66.重い首輪
ブクマ・評価・いいね。ありがとうございます!
「ちゃんと綺麗になったと思います。ご確認ください」
ギルベルトさんが差し出した二着のうちの一着を受け取り、広げてみる。
すごい! 袖の染みも、よく見るとスカートについていた染みも、すっかり綺麗になってる!
隣にいた獣人の青年も、自分の服を見て驚いた表情を浮かべている。
……たぶん、さっき市場でついた汚れだけじゃなく、もともとついていた汚れまで落ちてるんだろう。
そう思いながら、先ほどのやり取りを思い出して、ギルベルトさんに聞いた。
「ありがとうございます。……染み、ちゃんと落とせたのね」
「先ほど店主に“果物の染みは落とすのが難しい”と言ったのは、嘘ではありません。
普通なら、ここまで綺麗にはなりませんよ。
染みを落とすだけならできる者もある程度おりますが、このように服の元の色を損なわずに、染みだけを取り除くのはなかなか難しいんです。
我が商会には、洗浄のスキルに特化した者がいましてね。そのおかげです」
そう言って、ギルベルトさんはいたずらっぽく片目をつぶった。
「そんなスキルがあるのね」
「洗浄に特化しているので、使用用途は限られますが、上手く使えばとても面白いスキルですよ」
「風呂だけでなく、服まで……本当にありがとうございます。
でも、洗浄スキルって希少なんですよね? 俺の服なんて、新しく買うより高くついたんじゃ……?」
青年がそう言うと、ギルベルトさんはにっこりと微笑んで答えた。
「その通りです。ですが、新しい服を着て帰ったら、貴方のご主人様に不審がられませんか?
たしか、貴方の主は──イリーガル商会の会長さんでしたね」
青年の表情が一気に曇り、うなずいた。
ご主人様って……この人を奴隷にしてる人ってことよね?
「ウィルソールの商会の集まりなどで、何度かお会いしたことがあります。
貴方の主については、噂も色々と耳にしています。
もし彼に、“どうしてそんなに綺麗になっているのか”と聞かれたら──
『道を歩いていたら、フェラール工房の者に染料の入った水をかけられてしまい、そのまま風呂と洗濯をされた』
──そう伝えてください」
「……なんで」
ぽつりと呟かれた言葉。
俯いていた青年が顔を上げ、まっすぐにギルベルトさんを見つめる。
「なんで、そこまで親切にしてくれるんですか?
俺は……奴隷です。
あなた方が、そこまでしてくださる理由が……自分には分かりません」
また、自分を“価値のないもの”のように語る彼。
私は複雑な気持ちでその様子を見つめていたが、確かに──ギルベルトさんがここまでする理由はなんなのか、私自身も疑問に思った。
ギルベルトさんは、にこりと笑って言う。
「正直に言いますと、私は貴方自身には、それほど興味はありません。
市場でお嬢様が貴方を庇おうとしていたので、そのお手伝いをしただけです。
また、汚れた貴方が川で身体を洗おうとしたのを、お嬢様が気にされたため、風呂を提供しました。
本来なら、貴方のような者をわざわざ庇うことはありません」
……正直すぎて、ちょっと酷い言い方。
それにしても、“お嬢様が庇おうとしていたから”って、なんで?
私が気にしただけで、こんなにも親切にしてくれる理由がよく分からない。
ギルベルトさんは話を続けた。
「ですが──洗浄スキルを使ってまで服を綺麗にしたのは、貴方への報酬です」
「……報酬?」
「貴方が風呂に入ってくれたおかげで、私は“お嬢様が教えてくださらなかった改善点”を知ることができました」
そう言って、ギルベルトさんは私の方に目を向け、目を細めて微笑んだ。
──げっ。やっぱり冷風のこと、気づかれてた……。
「ドライヤーの販売権を得てから、ずっと改良を重ねてきましたが、冷風を使うという発想はありませんでした。
お嬢様の情報は、非常に価値があります」
「……」
ギルベルトさんは穏やかに話しているけれど、その目の奥は笑っていない気がする。
それを聞いた青年も、何かを考えるように黙り込んだ。
その様子を見ながら私は思う。
──うぐぅ……ほんとに、迂闊すぎた。
もう、考えなしに話すのはやめよう……。
内心で反省しながらため息をついていると、青年がギルベルトさんに言った。
「それでも……理由はどうあれ、助けてもらったことには変わりありません。
ありがとうございました」
そう言って、ギルベルトさんに頭を下げる。
そして、身体をくるりとこちらへ向け、私に対しても深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。
……これを付けられてから、正直、辛いことばかりでした。
獣人で奴隷、しかも“隷属の証”までつけられている俺に、普通の人のように接してくださって……嬉しかったです」
そう言いながら、彼は頬に手を当てる。
それは、隷属の証。
太くて重たそうな鉄の首輪──それだけでも、実際の重さ以上に精神的な重圧を感じさせるのに、さらに顔にまであんなものをつけられて。
彼が今まで、どんな扱いを受けてきたのか……。
それでも、今は微笑みながら感謝を伝えてくれる彼を見て、私はなんとも言えない気持ちになった。
悲しいような、悔しいような、あたたかくも苦しいような──そんな複雑な気持ちが胸に広がっていった。




