65.真っ白な尻尾と相変わらずな私
『汚いとか思わないんですか?』
その言い方に、私は息を飲んだ。
さっきまでは確かに果汁や泥で汚れていた。でも、今は風呂に入ったばかりだ。
……彼が言いたいのは、単純に“汚れている”という意味ではないのだろう。
「貴方が奴隷でも獣人でも関係ないわ。この尻尾、白くてふわふわね」
顔を見てそう言うと、彼は笑ってくれた。けれど、どこか泣きそうにも見えた。
「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえたのは、妹以外では貴女が初めてです」
「あら、妹さんがいるの? 妹さんも、こんなふうに綺麗な白色なのかしら?」
「……はい。真っ白な耳と尻尾の、俺にとっては可愛い妹です」
……あ。今、すごく優しい目をした。
本当に、妹さんのことを大切に思ってるんだな。この人の妹さんなら、きっと可愛いんだろうなぁ。
尻尾はすっかり乾いたようだった。
私は持っていたドライヤーを、頭の乾燥を終えたリズに手渡して言った。
「リズ、尻尾も乾いたから、最後に冷風でクールダウンお願い」
「かしこまりました」
ジルティアーナが発明したドライヤーには、温風の機能しかついていない。
彼女はもともと、風呂上がりにはリズに魔法で髪を乾かしてもらっていたけれど、それは“乾かす”ことだけが目的だった。
“仕上げに冷風を当てる”なんて発想は、なかったのだろう。
けれど、私がジルティアーナとして過ごすようになってからは、毎回仕上げに冷風を当ててもらっていた。
「それって……最近お貴族様の間で流行っているという、髪を乾かす魔術具ですか?」
「うん、そうだよ」
「こんなに早く髪や尻尾を乾かせるなんて、すごいですね。
いつもは乾くまでに水があちこちに飛んだり、濡れたまま座ると埃がついたりして、大変なんですよ。
ドライヤーのような魔法も、水をお湯に変える魔法も、初めて見ました。とても便利ですね」
先ほどの風呂でも、気温は寒くなかったとはいえ「水で洗うなんて!」と私が騒いでしまい、リズが魔法でお湯にしてくれた。
でも、普段は平民も水で身体を洗うのが当たり前で、ドライヤーもまだ高価な最新魔具。使えるのは一部の貴族のみらしい。
これまで住んでいたヴィリスアーズ家の屋敷も、昨日まで泊まっていたオリバーさんの宿も、今日の宿も富豪用。
だから当然のように“お湯が出る”魔具が設置されていた。
でも、それが“普通”じゃないのだ。
平民でも富豪でなければ、水も井戸や川に汲みに行かなければならない。
その水をお湯にするには薪で火を起こす必要があり、それはとても手間がかかる。
寒い時期でもない限り、風呂は水で我慢することが多いという。
普通の平民でさえそうなのだ。──奴隷である彼は……。
そう思ったら、何も言えなくなった。
「できました。すごい···⋯! 素敵な艶と毛並ですね」
リズが櫛を通しながら髪と尻尾をスタイリングし、うっとりしたように呟いた。
シャンプーで洗い、温風で乾かしただけでもサラサラだったが、櫛を入れて冷風を当てたことで、さらに艶が出て、美しさが際立った。
毛色が白いから、光を反射してきらきらと輝いて見える。予想以上だ。
彼も、自分の髪と尻尾にそっと触れ、目を見開いていた。
「こんなに良い状態になったのは初めてです。指通りが滑らかで……尻尾もふわふわです……」
「髪にドライヤーなどで熱を与えると、艶が出るの。特にこの尻尾みたいにフサフサな毛は、濡れたままだと地肌にも悪いのよ。
仕上げに冷風を当てるとクセもおさえられるし、さらに艶も出るのよ」
「へぇ……。ドライヤーの熱で艶が出るのは知ってましたが、冷風で仕上げると良いなんて……初めて聞きました」
──その瞬間。思わず、ギクリと身体が硬直した。
ゆっくりと振り返ると……そこには、満面の笑みを浮かべたギルベルトさん。
しまった──!!
さっきドライヤーを受け取った時は、警戒して冷風のことやスタイリングの話は避けたのに、うっかり自然に話してしまった!
ううう……自分の迂闊さが憎い……。
……私って、元々こんなに迂闊だったかしら?
そう思いながら、私はとっさに笑ってごまかした。
「ほほほ。先ほどは、うっかり忘れてましたわ」
……全然ごまかせてない気がする。
内心「どうか、これ以上追及しないで!」と祈っていたら、それが通じたのか──
「今は、そういうことにしておきましょう」
引き下がってくれたので、ほっとしたけれど……
“今は”って、何!?




