妹は……『エルア』と呼ばれてます」
ウノとエルアって……ジルティアーナの記憶によれば、南の国の言葉で数字の1と2という意味だ。
最初は、日本でいう一郎や次郎のようなものかな? と思ったけれど、皆の様子を見るかぎり、どうやら違うらしい。
たぶん、1番2番というように、まともな名前も付けられず、差別的な意味で呼ばれているのだろう。
「お嬢様、私に1つ提案があるのですが宜しいでしょうか?」
「え、はいっ! なんでしょう?」
ギルベルトさんに急に話を振られ、慌てて返事をした。
「とりあえずは呼ぶのに困るので、ウノさんと呼ばせて頂きます。
お嬢様、ウノさんを買い上げたらいかがでしょうか?」
「えっ!?」
思わぬ発言に、驚きの声をあげてしまった。
私以上に驚いた様子で、ウノさんは戸惑った様子で言う。
「それは、どうしてでしょうか?
俺も獣人としての強さ以外、獣人で隷属の証も付いていますし、さらに今お話したように【ロストスキル】なんです。
こちらのお嬢様に俺を買い上げる、メリットがあるとは思えません」
するとギルベルトさんではなく、リズが言った。
「もし【ロストスキル】である事を気にされているなら大丈夫ですよ、私は昔【ロストスキル】の研究をしてたんです。
なのでお嬢様に仕えるなら是非、私の研究に協力して頂きたいです。
今、お嬢様の専属は少なく、特に護衛役を探していたところです。シルバーウルフをひとりで倒せるなら問題ありません」
「しかし……ありがたいお話ですが、私には妹のエルアがいます。
私がいなければ、エルアは生きていけません」
戸惑うウノさんに、リズは安心させるように微笑み続けた。
「ウノさんを買い上げるなら、もちろんエルアさんも一緒です。
貴方達を買い上げると言っても、お嬢様なら奴隷として酷い扱いをすることはありません。エルアさんの治療も致します。守って欲しい事は守秘義務だけです。
……私の言葉が、信用出来ないでしょうか?」
「いえ、そんな事はありません!
私は、獣人の能力のせいか……騙そうとしていたり、悪意を持つ人がなんとなく分かるんです。
貴女達おふたりからはそういった気配は感じません。
俺は、エルアが生きる為なら……治療をして下さるなら何でもします!!」
……なんかもう、私が買い上げるのは決定事項?
別に文句はないけど、私に買い上げるように言いながら、私抜きで話はどんどん進んでいく。
「では、さっそくイリーガル商会へ行きますか。ただイリーガル商会は、物騒な者も多いです。お嬢様には、危険かもしれません」
「そうですね。少し待ってて頂けますか?
私が一旦、お嬢様を宿に送ってきます。その後、私とギルベルト様で行きましょう」
* * *
そうして、私とリズは一旦宿に帰ってきた。
部屋にはどこかに出かけたのか、オブシディアンは居なかった。
そんな中、リズが口を開く。
「勝手にウノさんを買い上げる事にしてしまって、申し訳ございません」
「まさか私が奴隷を買う事になるなんて……びっくりだったけど、あのままじゃあウノさんとエルアさんの事が気になり過ぎるから、安心したよ。
でも、奴隷って一応は禁止されてるんでしょ? 私が買っても大丈夫なの?」
「ティアナさんが奴隷として買って、今のウノさんのような扱いをするのであれば問題ですが、普通に雇うのであれば、保護したことになるので大丈夫ですよ」
笑っていたリズが、笑顔を消して続けた。
「ウノさんには失礼な言い方かもしれませんが、ウノさんが奴隷であり、【ロストスキル】である事は私たちにとっては好都合かもしれません」
「えっ?」
「奴隷相手であれば、ティアナさんの秘密を守るのが容易になります。
ティアナさんには転生の事や、ロストスキルの事など秘匿にしたい事が多すぎます。あまり命令はしたくないかもしれませんが、『私、ジルティアーナと関わったことで知り得た情報を漏らしてはいけない』と命じれば安心です。
そして、ウノさんの【ロストスキル】の事です。ティアナさんがウノさんの主になれば、ステータスを見る権利があります。それにより、【ロストスキル】について新たに解る事があるのでは? と思うのです」
なるほどね。
リズは、そんなふうに考えてくれていたから『ウノさんを私の奴隷にしよう』なんて言い出したんだ。
「それはなくても、護衛が足りていないのは確かなので、ウノさんの戦闘力能力は魅力的ですけどね。
それでは、ギルベルトさんと一緒にイリーガル商会へ行ってまいります」
「うん。ウノさんとエルアさんをよろしくね。リズも気をつけて!」
そうして私は宿に一人残り、リズを見送ったのだった。
リズに、信用できませんか?と問われたウノ。
騙そうとしてたりする人が何となく分かるけど、貴女達おふたりからはそういった気配は感じません。
あれ?3人じゃないの??⋯⋯いいえ、ふたりです笑




