64.考え方の違い
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「何かあっても、貴族が平民に謝まる事はまずありません。それと同じように、獣人を見下している店主には、難しい事なのでしょう。
貴族であるティアナさんに対しては、いくらでも謝る事ができても、獣人に対しては優位にいたいと思ってるあの男には、難解な事なのだと思います」
……なにそれ、くだらない。
リズが小声で教えてくれたことに、思わずそう思ってしまった。けれど、それがこの世界の“常識”なのだろう。
悪いことをしたら謝る。感謝したらお礼を言う。
それは私にとって当たり前のことだったけど、この世界では少し違うらしい。
目上の人には謝れても、それ以外に対しては非を認めること自体が“屈辱”とされる。
お礼にしても、部下や使用人が何かしてくれても「当然の義務」で済まされ、感謝の言葉など不要とされるらしい。
そう理解し、私は複雑な気持ちになった。
意識を目の前の状況に戻す。
「……私にじゃないわよ。
彼だって、一方的に殴られた“被害者”なんだから。
そんな彼に、弁償しろと責めた“あなた”が、まず謝るべきでしょ?」
私にそう言われた店主は、苦虫を噛み潰したような顔をしたまま、黙っていた。
周囲の野次馬たちは口々に何か言いながら、その様子を見守っている。
その中には、「獣人に謝れだなんて……俺なら死んでも嫌だわ」と、店主と同じ価値観を持っていそうな声も聞こえてきた。
私の中では、「悪いことをしたら謝る」なんて幼稚園児でもできると思っていたけど、この世界では意外と高いハードルのようだった。
「謝罪は結構です。……失礼します」
獣人の青年はそう言って立ち上がり、歩き出した。
汚れた服のまま近づいてきた彼に、野次馬たちは自然と道を開ける。
彼は左足を引きずりながら、その隙間を静かに進んでいった。
* * *
人混みをかき分けて追いかけると、足を怪我している彼にはすぐに追いつけた。
「ちょっと待って!」
ゆっくりと振り返った彼は、金色の目を見開き、そして深々と頭を下げた。
「先ほどは、ちゃんとお礼も言えず申し訳ございませんでした。
何かお礼をしたいのですが、自分は……奴隷の身なので、何もできそうにありません……」
「そんなことはどうでもいいの。貴方、その汚れと怪我はどうするの?」
「怪我は、自分は獣人なので治りが早いんです。たぶん明日には治ると思います。汚れは……今から近くの川に行って洗おうかと……」
「川!?」
そんな会話をしていたとき、「仕方ありませんね」とギルベルトさんが声をかけてきた。
「近くにフェラール商会の工房があります。そこへ行きましょう」
──そうして案内されたのが、フェラール商会の工房だった。
染色なども行っているらしく、身体が汚れることが多いため、風呂も備え付けられているという。
……風呂といっても、平民用の簡素なもので、樽に水を貯めただけのものだった。
「えっ!? 水で洗うの?」
驚く私に対し、青年は「こんな良い場所を使っていいのか」と逆に恐縮していた。
「しっかりシャンプーなども使ってくださいね。汚れたままでは、お嬢様が気になさるでしょうから」
そう言って、ギルベルトさんは青年を風呂に押し込んだ。
* * *
しばらくして──
「ありがとうございました」
風呂から出てきた青年を見て、私は思わず目を奪われた。
私と同じようなグレーの髪だと思っていた髪色と耳、そして尻尾は、真っ白だった。
顔も、さっきから「綺麗そうだな」と思っていたけれど、風呂でさっぱりして、長い前髪を後ろに流した姿は、さらに整って見えた。
思わず無言で見つめてしまった私に、彼は困ったような顔をした。
「……あの?」
「貴方、こんな髪色や尻尾だったのね。でも、このままじゃ良くないわね。ちょうどさっき、ギルベルトさんからドライヤーをもらったから使いましょ」
タオルで軽く拭いただけなので、髪も尻尾もまだ濡れていた。
そう言うと、リズが返事をした。
「私の魔法で、乾かしますよ?」
「うん。リズは頭を魔法で乾かしてあげて。私はドライヤーで尻尾を乾かすわ」
そう言って、リズがマジック鞄にしまっていたドライヤーを受け取り、彼の髪と尻尾を乾かし始めた。
遠慮する彼を無理やり椅子に座らせ、尻尾をわしゃわしゃと掻き分けながらドライヤーをあてる。
水を含んでぺちゃんこになっていた尻尾は、だんだんふわふわになっていった。
ふわふわ~! もふもふ!!
もう、顔を埋めたい気分だったが、なんとか耐えた。
「あの……」
「な、何!?」
もしかして、また心の声漏れてた!? とドキッとしながら返事をする。
「あの、どうして俺にこんなによくしてくださるんですか?
俺は獣人で……奴隷なのに……。尻尾をそんなふうに触るのも……汚いとか、思わないんですか?」
そう言って、彼はうつむいた。




